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「コーベット未亡人に願えば叶う!」シリーズ

婚約破棄される事を願ったら、予想外の人がザマァされました

ザマァを願う訳ではないけど、結果的にザマァがあるっていうお話しです。

是非お読みいただけると嬉しいです。

〜コーベット未亡人は、傾国の美女で、そのベールの下の笑顔を見たものは、どんなお願いをも叶えざるをえない。例え、愛する人と別れなさいという命令であっても、抗うことは出来ず叶えてしまう、と〜


シンシア・ブレナーは、コーベット未亡人のお屋敷を訪ねた。

年齢が違うため、今まで交流が無い。

にもかかわらず、ある願い事を叶えてもらうため訪れていたのだ。


案内されたサロンには、未亡人特有の顔を覆い隠すベールを被り、体のラインのわからないワンピースを着た女性がいた。


「はじめまして、シンシア・ブレナーと申します。どうかお願いです。円満に婚約破棄されたいんです。コーベット未亡人様にお願いすると叶うと人伝に聞いたので参りました」

「そんなの、無理に決まってるわよ。どこでそんな噂を?」

「教会の奉仕活動で噂話を聞きました。噂では、サンディー男爵令嬢とゴルボット子爵を破局させたとか…」

「またその話ね。私に傾倒したゴルボット子爵が婚約破棄したって噂でしょ?」

コーベット未亡人は失笑する。


「人を簡単に魅了できると思ってるのかしら?念の為聞くけど、なぜ円満に婚約破棄したいの?」

この質問に、シンシアは出された紅茶を一口呑んで、ゆっくりと話し始めた。



22歳だが、雰囲気も言葉も所作も何もかも落ち着いている。

決して派手な顔立ちではないが、穏やかな新緑色の瞳と少し波打ったチョコレート色の髪が、好感が持てる顔によく似合っている。

シンシア嬢は、オルゴールのような優しい声で自分のことを語り出した。


ブレナー伯爵家のシンシア嬢は三女なので、どちらかというとのびのびと育てられた。

ゆくゆくは幼馴染であるミシェル・メルフィ侯爵令息のもとに嫁ぐ予定だ。

この婚約は15歳の時決められたものだが、両家の取り決めで公表はしていない。

メルフィ侯爵令息は、ブルネットの髪にサファイアのような瞳で、背が高く顔立ちも整っており、女性人気も高い。

仕事は外務省の外交官をしていて、政治や社会問題に興味があり、いつも会話はそれが中心。

シンシア嬢も外務省で翻訳の仕事をしているので、その会話が苦なわけでは無い。


「その人のどこが不満なの?」

コーベット未亡人は首を傾げる。

それに対し、シンシアは表情を変えずに話を続けた。



ミシェル様には、天敵がいる。

相手はクライブ第二王子の婚約者のジョゼフィーヌ・キャトラル侯爵令嬢。

いつも意見が合わず舞踏会で顔を合わせると、意見の応酬になる。

現在の政治的な問題や、外交的問題、環境問題などありとあらゆる話題で毎回対立するのだ。

それをエスカレートしないように、且つ建設的な話し合いになるようにこっそりアシストするのが現在のシンシア嬢の役割であるという。


シンシア嬢いわく、頭を使うし、ニコニコ笑って会話をどちらにもリードさせないようにしないといけないし、本当に疲れる。

もちろん、この先の展開を予測できないといけないから、広く色々な事を知っていないといけない。

もしもミスリードしてしまったら、その後一週間ミシェル様の機嫌が悪くて、何だか心地悪いんです。



「ここまで聞いた限り、会話の不一致は時間が経つと解消する問題のように感じるわ」

未亡人は、庭に視線を移した。

「いえ、そうでは無いのです。私、気がついてしまったのです」



ある事件をきっかけに気がついてしまったのだ。

それは、先日の事だった。

ガーデンオペラのチケットを取っていたのだが、あいにく天気は曇りで、多少の風もあった。

それでも、有名な歌手が出演予定だったので楽しみにしていたし、チケットはソールドアウトしていた。


オペラが始まり、皆が舞台に集中している時だった。

気がつくと、大きな魔物がバラ園に入ってきたのだ。

皆、逃げようとする中で、ジョゼフィーヌ・キャトラル侯爵令嬢が取り残されてしまった。

助けに行ったのは、ミシェル・メルフィ侯爵令息。


「私達も、それなりに魔物からは近かったんです。でも、彼は私に声もかけず、咄嗟にジョゼフィーヌ・キャトラル侯爵令嬢を身を挺して守ったのです」

「キャトラル侯爵令嬢はお一人で参加を?」

「わかりません。私は…。婚約者から離れてしまって…怖かったし、心細かったのですわ。婚約者ですから私も守って欲しかったのかもしれません」


「それはそうね。でも、身を挺してレディを守る姿に惚れ惚れしたのではなくて?」

「魔物に向かっていく姿は素敵でした。武器も持たずに、雷魔法で対抗したのですから」

「突発的な出来事に対処できた婚約者を見て、自分の気持ちをはっきりと再認識したのでは?」


「…そうとも言えますし、違うとも言えます」

シンシア嬢は一瞬何かを考えた。

言葉を選んでいるのだろう。


「私、気がついてしまったんです。ミシェル様は、ジョゼフィーヌ様の事が好きなのだと」


シンシア嬢は、事件の後見てしまったそうだ。

ミシェル令息は、恐怖で動けなくなったジョゼフィーヌ令嬢の髪を触った。そして、乱れた長い髪の毛先にキスをして、それから抱き上げ馬車まで運んだ様子を。

その時の二人は、視線を合わせないようにして、何かを言いたいのを我慢している雰囲気だったし、抱き上げた方も抱き上げられた方もなるべく触れないように気をつけていた。

それが余計に、触れたくても触れられないという二人の心情を物語っているようだったと、言葉を選びながら言った。


「毛先にキスをしたのは一瞬の出来事でしたし、混乱もすごかったら誰も見ていなかったでしょう。でも、その時悟ったのです。二人は想い合っている。私は邪魔なのだと」

冷めた笑顔のシンシア嬢の顔から、安堵の表情も感じ取れる。


「それで、婚約解消を申し出ました。でもミシェル様は『結婚は家同士の結びつきだから、一時の気の迷いでそのような事を言わないでほしい』と言って全く取り合ってくれないのです」

「ミシェル令息とジョゼフィーヌ令嬢が秘密の愛を交わしていると思っているの?」


コーベット未亡人の表情はベールで隠れてわからないが、声色は優しい。


「違いますわ。二人とも、お互いを視界に入れないように努力しているように見えます。だから、顔を見れば言い合いをしたり、気の合わないところをわざと探しているように見えます」

「シンシア嬢は、自分が身を引くべきだと考えているのね」

「婚約解消が無理なら、婚約破棄という方法も考えましたが、家同士の問題に発展するので踏み込めません。ですが、二人の気持ちに気がついてしまっては、もう何も無かったフリして夫婦になることは出来ませんわ。二人の心は強く結びついておりますもの」


「心底羨ましいと思っているのね。シンシア嬢は恋を?」

「したことはございませんわ。正直羨ましいのです。結ばれない相手だとしても恋がしてみたい、そう思いましたの」


叶わぬ願いを唱えているような顔のシンシア嬢を見て、コーベット未亡人は立ち上がった。

「心の内を誰かに話すとスッキリするでしょう?さあ、誰にも言わずにここにきたのね。皆心配して探しているわ」

「…見えているのですか?」

「私は千里眼ではありませんから、そんなの無理よ。でも、そうね。この小さなガラス草の蕾をプレゼントいたします。もしも、この蕾が咲いたら、その時は私から貴女へのささやかなプレゼントがあるわ。楽しみにしててね」


コーベット未亡人は、透明なガラスでできた花の蕾を一輪くれたあと、エントランスまで見送りをしてくれた。

ガラス草は初めて見たし、初めて聞いた。

どう見てもガラス細工で作った花の蕾だ。


シンシア嬢は、花を持ち帰ると、一輪挿しに挿して飾った。

驚くことにそれから二週間ほどで、ガラス細工の花の蕾が開いた。

それは王室主催の舞踏会の日だった。


本当に花が咲くと思っていなかったシンシアは驚いた。

透明なガラス細工の蕾は、綺麗なピンク色のガラスの花を咲かせ始めたのだ。

何枚も花びらがあり、綺麗だわ。

花を見ていると、なんだか落ち着く。

日の当たる場所に置くと、万華鏡の中にいるかのように部屋の中がキラキラと光った。


「今日は国王陛下にメルフィ侯爵家ミシェル殿との婚約の報告をするから、そのつもりのドレスを選ぶように」

父に言われて笑顔で返事をするが、目の前が暗くなる。

もう逃れられない。

ジョゼフィーヌ様への気持ちを秘めたミシェル様は、その気持ちに蓋をして私を迎え入れるのね。


誰からも永遠に愛されない事が確定してしまった事を受け入れないといけないのね。

ポロポロと自然に涙が溢れた。


「お嬢様、やっと一歩前に進みますね」

この涙を嬉し涙だと勘違いした侍女は、私の手を取り喜んでくれている。

これは悲しみの涙だとは誰にも言えず、涙が止まらなかった。

そのせいで準備が遅れたが、周囲は喜びの涙だと誤解しているので、優しい目で見てくれている。


幸いな事に、ミシェル様は他国の使節団との懇談があったので、会場で落ち合う事になっている。

馬車の中でどう振る舞っていいのかわからなかったから、一人で向かう事になっていてよかった。


会場は沢山の招待客で混み合っているが、すぐに落ち合う事ができた。


「本当なら、今すぐに国王陛下に婚約の報告に行かねばならないけど、今日は使節団との面談があるそうだから、報告は舞踏会の後半に行おう」

すぐに挨拶には行かないと言ったミシェル様の言葉に安堵する。


王座に国王陛下と王妃殿下が座り、夜会開会のファンファーレが鳴った。

その後、オーケストラの演奏でダンスが始まる。

一曲目は王族が踊り、その後、自由に踊って良い事になっている。

セドリック第一王子殿下とマリアンナ妃、クライブ第二王子殿下とジョゼフィーヌ・キャトラル侯爵令嬢、王弟殿下夫妻が曲に合わせて踊り出した。


クライブ第二王子殿下とジョゼフィーヌ様が一曲目を踊るのは本当に珍しい。

二人が婚約していることは事実だが、夜会などに連れ立って参加しても第二王子はすぐに退席するので、ダンスをしているのを初めて見た。


ストロベリーブロンドと金色の目は王族に引き継がれる外見的特徴だ。

王族全員が揃って踊るところを見て、あまりの華やかな雰囲気に会場からはため息が漏れる。

でも、ミシェル様の目は、輝くプラチナブロンドを編み込みにして、ピンクトルマリンを散りばめたヘアピースをつけたジョゼフィーヌ様を追っている。


「美しいですわね」

隣のご婦人に同調を求められて、「本当に」と答えるミシェル様を横目でチラリと見る。

私を愛してもらえないように、私もミシェル様を愛することはないだろう。

この気持ちは親友が、違う道を選んだ時に感じる心の痛みと似ているもの。


今回は、使節団を招いた正式な夜会とあって、皆パートナーと別々に行動する人はいない。

この暗い気持ちから逃れられないんだわ。


表面的な挨拶を沢山の人と交わしていると、変なタイミングでファンファーレが鳴り、オーケストラの演奏が止まった。


遠くで、宰相様が何かを叫び出したので静かになり、皆耳を傾けた。

何かを発表しているようだ。

「今まで空席だった王太子の指名式を行う」

宰相様の言葉で国王陛下は立ち上がり、その横に侍従が王冠を載せたベルベットの台を持って跪いた。


「第一王子であるセドリック。隣国との国交樹立と、貿易交渉成立の功績をたたえ、本日より王太子となる事を命ずる。マリアンナ妃共々、今後の国の発展に貢献するように」

セドリック第一王子が前に出て、跪き王冠を賜った。


「次に、要職の配置換えを発表する」

宰相様は巻紙を国王陛下に渡す。

「まず、王太子職の控えを第三王子であるデイビットとする。デイビットは来年、成人するので本日は参加していないが皆で支えるように」


第二王子が目の前にいるのに呼ばれない事に皆、ざわつく。

「次に第二王子であるクライブに、王座を授ける」

どよめきが起こる。

今しがた第一王子が王太子に決まったはずなのに。


「一昨年併合したヤマガーラ共和国の国王となり、まだ未開の地を発展させて王として統治をせよ」


どよめきが鎮まり、皆固まってしまった。

ヤマガーラ共和国は、国として一度経済が破綻している。

貴族は腐敗し、国民は貧困で喘いでいるので、2年前に当時の王族たちが統治を放棄して、仕方なく統治する事にした国だ。

あの国は長引く内戦と驚くほどの貧困のせいで、他国との交易はほぼないし、逃げ出そうにも、海の上に浮かんだ島国なので、難しい。

まだ幽閉された方が幸せだと言われるくらい、国が荒れているので、国王になっても命の保障はない。


ジョゼフィーヌ様は王妃となるが同時に、常に生きるか死ぬかの人生になってしまうわけだ。

どんなに政治や貧困などを勉強していても、あくまで机上の空論で役に立つはずなどない。


私が望んだのは、ミシェル様とジョゼフィーヌ様の恋を叩き潰す事ではないのに。


気がついたら、涙が流れていた。

こんな未来望んでいない。


「尚、ヤマガーラ共和国は過酷な地であるが故、騎士だろうと文官だろうと高位の貴族籍があるものを我が国から同行させることは許さない。高位貴族は領地を統治したり、国に尽くしたりと大きな役割を担っている」

「なっ!父上!私にどうしろと?」

第二王子の顔色は真っ青だ。


「今、命じた通りだ。当然だが、婚約者のジョゼフィーヌ・キャトラル侯爵令嬢を国外に連れ出すことも許さない。故に、婚約は解消となる」

会場からは何の音もしない。


「クライブよ。権力を傘にきたり、血筋を誇示する事が王族ではない。例え血のつながりがなくても、ビジョンや発展のための奉仕の精神を引き継いでいくのが王族だ」

「私も、発展や奉仕の精神を実行しています!」


「王族の権力を笠にきて、仕事をさせたり押し付けたりするのは、発展を考えているわけではなく、己の怠けたい欲を優先しているだけだ」

「そんな事実はありません!」


「否、証拠は上がっている!」

どこからともなく沢山の写真がヒラヒラと落ちてきた。

山と積まれた書類を代筆する文官達の写真が、沢山降ってきたのだ。

一枚一枚が違う写真なので、全てが証拠なのだろう。

また、その中には非公式に贈り物を受け取っている写真も高確率で混ざっている。


「これでも言い訳を?非合法な物を贈っている写真がある貴族は、降爵。場合によっては貴族籍剥奪だ。ただし現状維持を望む条件は、ヤマガーラ共和国に帯同することだ。それから、愛人関係の侍女や、同じく愛人関係の貴族令嬢に命じてジョゼフィーヌ・キャトラル侯爵令嬢に嫌がらせをしていた証拠もある」

また、沢山の写真が降ってきた。


愛人と抱き合っている写真や、もっと過激なもの。

それから、その女性達が嫌がらせをしている写真で、写っている女性達は数人ではなかった。

ほとんどが爵位のない侍女か、低位貴族だ。

確かに見目麗しいかもしれないけど、こんなに傾倒する女性が多いとは。


「ここに写る者たちも、連れて行っても良い」

国王陛下の言葉に、第二王子は怒りで震えている。


「なっ!何故…。ジョゼフィーヌ!お前が父上に言ったのか!!」

ジョゼフィーヌ様の顔に恐怖の色が浮かんでいる。

知らなかっただけで、沢山の嫌がらせに耐えていたのだろう。


流石に、この状態で、ジョゼフィーヌ嬢は生意気だとか、陰口を言っていた貴族令息たちも、見て見ぬ振りは出来まい。

その時、トンと音がして、隣にいたミシェル様が押し出された。

私の視界の端に見えたのは、ミシェル様を押す女性の手。

振り返ったが、沢山の人が所狭しと立っていて誰だかわからない。


少しよろけたが、ミシェル様は脚に力を入れて立つと、ジョゼフィーヌ様を守るように立った。

「第二王子殿下。敵意を向けるのは、おやめくださいませ」

毅然とした態度のミシェル様は、高貴な騎士のように見える。


「ミシェル・メルフィ!そこを退け!オレのいう事が聞けないのか!」

国王陛下は騎士団に、怒り狂うクライブ第二王子の拘束を命じ、すぐに床に押さえつけられた。


「お前たち離せ!オレはこいつらに用がある!」

国王陛下がいる会場では、魔力が発動しないように魔封じが施されているので、剣術が使えない第二王子は怒鳴るだけだ。


「私は用はございません」

怒り狂う第二王子に対してミシェル様は冷静だ。


「メルフィ侯爵家ミシェル、其方は希少魔法を使えるキャトラル侯爵家ジョゼフィーヌ嬢を身をていして守った」

「当然の事でございます」

傅き礼をする。


「この功績で、国益を損なわずに済んだ。褒美として、ジョゼフィーヌ嬢の魔法研究のためのチューリッツ領の統治と、ジョゼフィーヌとの結婚を許可しよう」

「いえ。…私には…」

国王陛下に反論できるひとはいない。


ミシェル様とジョゼフィーヌ様の態度を見て、思い合っているが結ばれない恋人だと国王陛下は悟ったのだろう。


どこかから拍手が起き、皆が祝福する。

この後、祝福が続く中、お兄様が私の横にやってきた。

「シンシア、残念だったな」

お兄様の目は私を憐んでいるが、私は清々しい気持ちだ。


「兄弟みたいだったミシェル様が幸せになれるのなら、こんな嬉しいことはないわ」

本気で祝福しているのに、お兄様は無理するなという。


私が居たのでは、ミシェル様も私に気を遣って喜べないだろうと、そっと2階のテラスに出て、椅子に座る。

星が瞬いていて綺麗だし、風に乗ってほんのり花の香りがして、何だかフワフワする。

窓からは、オーケストラの音が聞こえてきて、またダンスが始まった事を察した。



コーベット未亡人にお願いした事が、全部叶った。

あの方のおかげなのか何なのか、よくわからないけど。

全員が幸せになったわ。


「ここ座っていいですか?中はすごいお祭りムードで、普段領地に引っ込んでいるから、何が起きているのか理解できなくて、あの空気に慣れないんですよね」

よく通る男性の声に顔を上げる。


栗色の瞳と髪の、背が高く肩幅の広い男性が立っていた。

「貴女も中の雰囲気にあてられたんですか?」

屈託のない笑顔で笑いかけてくる。

優しい雰囲気に、心音が上がる。

あついのかしら?


「そんなところですわ」

「あっ。その髪飾り素敵ですね。妹のデビュタント用のお土産に」

「まあ!妹さんのデビュタントですか?」

「両親が、流行病で早くに亡くなったので、私じゃよくわからなくて。皆さんのドレスや髪型を見て…。すみません、変な事を」


笑顔から溢れる白い歯が眩しい。

家族の事を考えて嬉しそうに笑う顔に、ドキドキして、頬が赤くなる。

突然、恥ずかしく感じて視線を落とすと、ポケットチーフと共に、生花の代わりにガラスの花が挿してあった。

やはり咲き掛けのバラのようだ。


「そのガラスの花!」

「これですか?この服を買いに行ったテーラーで、『この花に気がついた方は貴方に幸福を運びます』って言われたんです。髪飾りについて教えてもらえるなんて!すごいなぁ」

なんだか気持ちも軽くなって思わずクスッと笑うと、男性の顔も笑顔になった。


「こんな素敵な方とお話しできるなんてオレは幸福だなあ。もし宜しかったら、ダンスを」

「ええ!是非!」

「自己紹介が遅れました。私はアラン・イーストマンです。いつも領地にいるので、意を決してダンスにお誘いしたのですが…自分が上手に踊れるかどうか…」

私の手を優しく握るゴツゴツした手から熱を感じる。

「私はブレナー伯爵家シンシアでございます。音楽が聞こえますから、よろしければこちらで踊りませんか?誰も見ておりませんから自己流で楽しく踊れますわ」


「貴女は美しい上に、優しい方ですね」

「まあ!お上手ですこと」

優しくリードする手は大きくて頼り甲斐があり、踊りのうまさや正確さではない安心感がある。

しっかりした体幹は、踊りにくいタイルの上でも私を支えてくれているようで、体重を預けたくなる。


「イーストマン公爵様でございますね。この国の第二都市があるイーストマン領は、広大な領地に港と鉱山がある山脈があると聞いております。素敵なところなんでしょうね」

「都心部はそうだが、一年の三分の一は、森に面した地域を移動しながら魔物討伐をしなければならなくて」

「だから、こんなに勇壮でいらっしゃるんですね」


お話をしながら、くるくると何曲も踊った。

こんなに踊ることなんて初めて。

ダンスをする手が熱くて、その熱が体中に伝わり、体中が心臓になったみたい。


「苦手なダンスがこんなに楽しいと思いませんでした」

「私もこんなに沢山踊ったのは、初めてですわ」

ここで曲が途切れたのでダンスをやめて、中に入ることにした。


談笑しながら、階段を降りようとしたが、思ったより脚が疲れており、少しよろけるとイーストマン公爵様が支えてくれた。


厚い胸板が、肩にあたり、さらに体が熱くなる。

体に力を入れて、よろけないようにしなきゃ。

私の意図を察したのか、公爵様は私に負担がかからないようにゆっくりと歩いてくれる。


明るいところで改めてお顔を拝見すると、栗色に見えた髪は濃い金髪で、茶色に見えた瞳も濃い金色だった。

騎士のような鍛えた体と、高い背が目立つようで、たくさんの女性達がダンスに誘ってほしくて視線を送っているが全く気が付かない。


「優しく美しいシンシア嬢、こんなに素敵な方は初めてだ。これからもお会いして頂けないだろうか?」

跪いて私の手を握り、優しく言ってくれたので、ピンク色になった頬が、あかくなる。

これって、交際を申し込まれているのよね。

こんなに心が動いたことは初めてで、どうしたらいいかわからない。


「あっ、あの。私でいいのでしょうか?」

「貴女しかいない」

「はい」

胸ポケットから見えているガラスの花は、真っ赤な大輪の薔薇が咲いていた。



〜コーベット未亡人にお願いすると、全てが叶う〜

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