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第二食 入学式からの揚げたてほくほく、それだけ。(パート3)

 いよいよ始まる入学式、遅刻している先生は大丈夫なのだろうか……。


 それでは、第二食(パート3)です、どうぞ。

 盛大な拍手で迎え入れられる私たちは、先生方の誘導に従い歩みを進めていく。


 スペースの都合で在校生はおらず、保護者と思われる人たちも参加が義務ではなかったためか、数えられる程度の人数が後方で座っているだけだ。

 うちの親「忙しいだろうし、わざわざ来なくても良いよ」と伝えていたので、もちろん来てはいない。

 けれど、いないと分かってはいても、どこか寂しくなる気持ちが心の奥に生まれるのを止められない。

 

 全員が長年使われてきたであろうパイプ椅子の前に到着すると、そのまま国歌を斉唱した。

 滅多に感じることのない強い緊張を感じながら、順調に式が進んでいく中、早速『アレ』が始まろうとしている。


『入学許可宣言及び、校長式辞を執り行います』


 そう、学校のおさ『役職/校長』の共通スキル、『長話─ロングスピーチ─』だ。

 なぜあんなにも話が長いのか。

 きっと大事な話とかしているのだろうけど、まるで興味を持たない私の耳は、それをただ一心に右から左へと受け流すことしかできない。


 入学許可宣言とやらは、全員の名前が呼ばれていくわけではなく、「入学許可候補生」と全員がまとめられたこともあり、思いの外あっさりと終わりを迎えた。

 問題はここからだ。



 さあ、かかってこい校長。いざ尋常に勝負だ──!



『式辞。鮮やかな新緑が彩る、うららかな春の日差しの中、ここ夢見ヶ原(ゆめみがはら)高等学校の第九十三回入学式を────』


 あぁ、ダメだ。まるで勝てる気がしない。

 まだ始まって十秒も経っていないのに、早くも眠気が込み上げてくる。

 

「なんで校長先生ってどこの学校でも変わらず話が長いんだろうねぇ、おんなじ遺伝子でも組み込まれてるのかな……まさかクローン?」


「黙ってやんとほんまに怒られるで」


 漏れ出た私の呟きに反応したみーちゃんは、正面を向いた視線を変えずに、ノールックで私の太ももをそっと小突いた。

 仕方なく壇上を眺めるが、やはり長くなりそうだ。 

 ただひたすらに退屈な時間が流れ、ついあくびが出そうになるのをなんとか我慢して、終わりを待つ。

 わば耐久戦だ。

 

 その後も数分に渡って放たれた『催眠さいみん系の状態異常』は、気合いのみでその効果を阻止することができた。

 しかし、その後に来賓の祝辞や紹介、祝電披露などが続いたため、最早私の耳はスピーチや式を進行させる人の声を受け付けていない。

 こうなってはもう、寝ているのと変わりないなと、自分でさえ思ってしまう。


 なんとかそれらも耐えしのぎ、流れのまま始まろうとしているのが、新入生代表挨拶。

 ここに関しても相変わらず興味が無い訳なのだが、代表生徒の名前が読み上げられると、立ち上がったのは私の右隣の生徒だった。

 その横顔を仰ぎ見て、眠気は徐々に薄れて興味へと変わっていく。

 教室にいたときも廊下を歩いたときも、こうして隣に座っていても、余り気に留めていなかったその子は、つい数十分前に私たちの注目を集めた例の三人のうちの一人だ。

 緊張しているようで、どこか硬く感じる歩みを進めていく女の子。

 演台の奥側に立つ校長とともに、深く頭を下げた彼女は、手に持っていた紙を広げた。


『あっ暖かな春の風にさしょ……誘われて今日、私たちは入学いたしましゅ──』


 あ~~~~っと、これはあれだ、俗に言う可愛いというやつだ。

 噛み方に、見た目の小柄こがらさも相まって、実に可愛らしさが滲み出ている。

 一瞬にして私の心を鷲掴みにした。

 こんなスピーチなら眠らずに、ずっと聞いていられるかもしれない。


『──以上をもちまして、新入生代表の挨拶とさせていただきます』


 誰かさんの声とは違って、耳にすんなり入ってくるものだから、珍しく真剣に聞き入ってしまった。

 初めはぎこちなさがあった口調も、緊張が和らいだのか、後半になるに連れて噛むことはなくなっていった。

 再び深く頭を下げた彼女は、元の場所、つまり私の隣に戻ってくる。

 腰を下ろす瞬間不意に見えた片頬かたほおは、火照ったようにほんのりと赤く、少し項垂れているようにも見えた。

 

 それからは聞き馴染みのない校歌を、歌声付きの音源でスピーカーから流されて虚無になったくらいで、特に何が起こるわけでもなく、入学式は無事に幕を閉じることとなった。



    ◇


 体育館を後にした私たちは、教室へと向かって歩いている。

 ただ、入場前に先導していた学年主任は何かやることがあるらしく、「すまないが、先に戻って座っていてくれ」と伝えて、姿をくらました。


「はぁ~~っ疲れたね~」


 先生がいないのを良いことに、私は廊下に声を小さく響かせた。


「いやいやいや、九割座ってただけで、疲れるようなことまだ何もしてへんやん」


「それが疲れるんだよねぇ。眠たくなるし腰は痛くなるし、お腹は空いてくるしさ~」


「眠たなるんはまだ分からんでもないけどや、腹減るんは早すぎちゃうか? 家出てからまだ二時間半ぐらいしか経ってへんで?」


「減ってきちゃうんだからしょうがないじゃ~ん…………パンでも持ってこれば良かったなぁ」


「何を入学早々に早弁みたいなことしようとしてんねん、てか食てべる間ぁないやろ」


 確かに。


「確かに」


 朝ごはんはたらふくとまでは行かないものの、しっかりと食べたはずだ。夢じゃなければ。

 しかし残念ながら、私の燃料タンクとやらは何とも燃費が悪く、どうしてもすぐにお腹が減ってくる。


「あー、みーちゃんの串カツヘアピンが本物だったらなぁ」


「そんなことあるわけないやん。ほんで本物やったとして絶対もあげへんで、揚げもんだけにってか。はっは、えぇ? なあ、聞いてるか?」


 …………。


 ツッコミスキルは高レベルなのに、ボケは下手と言うか雑と言うか。どうも残念な方向に振り切れている。

 前触れもなく、自信ありに、なんとも言えないラインで攻めてくることがあるが、本当に絶妙に微妙。

 面白いかどうかはさておいて、反応に困りつつ階段をのぼりきると、教室の前にレディースなスーツ姿の女性が立っているのが見えた。


「ねえ、みーちゃん。もしかしてあの人が担任の先生かな」


「そうちゃうか? 少なくとも不審者やないやろし、っても挙動は不振やけどな」


 ボケをスルーしたからか、どこか素っ気なさのある声色で返答されてしまう。

 入り口の前で落ち着きがなく挙動不審なその人は、私たちに気付いた瞬間、そそくさと逃げ込むようにして室内に飛び込んでいった。


 恥ずかしがり屋さ……ってあれ、今の人、どこかで見たことある人のような…………。


 記憶の中に居る、それもかなり新しめの記憶に。でもどういうわけだか、名前も顔もはっきりとは思い出せない。

 それに、知っている人かと言うと何かが違う、喉につっかえるような不思議な感覚。

 確かめようとする私は、無意識に歩みが早くなり、教室へと吸い込まれるように足を運んだ。


「ちょ、灯梨あかり? どないした──ンッ!!」


 後を追って来たみーちゃんに気付かず、入り口に一歩踏み入った所で私の足はピタリと止まった。


 ──────なっ!?


「っつ~、もう今度はなんやの~? 急に止まったら危ないやんかぁ」


 瞳が捉えたのは、眉辺りでばっさりとカットされているブロンドカラーの前髪。

 そして、首からぶら下げているのは、光をちらりと反射させる金色のチャームが付いたネックレス。ここからでは、はっきりと形は見えないけれど、不思議と脳内で十字架がひも付けられた。

 じっと見ていると、霧が晴れていくように今朝の夢の記憶がどんどん蘇ってくる。

 生憎あいにく、名前までは思い出すことができないけれど、あの異世界風味な場所で出会った『あの女性』に余りにも似ている。

 いや、いやいやいやいや……そんなはずはない、というかあり得ない。

 落ち着こう、落ち着け、私。

 しかし、加速していく鼓動と連動するように、浅い呼吸で肩が上下し始める。

 似ている、似すぎている。瓜二つとも言えるほどに似ているけれど、違いは確かにある。

 まず服装。シスターのような格好では無く、普通の濃紺無地なレディーススーツ。

 長袖のトップスに膝下丈のタイトスカートを穿いていて、夢の中の人は掛けていなかったが、この人は眼鏡もしている。

 いかにも『先生』な見た目だ。


「う、うーん……やっぱり気の所為……だよね」


 そもそも夢の中の人と、今日、たった今出会ったばかりの知らない人が同一人物とは考え難い。

 けれど、それを決定付けるかのように、額を少し赤く染めている。

 あれは……夢の中でクリティカルヒットさせたのと全く同じ場所……。

 一筋の詰めたい汗が、頬を伝って流れていく。


「? ほんまにどないしたんよ、どいてくれへんと後ろつっかえてくるで?」


 拭い切れない同一人物感に足を固めていると、心配そうな声が耳元で囁かれた。


「──へ? あっごめんね、何でもないよ、何でもっ」


 何でもないということは全くもって無いけれど、手と首を大きく振ってごまかす。


「そうか? ほなら早よう座りや」


 みーちゃんは「変なの」と言うように、小首を傾げて自分の席へと歩いていった。

 そして全員が等間隔に並べられた机に向かって着席するが、先生は何かを考え込むように教卓を見つめているため、何も始まらないまま十数秒が過ぎていく。


「……先生? ホームルーム始めません?」


「そっそうよね、すみませんっ。じ、じゃあ出席を取ります」


 後ろから発せられたみーちゃんの一言で、我に返った先生は、名簿が書かれているらしい黒いのを開いて準備を始める。


「その前に先生、なんで遅刻したんですか? ってかおでこ赤いですけど、どうしたんですか?」


 こういうのは詮索しないのが普通だと思うのだけど、教卓の目の前に座る一人の男子生徒は、無神経にも直球で尋ねた。

 失礼だとは思うけど、今回は私も気になっていたしナイスだ、名も知らぬ男子よ。


「へ!? いや、あのですね、そ、そそそれはその……携帯の目覚ましの時間設定を間違えてて。…………おでこは……急いでたからそのとき車のドアにぶつけちゃったの……」


 要するにただの寝坊ということか。何か特別大きな理由があるわけでもなく、本当にただの寝坊。

 詰まりに詰まりながら出てきたその言葉で、クラスの緊張した空気が一掃された。


 おでこの赤みも、ただの偶然の一致ということなのだろう。

 でも、何かの因果があって、夢とリンクしているんだとしたら──?

 なんて、そんなSFチックな展開なんてあるはずないよね……。

 悩んでいても仕方がないし、一先ず今は夢のことは忘れておこう。


「でも良かったですね、朝のうちに目が覚めて」


 私は切り替えるついでに、ちょっとだけからかうようにして言った。


「全っ然良くはありませんよ、もう。そんなことより出席取りますよっ」


 そう言って先生は廊下側の生徒、つまり出席番号一番の男子から順に、名前を呼び始める。

 人数は四十人に満たない人数なので、わりとすぐに私の近くまで回ってきた。


「えー、有栖川ありすがわくるみさん」

 

「……はい」


 目の前から聞こえた細く小さなその声は、今朝注目を集め、更には新入生挨拶までもやっていたあの子。

 座高からしても身長はかなり小さな方で、新入生挨拶の噛み噛みなスピーチもあってか、どこか小動物を思わせるキュートさを感じた。

 この位置からでは見ることができないが、式中に見たその顔は、非常に可愛らしかったのを覚えている。

 ガラス細工のように透き通る、綺麗なスミレ色の瞳。

 最も特徴的だったのは、淡く色素の薄いロングヘアの前方に曲線を描いて垂れ下がる、太めのアホ毛らしき何か。

 単に癖なのか、あの部分だけ固めているのか、それは分からないが、刃物のような鋭利さで存在感を示していた。


 なんてことを考えながらボーっと見詰めていると、淡々と通過していく名前の羅列は、私の左前まで来ていた。


姫野ひめの愛苺理あいりさん」


 それは、女である私ですら目を奪われるほどに微笑みが素敵で、有栖川さんと同じくしてあの車から降り立ったもう一人の女の子の名前だった。

 三分の一ほど開いた窓の外を眺め、外からの風に煽られてカーテンとともに靡く、サラツヤな長い黒髪。


「あの、姫野さん?」


 しかし、二度呼ばれた彼女は、一向に反応する素振りを見せない。

 え、寝てる? 微笑みに見えるその表情、実は寝顔だったりするの?


「……愛苺理、呼ばれてるよ」


 先生の声には一ミリも気付く様子はなかったのに、右から囁かれたその声にはすんなりと反応して、教室内に視線の先を変えた。

 起きてるんじゃん。

 姫野さんはゆっくりと立ち上がると、教卓に向けて体を傾けて、ゆるりと頭を下げて返事をした。

 見た目どおりと言うべきか、その声は、おだやかで落ち着いた中にしとやかさを含んだ、正に『お嬢様』というイメージにぴったりなものだった。

 さらに声だけではなく、所作の端々からもお嬢様感をあふれさせている。


「愛苺理……別に立たなくてもいいよ」


「あら、そうですの?」


 なんでそんな不思議そうなんですの?

 

 髪をふわりと揺らして首を傾けた瞬間、耳の前辺りから細めの三つ編みが胸元に垂れているのが見えた。

 あまり見かけたことのない、なんとも独特な髪型だけど、パッと見ただけでも似合っているのがよく分かる。


「姫野さん、外を眺めるのも良いですけど、一応ホームルーム中ですのでこちらに集中してくださいね」


「申し訳ありませんわ、つい」


 笑顔を崩さずに、だけど少しだけ恥ずかしそうな様子でそっと着席するが、またしても外を眺め始めた。

 とてもふわふわとしていて、不思議な雰囲気の子だ。


 ん? 待って先生、外眺めるの良くなくない?


 私も窓際の席だとつい外を眺めたくなるから、人のことを言えないけれど。

 少なくとも良くはないと思うよ……。


 

     ◇

 

 その後は、時間割表や今月の予定が書かれたプリントなどの配布、それらについての説明が行われたりと、せわしなく時間が進んで行き。


「──はい、少し早いですが本日はこれで以上となります。月曜日からは授業が始まりますので、忘れ物の無いようにお願いします。それと、一時限目のロングホームルームでは、みなさんに自己紹介をして貰おうと思っていますので、何を言うか考えておいてくださいねっ。それでは、帰り道に気を付けて下校してください!」


 時計の短針が数字一つ半ほど進んだ辺りで、ホームルームが締めくくられる。

 ありがたいことに、ホームルームは予定していた十二時を前にして、早く終わりを迎えた。


 な・の・で。


「そうだみーちゃん、帰りちょっと商店街寄ってから帰ろうと思うんだけど、一緒にどう?」


 座ったまま勢い良く振り返えり、その勢いのままに寄り道を提案した。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


 ドジっ子属性が付与されていそうな担任の先生、可愛いですね。しかし、夢で出会った女性との異様な類似性、何か関係があるのでしょうか……。

 そして、少しだけ露わになった例の女子生徒二名、今後灯梨たちにどう関わってくるのか、私気になります。



 次話(パート4)は「本日、午後八時頃」の投稿を予定しておりますので、是非続きもお楽しみください!


 ちなみに私も、校長先生たちの長話は苦手でしたね。寝ないように別のこと考えてました。

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