夏 佐渡に恋!
日本海を進む、ジェットフォイル。揺れが少なく、酔いもない、何より早い。実に快適だ。
黒いスカートに、長袖の水色のジャージ。季節感などを感じさせない、夏とは不釣り合いの地雷系。自慢のピンクのインナーが入った黒髪は、外ハネ。可愛いピンクのリボンで、ハーフツインにまとめたその髪と、紺色のカラコンと、目元を強調する、派手だけど、主張し過ぎない、完璧なメイク。
そんな風貌の私だが、漫画家である。つい先日読み切りデビューしたばかりの新人の。
そんな、新人漫画家である、私如月ひまりは、今。新潟県の佐渡島に向かっていた。次の漫画のネタ探しの為に。
先日、SNSをあさっていた時、佐渡のインフルエンサーの動画を偶然見つけた。
その時の頭の中は、「離島、リゾート、そして恋!」なんて、馬鹿らしい思考が巡っていた。「考えるより、まず行動」それが私のモットー。すぐに佐渡に向かう船を予約したのだった。
とはいえ、私は、何の計画も知識もない。そもそも一人旅なんて、今回が初めてなのだ。
とりあえず、二泊三日ぐらいが一番楽しめるだろう。それぐらいの認識でいた。
恋という、淡い期待を胸にひまりを乗せた船は佐渡へ向かった。
「わぁ……すごい! 大きい!」
佐渡島。新潟県にある、二つの離島の内の一つ。日本で二番目に大きいこの島は、東京二三区より、一回りほど大きい、約八五五㎢。島には、二〇二四年の夏に世界遺産に登録された、佐渡金山をはじめ、朱鷺や、海鮮など。多くの魅力が詰まっている。
船は、もうすぐ、両津港へ着こうとしていた。
*
「とりあえず、旅と言ったらまずはご飯!」
両津港からすぐの定食屋に向かった。選んだ理由はただ一つ。最初に目についたからである。実に雑である。
「ごめんくださ~い」
定食屋の中は、至ってシンプル。田舎の定食屋。というイメージだ。
好きな席にどうぞと言われ、言われるがまま、端の方の席に。
メニューを開き、昼食を選ぶ。基本的にガサツな私だが、飯のことになれば、話は変わる。
その眼は、かわいい女の子ではなく、獲物を狩る、ハンターの眼だ。熟考の末、一つの答えが導き出された。
「すみませーん。この海鮮尽くし定食を一つお願いします」
「はいよ」
海鮮尽くし定食。写真を見るに、海鮮丼とあら汁。刺身の盛り合わせとカツ。あとは少しのサラダと、漬物。正直、女子一人では食べるのは少々大変と思われる量。
しかし、私は自他ともに認める、大食いなのである。だから、こそ、食に厳しく、食に対するこだわりが強いのだ。
しばらくすると、例の海鮮尽くし定食が、姿を現した。いただきま
す。手を合わせ定食を喰らう。
一口、また一口と、どんどん、定食は無くなっていき、うまい、おいしいなんて感想がこぼれるよりも早く。その定食を喰らいつくしていた。
すべて、終えた後にいうのもなんだが、本当においしかった。定食についてきた、カツは、ブリカツだった。肉厚で食べ応えのある。
「ごちそうさまでした!」
「はいよ、颯真! おあいそ頼む!」
店の奥から、出てきたのは、私と同年代らしき青年だった。筋肉質で、よれよれのだらしない白い半そでに、グレーのショートパンツ。長く伸びた黒髪から覗く顔は、どこか気だるそうで。
――彼を見たとき。私は、恋に落ちた。一目惚れだった。
「……会計は、九八〇円ね」
「お兄さん! 私、佐渡島に来るの初めてで! もしよかったら、おすすめの場所教えてもらえますか」
「え……、あぁ……」
困惑気味の彼だが、私にはそんなこと関係ない。愚直に己の感情をぶつけるのだ。
「なんだ、ねぇちゃん。佐渡初めてなんか」
「はい! でも、ほとんど計画もなく来たもので、どうしようかなと」
アハハ、と、愛想笑い。彼女にも少しの羞恥心というものがあるのだ。無計画というのは、私はバカです。なんて言っているように感じてしまい、気恥ずかしさを笑って誤魔化した。
「なら、颯真。案内してやれよ」
「親父に頼まれた仕事まだ終わってないけど?」
「んなもん、俺がやっとくわ。車も出していいっけ、頼んだわ」
「はぁ……。分かったよ」
なんか、不憫だな、この人。
自分から言い出しといてあれだけど、知らない人の観光案内とかやりたくないでしょ……。
「……どこか、行きたい所とか、ある?」
頭をバリバリ音を立てて、搔きむしるお兄さん。
「いや、あんまり、佐渡のことも知らなくて……。ただ、十八時には、
ホテルに行きたいです」
「了解。ホテルに着いた後、もう一回出ることできる?」
「まぁ、できますけど、なにかあるんですか?」
「今はまだ秘密。最後にどこのホテルに行くかだけ、教えて。その周辺で、おすすめの場所向かうから」
「両津朱鷺の宿です!」
「あー、おけ。じゃあ旅に行こうか」
「うん。お願いします!」
そうして、私たちの佐渡旅行が始まった。
*
「そういえば、名前聞いてもいい?」
「私は、如月ひまり、十九歳。あなたは?」
「俺は五十嵐颯真」
「新潟の人は五十嵐って名字の人多いの? 五十嵐医院とか、こっち来てからすごい見るんだけど……」
「大体学校行くと、各クラスに最低一人はいるぐらいには多いよ」
「めちゃくちゃ多いね!」
「ほかの県の斎藤とか、佐藤とかとおんなじ感じじゃない?そこまで意識したことないし」
「へぇ……」
佐渡を回る車内は、想像よりもずっと盛り上がっていた。
最初はぎこちなかった会話も、徐々にスムーズになり、ひまりは改めて、颯真くんの事を意識するようになっていった。
「砂金、採れてよかったね」
「うん! たくさん採れたし大満足!」
砂金採りを体験してみる? と、言われやってみた砂金採り。
想像よりも難しかったけれど、大体十個ぐらいの砂金が採れた。
今、車は金山に向かって走っているらしい。
颯真くんがそう話していた。
窓を開け、肘をつき片手で運転。完成された画。
気だるそうな、ダウナー系。
……次の漫画はダウナー系の子にしよ。
「それにしても、夏に来てよかったね」
「どうして?」
私の問いに、颯真はニコッと笑って、こう言った。
「夏にしか見れない、佐渡の一番のスポットがあるからね。それ以外にも佐渡の夏は結構盛り上がるから」
「そうなんだ、じゃあ私は運が良かったね」
窓の外に映る夕暮れは、広い海の上に反射して、オレンジ色の道を作る。
まだ、旅は終わっていないというのに、心は、もう完全に満たされていた。
「じゃあ、一時間後にまた来るよ」
ホテルにひまりを下ろした颯真は、そう言い残した。
一体、何があるというのだろう。ひまりは、ドキドキと期待をして、その時間を待っていた。
*
日は完全に沈んだ夜。約束の時間に颯真は現れた。
新月。星もあまり見えない曇り空。晴天の昼間とは正反対だ。
「じゃあ、行こうか」
目的地は、知らない。でもきっと。いいところなのだろう。
暫く、車に揺られて、着いたのは、とある海岸。
颯真の後ろを、ついていくと、たらい舟に乗せられた。
「目、つぶってて」
言われるがまま、波に体を任せ、ユラユラと、体を揺らす。
耳を澄ますと、ザザーッと波の音が届く。潮の香りが、鮮明にしていく。視覚以外の五感すべてが、情景を作り出したのだ
暫くそれを楽しんだ時、いいよ、と颯真が言った。
ゆっくり、目を開いた。
広がった視界に映るのは、海に浮かぶ、青白い星。
その迫力に、その感動に、私の心は、奪われていた。
「ウミホタルって言うんだ、綺麗でしょ」
「うん……」
ウミホタルによって作られる、幻想的な景色。
それは、ここに来るまで知る事なんてなかった。そもそも知る気もなかった。
でも、知らなかったからこそのこの感動。
私、佐渡に来れてよかった!
*
佐渡の旅も今日で終わり、今日の昼の便で、私は東京に帰る。
「ひまり」
結局、二泊三日のこの旅は、ほとんど颯真と一緒にいた。
金山も一緒に回ったし、一緒に朱鷺を見た。
私の想いは、愛と形を変えて心の中にあった。
「これ、お土産に」
渡された紙袋には、たくさんのお菓子や、食べ物が入っていた。
「また来いよ」
「うん、絶対来る。……颯真、私さ……、あなたのことが」
――好き
私よりも、先に、颯真がそう呟いた。お互い顔を真っ赤にして、恥ずかしがる。
「じゃ、じゃあ、そろそろ、時間だから行くね」
「おう。またな」
そうして、私たちは、別れた。次、いつ会うかも分からないけど。私たちなら、また会える。そう信じている。
*
家に着いた後、颯真に渡されたお土産を見て、笑みがこぼれた。
袋の底、そこには「トキの鼻くそ」と手紙が入っていた。
「佐渡一のお土産です、次会う時に、感想をください」
トキの鼻くそ。甘い甘いチョコレート。
一つ、口の中に投げ入れる。
「また、買いに行かないと」