第二食 入学式からの揚げたてほくほく、それだけ。(パート1)
灯梨たちは足並みを揃えて、待ちに待った入学式に向けて進んで行くが……。
それでは、第二食(パート1)です、どうぞ。
雅びやかに咲き誇っていた桜の花が散り始めた、とある春の朝。時刻は八時を少し回ったところ。
雲一つ無い空からは温かく心地のよい陽の光が、これから始まる新しい生活を祝福するように降り注いでいる。
目が合えば決まって吠えてくる近所の中型犬も、今日は「おめでとう」と言っているようにも思えた。
紺色のスクールバッグを肩からぶら下げ、数十分後には始まる入学式に向けて、親友と二人で歩いている。
事前に渡されていた一枚のプリントの『下駄箱前でクラス分けを確認した後、八時三十分迄に各教室の黒板の表に従って着席して待機して下さい』という文言に従って。
「これからどんな日常が待ってるか楽しみだ~! でも友達とかちゃんと作れるかな、そもそも仲良くなれるか……あと勉強も……うっ急に不安になってきた」
私は本日より、晴れて高校生になるピッチピチの十五歳だ。
そして今、私のテンションはこれまでの人生の中でも一、二位を争う最高潮に達している。
だって今日からJKだから、なんてったってJKなのだから。
「何を一人で百面相しとるんよ、ほんま朝から元気やな」
右隣から聞こえてくる関西弁、彼女は稲葉実柑ちゃん。私は『みーちゃん』と呼んでいて、小さい頃からの幼馴染みで、大が付くほどの親友。
身長は百六十センチ手前の私よりも少しだけ高めだけど、胸は控えめに言っても小さい。
胸の事を本人に言うと爆速で機嫌を損ねるので、特に細心の注意を払っているが、たまにボロが出て頭上からそこそこのチョップが落ちてくる。
実家が商店街にある串カツ屋さんと言うこともあって、串カツが大好きで、それが理由か、ミディアムヘアの前髪を留めているヘアピンはいつも串カツの形だ。
そう言えば、理由なんて聞いたことがなかったけれど、大方その辺のことが理由になって良そうだ。
そしてなんと、本物同様にバリエーションにも富んでいる、一体どこで買っているのやら。
「ほいで聞いとらへんのか、まぁええけど」
ちなみにこの関西弁はおじさん──みーちゃんのお父さんが大阪出身だそうで、その影響を受けていることもあってか、関西弁が基本スタイルだ。
しかし、みーちゃん自身は生粋の関西人ではないからか、時々イントネーションに違和感があって、俗に言うエセ関西弁みたいな雰囲気を醸し出す時もある。
そこが可愛いポイントでもあったりしる。
「高校生生活、どうなるのか楽しみだよね~。もう朝からウキウキで心が沸騰しそうだよ!」
「おー、ほな茶ぁでも沸かしてもらわなあかんな」
といった具合何かしらボケてみると、けらけらと笑いながら関西のノリ的なものがちゃんと帰ってくるので、気持ちが良い。
「で、話戻すけど楽しさは別に普通やな、今までとさして大差ない気ぃするわ」
「え~全然普通じゃないよ、だって高校生だよ? JKなんだよJK。義務教育じゃないし絶対楽しいよ~」
「いや義務教育かどうかは関係ないやろっ」
その言葉と同時に、みーちゃんの手がツッコミのお手本のように、私の右腕に軽めの衝撃を与えた。
ボケを感知して自動で発動する、みーちゃんの固有パッシブスキル。
名付けるとすれば『指摘突込─ナンデヤネン─』だ。
おじさんが仕込んだのか、おじさんと暮らす上で自然に身に付いたのかは分からないが、反応速度と力加減にはどこか『本物』を感じる。
と言っても本物を知っている訳じゃないけど。
だけど、ボケているつもりが無いときにも、ツッコミは飛んでくることがある。
あれはどうしてなのだろうか。
「それにや、勉強も難しなるってよう聞くやん? 楽しいとこばっかり見てたらまたえらい目ぇ見るで、灯梨は特に勉強嫌いなんやから」
「ぅ……」
「もう受験のときみたい勘弁してや、うちかてちゃんと勉強したいんやからな」
「ぐぇ……」
ぐうの音は出ないが何かしらの音が出た。
その通りすぎて、のし掛かる謎の重りに首が項垂れる。
勉強は超が付くほどに苦手で、どうも難しいことは右から左へ受け流してしまうため、まるで頭に入らない。
その所為で、中学の時も何とか赤点を回避出来る程度だった。
今こうして二人で高校に向かえているのも、みーちゃんのスパルタ気味の指導で涙目になりながら、半ば強引に叩き込まれたおかげだったりする。
「き、今日は豚バラなんだね」
話をすり替えるように、咄嗟に私の口から滑り出したこの質問、周りからしたら突拍子も無さすぎて「は?」となるだろうけれど、これはみーちゃんのヘアピンに対してだ。
「せやで~、かわええやろ? しかもただの豚バラやないで~、今日のはワンランク上のクオリティの食サンでできとるんよ」
自慢気に笑みを浮かべて、ヘアピンを撫でながら同調を求めてくる。
「う、うん……可愛いよ」
とは言ったのの、私はこの場合の可愛さというのが余りよく分からない。
あと普通の物との違いも分からない。
だって見た目はまんま、ただの串カツだし? 美味しそうでしょって言われたら美味しそうだなって思うけど、可愛いかと聞かれると、謎である。
デフォルメされていればそう思えたかも知れないけど、昨今の日本の食品サンプルを作る技術はすごいようで、かなり精巧に作られている。
衣とかもうパン粉のザクザク感を表現するためか、そこそこトゲトゲしていて、使い方によっては武器にもなり得るだろう。
もし転んだりしたら、あれが原因で怪我するまでありそうだ。
そんなリアル串カツヘアピンなのだが、特に興味は無いのに、最近は私にも形で何の食材か分かるようになってきた……慣れとは恐ろしいものだ。
「イベント事の時はこの豚バラって決めてるからな~、一番のお気に入りやし」
ヘアピンから離れていく指を追っていると、隠しきれないワクワク感が口角を上に引き上げているのが見えた。
「なーんだ、やっぱりみーちゃんも楽しみにしてるんじゃんっ」
「そ、そんなんやない、これ付けたら一層気合い入る気ぃしてな。それだけや」
照れとも焦りとも取れる慌てっぷりでドギマギする姿は、少しだけ微笑ましく感じる。
そんな他愛もない会話を続けながら靴底を軽快に鳴らして目指す学校は、家から徒歩二十分といったところなので、そう遠くはない。
◇
夢美ヶ原高等学校、それが私たちがこれから毎日のように足を運ぶことになる場所の名前だ。
公立の共学で偏差値は五十を少し上回る程度の、極々普通の一般的な学校。
クラス数は各学年ニクラスずつと、かなり少なめ。
男女の比率は数字上男子が多いけれど、ほぼ半々くらいだ。
あと六年だか七年だかで創立が百年らしいので、もう少し遅く生まれていたら記念式典的なものに出くわしていただろう。
もしもそんなものに出くわしてしまったら、きっと、一ミリも興味のない校長先生たち長話を延々と聞かされたに違いないから、ある意味では助かったのかもしれない。
それから私たちが身に付けているこの制服、これがなかなかに魅力的。
色は夏冬変わらず、上着は白が基調となっていて、セーラーカラーとスカートは濃紺より少し明るめの色合い。
そこに淡い紫のラインが入っていたり、襟の端には同色の控えめなフリルが付いていたりと、何とも乙女心を擽るデザインをしている。
更に言えば、セーラーカラーは前面が四角いタイプとなっていて、こちらも他の学校と一線を画す設計だ。
細いタイプのリボンは、黒に寄った灰色で「消炭色」と言うらしいが、どこか物騒に感じるのは私だけではないはず。
なぜこんなに可愛さを重視したデザインなのか、以前気になって調べたことがある。
その情報によると、年々少しずつ生徒数が減っていて、どうにか増やせないかと、数年前に思い切って今のデザインに変更したらしい。
実際これが本当に可愛くて、「こんな制服があるのか!」と頭の先から爪先の先の先まで衝撃が駆け抜けたのを覚えている。
元々「高校なんて合格できればどこでも良いや~」なんて思っていた私は、この制服に出会った瞬間に「何としてでもここに通いたい!」と考えが変わり、まんまと釣られたわけだ。
ちなみに男子生徒用の制服にほとんど変更が無いそうで、よく見掛ける普通の学ランだった。
◇
「あ……やばい、筆箱とか忘れたかも」
突如として、勉強机に筆記用具やノートが散乱している光景が、脳裏を過った。
つまりそれは同時に持っていないということになる。
今思うと、やけに鞄が軽い。
「もお~~、初日からなんしてんねや……使うことあるやろし、後で貸したるさかい戻らんと行くで」
「ごめんね~、でもみーちゃんが居てくれて助かったよ~」
「ほんまやで、違う学校やったらって想像するだけで冷や汗掻くわ」
ノートは、さすがに入学式から使う事はないだろう。そう信じよう……信じる他ない。
途中で買おうにも道中にコンビニ等のお店はないし、最寄りのお店は今向かっている方向とは全くの逆、行くなら家に戻った方がまだ早い。
全力ダッシュすれば何とか間に合う距離だと思うが、予鈴ギリギリの汗だく登校なんてまだしたくないし。
最終手段はもう、みーちゃんにノートを一枚千切ってもらうしか──。
「あ、ノートも持ってなくて一枚千切って欲しいとか言うの無しな」
…………………………。
みーちゃんに向けられていた私の視線は、ギギギッと擬音を立てるように、首の回転と共に逆方向へと向かい、ただひたすらに一点を見つめた。
「そこで黙られたらかなんわ。──ん? あそこ、えらい人だかりできてんな。クラス分けのやつか?」
遠くを指しながら言う、みーちゃんの一言でハッとした。忘れ物に悩まされている間に、いつの間にか学校の敷地内まで到着していたようだ。
よし、みーちゃんの意識が逸れた!
私は駆け出した。
筆記用具のことを一先ず忘れて、一目散に。
「えぇっ、ちょっと待ってーな。急に走らんといてや……。うち体力無いんしってるやろ~、勘弁してや~」
数名の生徒に押し入って、辿り着いた張り紙の前。
ピタリと足を止めたところで、追い付いたみーちゃんは呼吸を乱しながら、私の背中に手を付いた。
生徒の名簿が五十音順で出席番号を割り当てられていて、その最上段には担任となる先生の名前が二つ。
加えて、各教室までの経路と現在地も簡単なイラストで描かれている。
私は箇条書きの名前を指の腹で撫でるようにして、自分の名前を探した。
「えっと私の名前は~っと、んんっ!」
見付けたと同時に、私の後ろでようやく落ち着こうかとしている手を掴んで、上下に振り回した。
「やった~! クラス一緒だよ、しかも出席番号連番!!」
飯沼から稲葉までの間に、池田さんや伊藤さん等が居ないことに感謝だ。
「お~そりゃ良かったな、安心やわ。……やけど、ええから取り敢えず手ぇ離してくれへんか? そんな『合格してた~!』みたいなテンションで腕振られたら恥ずかしいわ」
「えへへっごめんごめん、嬉しくてつい────ん?」
全身で喜びを表してはしゃいでいると、周囲に異様なざわつきを感じた。
元々人だかりだったから騒がしさはあったけれど、それとはまた違っていて、他の生徒たちの視線は下駄箱を向いていない。
疑問に思い、周りに合わせるようにして振り返ったところで、私は目を疑った。
あれは──。
「? どないしたんや、急に静かになって。さては急に走って朝食べたもん戻ってきたんか? それやったら早よトイレ行ってきぃや、遅刻しやんと来れたのに意味なくなるで」
「ううん、それはないから大丈夫だよ。それより見て、あれ」
つい今しがた走り抜けてきた道、みんなが注目している校門の外を指差して言った。
そこには、一目見ただけで高級車だと分かる黒くて長めの車が一台停まっていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
灯梨たちの前に現れた黒塗りの高級車、一体何が待ち受けているんでしょう。
黒塗りの高級車なんて、怪しさの塊でしかないですよね、私だったら目線を下げて歩いちゃいます。
次話(パート2)は「本日、午後八時頃」の投稿を予定しておりますので、是非続きもお楽しみください!