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第二食 入学式からの揚げたてほくほく、それだけ。(パート2)

 果たして黒塗り高級車の正体はなんなのか。そして、そこから現れる人物とは一体。


 それでは、第二食(パート2)です、どうぞ。

「え、やくざ?」


 私の脳は特に深く考えることもなく、そう判断して口を動かした。


「……なわけ無いやろ、漫画の読みすぎや。そもそもやーさんってリムジンとか乗らへんやろ、知らんけど」


 みーちゃんはバッサリと否定するけれど、瞳に映る黒塗りの高級車は、どう見ても一般人が登下校で使うそれではない。

 校門がそれほど広くないとは言え、その幅を越えて僅かに見切れている車体、怪しさだけで言えば満点だ。


「もしかしてここって、不良高校だったりするの?」


「せやからちゃうて、ほら、言うてたら人降りてきたわ────ってまじか」


「え、ほんとに怖い人出てきちゃった? って……まじか!」


 一瞬みーちゃんに視線を送っている隙に、搭乗者が校舎側に回り込んで登場し、驚いた拍子に口調が移ってしまった。


 まさかのメイドさんだ!


「えーーーーっすごい、本物のメイドなんて始めて見たよ~!」


「ほんま、うちもさすがにビックリしたわ! 漫画の読みすぎや~とは言うたけど、これはこれで漫画みたいな展開になって来よったわ」


 やくざやチンピラといったガラの悪い雰囲気でも、「おやっさん」とか呼ばれていそうな威厳ある強面でもない。

 清楚せいそさと気品を一身にあふれさせている女性だ。

 遠くからだと詳細には分からないが、少なくともテレビや漫画でたまに見る、フリフリなミニスカートで、萌え萌えきゅんとかしちゃう「サブカル系のメイド」ではない。

 高貴な邸宅でご主人様に仕えていそうな、正に「クラシカルでヴィクトリアン」な本物の佇まい。

 この距離では何も聞こえないけれど、見た目だけで言葉遣いとか丁寧なんだろうなとさえ感じる。


 一旦、小指を詰められる心配はなさそうだ。

 

 なんて思いつつ見惚れていると、純白のエプロンドレスを纏った女性は、後部座席のドアを引き開けた。

 降りてきたのは、これまたお嬢様のような二人の女子生徒で、どちらもこの学校の制服を着ている。

 今日は新入生だけが登校する日なので、新入生であることは間違いなさそうだ。

 一人は、ここから見える立ち居振る舞いだけでも「お嬢様」感があり、もう一人は小柄こがらで、少し後ろに隠れるように立っていた。 


「ね、ね、ちょっと話し掛けてみようよ。お嬢様たちとフレンドできるかもしれないよ?」


「フレンドできるてなんやねん。ええて、やめとき。ほんまにお嬢様やったら、うちらみたいな庶民じゃ釣り合わへんやろ」


「え~っでもでも、あんなの見ちゃったら、もう入学式とかそれどころじゃないよぉ」


「いや入学式のほうが大事やろ……そもそも、なんであないな金持ちオーラ全開でこの学校来とるんやろか。イメージ的に言うたらもっとええとこ通いそうやけどなぁ」


 確かにそうだ。

 どちらかと言えば都会……ではないこの町の、特に特徴も無い小さめの学校に、お嬢様がわざわざ通う理由はなさそうに思える。

 いや、特徴はこの制服があるか。

 けれど、この制服を着たいがために学校を選ぶなんて、私みたいな思考をお嬢様が持っているとは考え難い。それこそイメージ的に。

 

「一緒の車で来たってことはやっぱりあの子もお嬢様なのかな」


「どうやろなぁ、単純にうちらみたいなただの友達って可能性もあるわな。少なくとも姉妹って感じには見えやんし」


 え。


「え私たちってただの友達だったの? 親友じゃなくて? ずっと昔から親友だと思ってたのに私が勝手にそう思ってただけ? みーちゃんは私のこと親友だなんて思ってくれてなかったんだふーん……」


 一部に解釈の不一致を感じた私は、わざとらしく声のトーンを少しだけ下げてみた。

 もちろんこれはボケの類いである。

 例え、みーちゃんに親友だと思われていなかったとしても、嫌われてさえいなければそれで充分だ。


「ええて、そんな急に早口でめんどくさいメンヘラみたいなノリされてもツッコミ間に合わへんわ──」


 そこへ、会話を遮るようにして耳馴染みのあるチャイムが鳴り響き、二人して身体がピクッと反応した。


「あかん予鈴や、早よ教室入らな遅刻になるで!」


 予鈴──それは本鈴の十分前に鳴るもの。ただし、それは中学のときの記憶なので、この学校では違うかもしれない。

 つまり現在時刻は八時二十分ではなく、八時二十五分である可能性もあるわけだ。

 気付けば周りの生徒はほとんどが校内に姿を消している、未だに校門前で呑気にメイドさんと絡んでいる二人と、それを見詰める私たちを残して。


「やばいやばいっ! 学校には着いてるのに遅刻だなんて、家に居るのにご飯食べ損ねたみたいで嫌だぁあ!」


 慌てて振り返り、既に歩き始めていたみーちゃんの腕を後ろから鷲掴みして、大きく一歩を踏み込んだ。


「ちょまっ、予鈴なんやし、そないに急がんでもまだ間に合うから! ほんで何やねんその例え、さっぱり意味分からへんわっ!」


 聞こえてきたツッコミに反応することもなく、鞄から取り出した上履きに履き替えて駆け出した。


 ぬおおおおっ急げぇ~~!


 経路を思い出しつつのぼった階段の先で、「一─A」の教室を発見して一呼吸を置いた私は、緊張を孕んだ右手で引き戸を開けていく。

 浅いお辞儀を繰り出して入室すると、黒板には定規を使って書かれたであろうひょうに、着席位置が記されているのが見えた。

 

「ふい~っ、思ったより余裕で間に合ったね~」


「はぁ……はぁ……やから急がんでええ言うたやん、ほんま人の話聞きよらへんな灯梨あかりは」


「まあまあ、遅刻しなかった訳だし結果オーライってことで、ねっ」


「そんなんやから筆記用具忘れんねやで、ほんま勘弁してや」


 ぐっ……痛いところを突いてくるのはやめておくんなまし。


 出席番号が連番だったため、運良く前後に並んで座ることができた私たちは、控えめな声で暫し言葉を交わした。

 いつの間にか、他の生徒も全員揃ったところで本鈴が鳴り渡り、それと同時に静寂に包まれる教室。

 何とも言えない緊張感が漂い始める空間に、落ち着こうとするも、ワクワクとドキドキが止まらなくてずっとソワソワだ。

 時計の長針がひとメモリほど進み、少し遅れて入ってきた先生が式の流れや注意事項の説明を始め、会場である体育館へと向かい始める。

 

 しかし、先導する先生の背中に違和を感じた私の中には、一つの疑問が浮かんでいた。


「……ねえ、みーちゃん」


 真後ろを並んで歩いているところに、少し体を斜めにして、ウィスパーな小声で問いかけた。


「なんやの? あんまはなしなんかしとったら入学式も始まってないのに怒られるで?」


「うん。でもさ、さっき玄関で見た紙に書いてた先生の名前って、確か女の先生じゃなかったっけ?」


 私はできるだけ声を小さくして呟いた。


 はっきりと名前までは覚えていないけれど、下駄箱に張り出された紙には、両クラスともに担任として女性的な名前が書かれていたはずだ。

 だけど今、私たちの前を歩いているのは、四十代近くと思われる体格のいい男の先生。


「そうやっけ? 急に腕は振り回されるわお嬢様は現れるわ走らされるわで、うちは全然覚えてないなー」


「案外、先生が遅刻してたりして?」


「まっさか、そら無いやろ~。なんぼ言うても先生やで? 仮に灯梨が先生やったらあり得そうやけどなっ」


「ぐぬぬっ、さすがに私も先生だったらちゃんとできるよ……多分」


 しかし、否定しきれないのが悔しいところ。


「……お前らなあ、先生のすぐ後ろでおしゃべりとはなかなか度胸があることをするじゃないか」


 話をしているうちに笑いが混じり始め、気付かないうちに少しずつ声が大きくなっていたのだろう。

 斜め上から少し低いトーン、だけど別段怖いと言う印象ではない、やんわりとした注意の声が飛んできた。

 そして、ついでのように「あんたの所為で怒られたやん」と極小の囁きとともに弱めの拳が背中に一発入ってくる。


「ごめんなさい、でもちょっと気になることがあって……」


 そう言って、私は同じ疑問をそのまま先生に伝えることにした。


「ああ、栗山くりやま先生か。少し遅れるそうだ……あんまり大きい声では言えないがまあ、要するに遅刻だな。ちなみに言っておくが、俺は学年主任だからな。覚えておけよ」


「「ひょぇえっ!?」」


 先生の一言に衝撃を受けた私たちは、二人して変な声が出た。

 まさかとは思ったけれど、いざそうだと言われると驚きを隠すことはできない。

 きっと何か大きな理由があるのだろう。


 まさか、ただの寝坊なんてことは…………ねぇ。


 でも、入学式から遅刻してしまうとは、生徒なら注意で済むかもしれないけれど、先生は大丈夫なのだろうか。

 やっぱりお給料を減らされちゃったりとかしちゃうのかな。

 なんて良からぬ事を考えていると、「もうすぐ体育館だから、気を引き締めていけよ」と再び少し低めの声が聞こえた。

 担任が不在だと発覚し、少々ザワついていた廊下は、その言葉通りにピシッと引き締まった空気へと変わる。


 体育館の前に到着すると、両開きの頑丈な扉を中心として、先に到着していたもう一つの集団が並んでいた。

 どんな人が居るのだろうかと気になった私は、興味の本位に身を任せて視線を流していく。


 おっと?


 目に留まったのは、金髪を両サイドから垂らして佇む一人の女子生徒。

 ただ、私の目が吸い込まれたのは髪色ではなく、そのツインテールを縛るために使用されている大きいリボンだった。

 加えて赤と黒、両側で色が違っていて一際存在感を主張している。

 あれは…………校則的にはセーフなやつなのかな?


『開式の。これより、第九十三回夢美ヶ原(ゆめみがはら)高校入学式を、執り行います』


 ──っ!

 聞こえた開式の合図に焦り、正面に向き直すと、同時に真後ろから「プフッ、子供か」と笑いを混ぜ込んだ小声が聞こえてきた。

 みーちゃんの言葉の所為で、ほんのり恥ずかしさを感じていると、前に立っていた二人の先生は、扉を豪快に開け放った。

 

 いよいよ、入学式が始まる。

 この学校の生徒として認められ、本当の意味で、高校生になる瞬間が訪れたようだ。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


 メイドさん! さらにはお嬢様までご登場するなんて、なんて羨ましい。

 遅刻しているらしい栗山先生は、本当に大丈夫なのでしょうか……。



 次話(パート3)は「明日、正午頃」の投稿を予定しておりますので、是非続きもお楽しみください!

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