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第三食 自己紹介からのおしゃれカフェ、それだけ。(パート2)

 人見知りが暴走したのか、突然とんでも発言を繰り出した有栖川さん。

 それを受けた姫野さんはなにを思うのか。


 それでは、第三食(パート2)です、どうぞ。

「好きなのは…………愛苺理あいり、です……」



 ────! まさかこんなタイミングで百合ゆり色のラブコメ展開!?

 だとしてもそれ自己紹介で、しかも全員が聞いてる中で言っちゃうの!?


 首から上だけをお嬢様に向けて発せられた衝撃発言に、クラス全体がざわめきを見せ始める。

 熟れたトマトのように耳まで染めて、慌てて正面に向き直って着席する有栖川ありすがわさんは、ただひたすらに突っ伏した。

 クラス中が一斉に姫野ひめのさんに視線を向けたが、当の本人はさも当然の如く隣の席を見つめて、微笑みを越えた先で満面の笑みを浮かべている。


「素直に人に好きと伝えられるのはとっても素敵なことですよ! はぁ~~~~っ良いです、良いですねぇえ! ……っと、人見知り克服のためにみなさん協力して、有栖川さんと仲良くして上げてくださいね。でも、強引なのはダメですよ? それでは続いて二十四番、飯沼いいぬまさんお願いします!」


 何やらテンションを高める先生は私に何を期待しているのか、全力投球よろしく、手のひらを差し出して名前を呼んだ。

 謎のプレッシャーを感じるが、指名されたからには自己紹介しないわけには行かない。

 今回は考える時間もあったし大丈…………あれ、何言おうとしてたんだっけ。

 やばい、目の前の席で繰り広げられた急展開に気を取られて、せっかく考えていた紹介文が頭の中から転げ落ちてしまっている。


 仕方ない。ええい、ままよ!


 立ち上がった私は、咳払いを一つ置いて続ける。


「はいっ飯沼灯梨あかりです。誕生日は九月の十七日、趣味は私も有栖川さんと同じで美味しいものを食べること。特に白ごはんが大好きで、唐揚げ一つあれば二杯はいけると思います。あっでも食べるの好きですけど、苦いものは大体の苦手なんですよね……」


うーんと、あとは……。

 

「高校生としての実感はまだ余りピンと来ていませんが、これから始まる新たな生活を全力で楽しんでいきたいと思いますので、仲良くしてもらえると嬉しいです! あと夢……そう、夢は異世界に転生することです。よろしくお願いしますっ!」


 勢いでゴリ押ししちゃったから内容としてはちょっと薄いかもしれないけれど、ちゃんと自己紹介出来た気がする。

 と思ったのは束の間、教室内は未だにざわつきをやめる気配がない。

 あれ、なんかやっちゃった? 私。

 何かをやらかしてしまったのかと、言ったことを最初から思い返していると、後ろから指で肩を突かれた。


「あかんで灯梨……途中までめっちゃ良い感じやったのに、その夢言うてもたら変な奴やと思われてまうで……」


 ?

 そっと着席した私に、わざわざ身を乗り出して耳打ちで告げるみーちゃん。

 しかし、その言葉の真意には気付けなかった。

 こういうときって夢とか言わないほうが良いんだっけ?


「い、異世界転生……? はちょっと私には良くわからないですけど、夢があるのは良いことだと思います、よ?」


 ッスーーー。

 先生の微妙そうな反応で、ようやく分かった。あれだ、中二病的なものだと思われたってことか。

 こーれは確かにやらかしたか……。

 一旦、高校デビューは最速で失敗したかもしれない。


「では、ヒソヒソ話をしている二十五番の稲葉いなばさん、お願いします」


「は、はぃいっ!」


 疑問符のまま淡白にまとめられた自己紹介を代償に、軽く注意されてしまったみーちゃんは、一瞬で私から離れて勢い良く立ち上がり、上擦った声を出した。


「い、稲葉実柑みかんです。誕生日は十一月十一日。趣味は料理と、うちも食べることやね。好きなのは串カツとスイーツ全般。それと串カツなんやけど、家が近くの商店街で串カツ屋やってるんよ。──カウンター席がメインの小さい店やけど、目の前で揚げられていく肉や野菜に魚。出来立て熱々のサクサクを、自家製のソースにたっぷり漬けて食べたらもう絶品や……。内装は最近の店みたいなお洒落や無いけど、変わり種もあるしほんまうまいさかい、いっぺん来てな! 是非『串カツ・稲葉』をよろしくお願いします!」


 ええ……何この真っ向からお腹を刺激してくる自己紹介。

 ってか、ただの宣伝じゃん。


 身振り手振りでつらつらと語られていくも、最早『自己』を紹介している部分はほとんど存在しない。

 数分前からずっとザワザワが止まらない教室に、追い討ちをかけるように個性を前面に出した自己紹介という名の実家の宣伝。


「はあ、めっちゃ緊張したわ…………」


 という割りには、やり遂げた感を出して自信満々に腰を下ろすみーちゃん。


「授業中にお店の宣伝とは、中々やり手だねぇ」


 私の上を行くみーちゃんに、振り向いてサムズアップで返した。

 すると、話した内容を思い出してか、小さく開いた口に大きく空気を吸い込んで「やらかした!」と両手で頭を抱えて唸り始める。


「あぁあかん終わってしもた……灯梨と一緒に高校デビュー失敗や。うちも変な奴やと思われたかもしれん……あーでも新規のお客さん獲得したいし…………あぁ」


 うーん、これは商売上手と言っていいやつ、かな?

 いろいろな感情が入り乱れたような声で悶々としている。

 

「わあ、串カツですか! 良いですね~、私こう見えて揚げ物大好きなんですよ。できたての串を片手にジョッキをこう、グビッと……想像するだけで幸せ感じちゃいますね~。今度お邪魔させてもらいます!」


 生徒の前で堂々とお酒を飲むジェスチャーをしたかと思えば、胸の前で手を組んで思いを馳せる先生。

 まだ私たちには『こう見えて』の部分は何も見えてないんですけど、そもそも自己紹介、今のでOKなんですかね。


「ほんま!? 絶対来てやっ! よっしゃ~新規獲得やぁ」


 前方から聞こえてきた新規の声に、抱えていた頭をガバッと起こして嬉しそうに言った。


「は、はい。みなさんもう少しだけ静かにしてくださいね~」


 雑多な言葉で充満していた空間に、手を二度ならして仕切り直す先生。

 その後の二名は、失礼かもしれないけれど特に面白みもなくトントン拍子で進み、つい先程も注目を集めたお嬢様の番が来た。


「では二十九番、姫野ひめのさん。お願いします」


 私の左前に座る、胸の大きな女の子。

 どんなことを言うのかと、内心ずっと気になっていた。

 だってこんなザ・お嬢様な人なんて、今まで一度も会ったことがないから。


 しかし姫野さんは先日と同様に、今日も今日とて窓の外に広がる春の陽気を眺め、ほわほわとしたご様子。

 やはり、まるで気付いていない。

 さっきまであんなに有栖川さんを見詰めていたのに、何故なにゆえ……?

 あのときと同じように有栖川さんの呼び声で立ち上がるかと思われたが、こちらは未だに顔を隠して伏せっている。

 すると、返答のない姫野さんを心配したのか、ヒールを鳴らしてゆっくりと近づいた先生が顔を覗き込んだ。


「あら、先生。どうかなされました?」


 ひょっこりと視界に現れたであろう顔に気付いたが、完全に上の空な質問が生まれた。

 どうかなされました? って、勉強嫌いな私が言うのもなんだけど、一応今授業中ですよ、お嬢様。


「えーっとですね、その、自己紹介を……していただけると嬉しいなぁって」


 ああ、先生の腰が低くなっちゃった。


「あら、ごめんなさいね。皆様ごきげんようですわ」


 出ました、何事も無かったかのようなごきげんよう。

 本当に、何事もなかったんじゃないかと思わせるのように、爽やかな風に髪を撫でられ、静かに立ち上がっていく。


わたくし姫野愛苺理あいりと申します。誕生日は三月三日、私も食べることはとっても好きですわ。苦手なのはお料理をすることと、運動ですわね……。登校時には少々ご迷惑をおかけしているかもしれませんが、どうかお気になさらずご容赦いただけると幸いですわ」


 どう頑張っても数か月は気になりますよ~、あの車とメイドさんは。

 でも、一応みんなの自己紹介は耳に入っていたようで、内容には誕生日なども織り混ぜられている。

 丁寧な言葉使いで綴られていく自己紹介は簡潔に終わり、「想像していたよりも案外普通だった?」と思っていたところに、まだ着席していなかった姫野さんは「それともう一つ」と続けた。


「好きなものはもう一つありますわ、それは──」


 秒針が目盛りを二つ跨ぐ程度の間の後、チラッと私の前を見て口を開く。

 

「それは、こちらのくるみさんですわっ!」


 んな────っ!


 その発言と同時に、外から吹き込む風は髪をなびかせ、窓から射し込む陽の光はさながら後光のように姫野さんを照らした。

 これはもうお嬢様やお姫様なんかじゃない……女神のそれだ。


「……愛苺理…………」


 ニッコニコでさらりと放たれたその言葉は、キューピットが心臓を射貫く音が聞こえるくらいに有栖川さんを突き刺した。

 ようやく上げた顔は依然として赤く、むしろ最高潮に達している。

 漫画みたく目がハートになっているような、そんな風に見えるほどのトキメキを感じさせてくれた。


「くるみさん……」


 お熱い禁断の恋が始まる予感がする。いや、私たちが知らないだけで実は既に始まっている?


「はあぁぁあっ素敵です、素敵すぎます!」


 なぜか全力の高速拍手をしながら、涙を含んだ瞳をキラッキラさせる先生は、授業なんてそっちのけで二人に見惚れている。

 見つめ合う二人を見つめる先生、それをただ傍観ぼうかんするそのの生徒。

 もう何がどうなっているのやら、ここは本当に学校なのかと疑いをもちそうにもなるくらいに不思議な空気を漂わせ始めた。


「…………はっ、す、すみません、つい! 自己紹介、自己紹介続けますね。では三十番の──」


 暫く続いた沈黙の中、自力で我に返ってきた先生は、仕切り直して残りの生徒の自己紹介を終わらせた。

 一呼吸ほどのひらき、「では」と先生が何かを切り出そうとしたそのとき。



「カニって呼ぶなああああああ!!」



 突如、隣のクラスからだと思われる叫びにも似た声が、先生の進行をばっさりとさえぎり、廊下を伝ってこの教室まで届いてきた。

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


 栗山先生はどうやら百合の花がお好きなようですね、ですが、授業はちゃんと進行して欲しいです。

 それにしても、灯梨どころか実柑まで、自己紹介で変な空気にしてしまうとは……。クラスで浮かなければいいのですが。

 そして隣のクラスから聞こえてきた謎の叫び声、またややこしそうな人が出てくる予感がしますね。


 次話(パート3)は「明日、正午頃」の投稿を予定しておりますので、是非続きもお楽しみください!

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