第四食 ツンデレからのジャンクなやつ、それだけ。 (パート3)
五人パーティとなった私たちは、二階の飲食スペースで席を探すことに。
タイミングが良かったのか、窓際に四人席と二人席が一つずつ空いているを見付けることができた。
全員で一つの席を囲むことができないので、誰がどう座るかが問題になるかと思った矢先、賀仁さんが一人、率先して二人用の席に着いた。
幸い席同士の距離感はそんなに遠くないレイアウトなので、普通に会話はできる。
けれど、折角誘ったのに一人にさせるのも悪いなと思った私は、すかさずその正面に移動して腰を下ろした。
「灯梨もそっちでええんか? せやったらそっち狭そうやし、こっちの空いてるとこへ鞄預かっとくで」
「うん、ありがと! 助かるよ~」
ハンバーガーたちが乗るトレイを置いて、斜め前から手を差し出しているみーちゃんに鞄を託す。
「賀仁さんのもあっちに置いてもらう?」
「大丈夫よ、気持ちだけもらっとくわ。あと、カニって呼ばないでって言ってるでしょ」
「そう言われてもさぁ、フルネーム覚えてないんだもん」
フルネーム……聞いたのは多分、ケーキを食べたあの日。あのときが最初で最後だったはず。
特に話題にも上がらなかったためか、さすがに記憶に残っていなかった。
「ったくめんどくさいわね──ほら杏よ、あ・ん・ず! 賀仁……杏!」
おもむろに鞄から財布を取り出したかと思うと、ご丁寧に学生証を見せてくれた。
テーブルの空いたスペースにペッと放り出されたカード型の学生証には、写真が苦手なのか嫌いなのか、どこか不満気で無愛想な顔。
その横に『氏名 賀仁 杏』の文字が確かに記されてある。
「へー、こんな字書くんやなぁ。初めて見た苗字やわ、結構珍しいんとちゃう?」
隣から、上半身を傾けて覗きこむみーちゃんを横目に、私は名前に親近感を覚えていた。
賀仁 杏……なんだろう、この妙にお腹の奥に馴染んでくる字面。
蟹……いや違う、そんな高級な感じじゃない。もっとこう、甘い感じの…………。
「な、何よ。なんか文句あるなら言いなさいよね」
文句はない。ただ、ただ何かこう滑らかな────あっ!
「分かった、杏仁豆腐だ!」
「「はぁ?」」
ポカンと開いた二つの口から、疑問符がステレオで立体的に飛んでくる。
「急になんやの? 食べたいんやったら帰りコンビニよるか?」
「違うよ~。ほら、賀仁の仁と杏を逆にすると杏仁になるでしょ?」
「でしょ? じゃないわよ、なったからなんだって言うのよ」
「うーん……そうだねぇ…………。じゃあ、杏仁ちゃんってのはどう?」
数秒ほど悩んだ私は、結局何の捻りもせずに指を立てて提案した。
要するにあだなと言うやつだ。
「そこ取るんかい」
「あら、美味しそうで良いですわね~っ」
それまで私の隣で静かに会話を聞いていた愛苺理ちゃんにも、どうやら好評だったらしい。
「はぁ…………もういいわよ、カニじゃなければなんでも」
諦めたように、ツインテールを揺らして首を横に振る杏仁ちゃんは、深いため息を付きながら頭を掻いた。
「じゃあ決まり! これからよろしくね、杏仁ちゃん!」
「ふ、フンッ──好きにしたら? 私は別によろしくするつもりは無いわよ」
目の前のハンバーガーをひたすらに見詰めているくるみちゃん以外が「よろしく」と、改まって挨拶を済ませたところでツンツンな言葉が返ってくる。
その顔はそっぽを向いているけれど、熟し始めた杏のようにほんのりと赤みがかった頬は、どこか嬉しそうだった。
「ねえ、早く食べないと冷めるよ」
お預け状態でテーブルの縁に両手をちょこんと乗せて、我慢の限界だと言わんばかりにギリギリまでハンバーガーに近づけた顔は、「よし」の合図が一向に来ない子犬のように悲しそうな表情をしていた。
「ごっごめんねくるみちゃん、食べよっか!」
忘れていた。こういう場所で食べるときのくるみちゃんは、一緒に食べ始めで手を付けないことを。
私がハンバーガーに手を伸ばすと、いただきますを言うのが先か食べるのが先か分からないほどの速度で、バーガーを掴み上げてハグハグと食べ始めたくるみちゃん。
その姿は、やはり小動物のようでとても可愛らしく思う。
私は椅子に座り直し、目の前のジャンクなフードに意識を集中させた。
ロゴや商品名がデザインされた包装紙を半分ほど捲って、がぶりと一口。
杏仁ちゃんとのやり取りで数分経っていたため、はみ出したチーズは固まろうとしているが、気にするほどのことはない。
少しだけしぼみかけたバンズの上下から大きくかぶり付き、お肉の弾力を感じながら頬張った内側はまだしっかりと熱を帯びていた。
一口目でまず感じるのはやはりこのお肉、ダブルと言うだけあってパティも二枚入っている。
牛肉百%でつなぎも使われていないらしいパティは、噛んでいくうちにお肉のうま味がジュワッと染み出してくる。
そしてなんと言ってもチーズ。このバーガーの名前を冠する主役の食材。
パティと交互に重ねられてとろけているチーズは、お肉のうま味に負けることなく、しっかりとその個性を主張していた。
色味からしてチェダーチーズだと思われるそれは、マイルドで濃厚な味わいを舌の上で広げている。
お肉やバンズはもちろんケチャップ系のソースやマスタードとの相性も抜群だ。
「ん~~~~っ! 一日ずっと待っていた味!!」
一口目の満足感を最大限に感じながら、私は隣で小さくかぶり付く愛苺理ちゃんに目をやった。
「これが庶民の味ですのね~、なかなか美味しいですわっ!」
満足そうに頬張っているのはいいけれど、どうも一言余計な気がするのは気のせいだろうか。
視線を戻しながら二口目にかぶり付こうとしたそのとき──。
「ンンッ!? ケホッケホッ……」
「なにやってんのよ全く、そんなガッツかなくてもハンバーガーは逃げないわよ」
驚きの余り思わずむせてしまった。
紙製の容器を持ち上げて、コーラを喉奥へと流し込み、落ち着こうと試みる。
「……ふはぁ」
なんとか息を整えたところで、私はもう一度視線を愛苺理ちゃんの奥に向けたが、見間違いではなかったようだ。
くるみちゃんの手には、あと四分の一程のハンバーガーしか残っていなかった。そしてそれは今も着々とその量を減らしてる。
もしかしたら私が一口目を味わい過ぎているのかと思い周りを見たが、まだみんな一~二口程度しか進んでいない。
ほぼ同時に食べ始めたと言うのにものすごいスピードだ。
いや、待て待て。
そういえば超ギガマクデだったよねあれ、私のハンバーガーよりはるかに大きかったよねあれ。
なんて考えていると、釘付けにされた視線の先でがっついていたくるみちゃんは、ピタリと止まって顔を上げた。
「ふぃみ…………!」
咀嚼しながらで何を言っているのかさっぱりだけど、その表情から美味しさを表現したのが十分に伝わってくる。
出会ってから今までの中でトップを争うキラキラしたその顔はもう、別人と言っても過言ではない。
「食べるのすっごい早いね~、びっくりしちゃった」
「くるみさんは昔からいっぱい食べますものね~」
「ほんま、意外やったわ。んでも弁当はそんなにいっぱい食べてるっちゅう感じやないよな」
「それは……お昼にいっぱい食べると、午後の授業で眠くなっちゃうから。抑えてるだけだよ」
なるほど、私もお昼に食べすぎるとすぐ眠たくなってしまう質だから、納得の理由だ。
「でも、普段いっぱい食べてるのに全然大きくならないんだよね。身長も…………胸も……」
口元にソースを付けてキラキラしていた表情は、胸を見下ろすと同時にしょぼんと落ちていった。
そりゃあすぐ近くにスレンダーな割に、見た目でアルファベットが六番目まで届きそうなお嬢様がいると、比較しちゃうのも無理ないよね……。
ん──ってことはみーちゃんが胸を気にしてるのは、私と比べてってこと!?
って、それはさすがに自意識過剰か。
私の場合、愛苺理ちゃんみたいなモデル体型じゃないから、トップとアンダーの差がそこまで開いてなくて分かりにくいし……。
「胸も身長も大きくするならやっぱ牛乳でしょ、私はちゃんと毎日飲んでるわっ!」
そこに、古より広く伝わるTipsが、私の目の前で放たれた。
「それ、迷信だよ。確かに栄養豊富で身体には良いかもだけど、胸が大きくなるなんて医学的根拠はないらしいよ」
誇り顔で胸に手を当てながら放たれた自慢は、くるみちゃんの一言でいとも容易く射貫かれる。
「ヴェ!? そうなの?! そんな……騙されていたわ……」
杏仁ちゃんは、実際に矢で射抜かれたんじゃないかという声を上げて項垂れていき、八重歯をちらりと覗かせた口は、閉じられることなく半開きで止まった。
「ほ……ほぉ~~、毎日飲んでる割には全然無いみたいやけど? ほんまに迷信みたいやな~」
あぁ……そんな追い討ち掛けなくても。
それにみーちゃんだって「毎日牛乳飲んでるんや~っ」って中学のとき言ってたじゃん……それも自慢気に。
で、くるみちゃんからの新事実に声震えちゃってるし。
「あっあんたよりはあるわよ、絶対!」
深くまでダメージが抉り込んだ末に開き直ったのか、椅子の脚を豪快に鳴らして立ち上がって人差し指を付き出した。
「──なんやて? ほな勝負しようや、もうすぐ身体測定あるわ。そこでどっちの胸がおっきいか決着付けよやないか!」
「望むところよ、絶っっ対負けないんだから!!」
「こっちこそ、負けへんで!!」
背後に牙を剥いた虎と龍の幻影が見えるほどに、闘志を掻き立てている。
ちなみに言うと、みーちゃんが虎かな。関西弁だし。
フンッと首を振って先に着席した杏仁ちゃんは、ナゲットを一つ掴み取ってバーベキューなソースにディップした。
「むぐっ、今時、身体測定で胸囲を測ることなんて無いけどね。確か平成初期頃になくなったんじゃなかったっけ、もぐっ」
何の違和感もなく聞いていたけれど、言われてみれば確かに。小学校でも中学校でも胸囲なんて測られたことはなかった。
ポテトをひょいぱくしながら、素知らぬ顔で述べていくくるみちゃん。
無情にも突き刺さってくる二本目の矢に、二つの頭がガクッと落ち込んでいく。
「あら? 実柑さんもショックでしたの?」
宛らポップコーンムービーでも見るかのように、やり取りを眺めていた愛苺理ちゃんは、咥えていたストローから唇を離して呟いた。
「うちかて胸の成長は知りたかったんや……」
胸を撫でながら悲しそうに言うみーちゃん。
「でも、大きいのはそんなに良いことでもないですわよ? 肩は凝りますし、下着のサイズや柄選びも苦労しますわよ?」
で、出た~! 胸が大きい人の例文並みに代表的な悩み。
悪気無しのバフが付いたこれはもう、間違いなくとどめの一撃。
いや、余剰分のダメージでオーバーキルかもしれない。
はぁ~~…………と長いため息を吐く二人は、どうやらもう反論する気力すらない模様。
この二人、実は案外気が合うんじゃないかな?
ふと、そう思った。
「まあ……胸のことは置いとこうや、早よ食べやな冷めてまうわ……」
「……そうね」
別に怒っているわけでも不機嫌なわけでもなさそうだけど、ハンバーガーを齧る一口は小さくなっていた。
ああっ重いが、空気が重いよぉ……。
「そ、そうだ! 話は変わるんだけどさ、杏仁ってなんでそんなに苗字で呼ばれるのがダメなの?」
「っ……それは…………」
まずった──私の直感がそう言っている。
どうにかなれと勢い任せに明るく話題を変えたはずが、がっかりしていた表情はあからさまに違う陰りを見せた。
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次話(パート4)は「明日、正午頃」の投稿を予定しておりますので、是非続きもお楽しみください!