ソクラテスの気持ち(1)
セシリアはドアノブに手をかけてホールから出ようとしている。
ソクラテスは後ろ姿を見ながらホールから出ようとしているセシリアを遮るように、自分の手をドアノブにかけていたセシリアの手の上に重ねた。
セシリアは重ねられた手を見て後ろを振り返り、ソクラテスを見る。
「どうしたの?ソクラテス。」
無意識に手を触ってしまっていたソクラテスはパッと手を離す。
「も、申し訳ありません奥様。ドアは私が開けますので少し後ろに下がっていただけますか?」
(私は何故手に触れてしまったのだろうか…これを旦那様に見られてしまったら殺されてしまいそうだな。)
「ソクラテス、律儀ね。いつもありがとう。」
セシリアはソクラテスに笑顔で伝えた。
「奥様、私のような物に感謝の言葉など…」
「それ、ミサにも言われたわ。でもミサやソクラテスにはどうしても言いたくなっちゃうの。だから気にしないで。」
「そういう所が…」
ソクラテスはフッと笑いセシリアに聞こえないように小声で言った。
「え?何か言った?」
「いえ、奥様は変わった方だなと思って。」
「またミサと同じ事言うのね。でもそんなに変じゃないんだけどなぁ…貴族とか平民とか関係なく感謝の気持ちは伝えなきゃ。大事なのは上下関係ではなく思いやる気持ちよ!」
ソクラテスは少し笑みを浮かべた。
「私は奥様がヴェリエールに来て下さって本当に感謝してます。」
「え…そう?なんか照れるね…私ソクラテスには嫌われていると思ったからそう言ってくれるととても嬉しい…ありがとう。」
セシリアはソクラテスに微笑むと「ミサを探してくる」と言ってホールから出ていった。
ドアの前で動かずに立ち尽くしていたソクラテスは、赤面した顔を手で覆いしゃがみ込む。
「あの笑顔は…反則だろ…」
反対側の壁側にミサが気配を隠して立っていることも知らずにポツリと独り言をいうソクラテス。
ミサはその言葉を聞いても表情一つ変えずに何かを考えているようだった。




