第四食 ツンデレからのジャンクなやつ、それだけ。 (パート2)
窓枠を額縁に見慣れた景色が流れていく中、車内はハンバーガーの話題で持ち切りだ。
「ちなみに、ハンバーガーにはどんな種類がありますの?」
助手席に座っていた愛苺理ちゃんが、いかにもファストフード店には馴染みがなさそうな唇が動かした。
「マックデイヴィッド……あそこは、パティとピクルスにケチャップ系のソースがかけられたシンプルなものを始めとして、そこにチーズが挟まれたものや、パティの代わりに魚のフライが挟まれているものある。さらに季節限定で販売される物もあったり、その他にも朝限定のバンズやサイドメニューのポテトにナゲット──」
意外にも行き慣れているのか、思い浮かべるように目を瞑って饒舌に語りだしたくるみちゃん。
「おぉ、まさかの常連?」
「ノー、たまに行く程度。期間限定とか出てきたら連続で行くこともあるけどね」
「多分やけど、それを常連って言うんやと思うで?」
「それは……そうかもね」
「くるみさんのおかげで、ますます楽しみになってきました。早く食べてみたいですわ~」
一人、未知の味に思いを巡らせる愛苺理ちゃんは、楽しげな笑みを浮かべた横顔を窓ガラスに映していた。
十分ほど車に揺られた私たちは、交差点の角に看板を見付けて降りる準備を始めた。
駐車場に入ると、車は比較的少ないものの、自転車や原付が多く止まっているのが見える。
「では、足元にお気をつけください」
助手席側に回り込んだ茉莉花さんはそう言って、お嬢様の降車に手を貸す。
リムジンとは違い、やたらと注目を浴びることは無かったけれど、メイド服が変わらない茉莉花さんはやはり目立つようで、視線を向けてくる人がちらほらと見受けられる。
「私は一度邸宅に戻りますので、これで失礼致します。何かありましたらご連絡ください」
「ええ、ありがとう。また帰る頃に連絡を入れますね」
「ありがとうございます~っ!」
手を振って感謝を伝えると、どこか寂しげな表情で店内を見詰めて車に乗り込んでいく。
もしかして、茉莉花さんもハンバーガー食べたかったのかな……と思った頃には既に発進していたので、聞くことはできなかった。
歩きだした私たちは、ファストフード店特有の独特な匂いを纏わせて入り口へと向かっていく。
学生たちで賑わう一階を、ガラス越しに「いっぱいだ~」なんて言いながら入店したところで、くるみちゃんが何かに気付いたらしく、こちらに振り向いた。
「あっ……そこに居るの、あれがこの前話した賀仁さん」
そう言うと、レジから少し離れたところでプラスティック製の番号札を持っている女の子を指差す。
「んん? あの金髪、それに赤と黒のリボン。どっかで見たような……」
あれは確か…………そうだ、入学式のときチラッと見掛けた。
肩より少し下くらいまで伸びる金色のツインテール、それを纏め上げる左右色違いで大きめなリボン。
同じ制服に身を包んでいるが、スカートは短く調整されていて、ルーズなソックスを穿いている。
更には、赤いチェック柄のロングシャツをへそ辺りで縛っている腰巻きスタイルで、どこか時代の波に乗り遅れた雰囲気だ。
見たところピアス的なものはしていないようだけれど、校則をギリギリ破ってそうなその女の子。
「あ~、あの子がカニさんか──」
「誰がカニだって! ……あっ」
私の声にピクッと反応したと同時に、一瞬の隙もなくそこそこの声が、満席の一階に響いていく。
当然周囲の視線を一点に集めたツインテールは、しかめっ面で口をつぐみ、一直線にツカツカと歩み寄ってくる。
おっと、どうやらご立腹な様子だ。
「ぁあんたの所為で変に注目集めちゃったじゃないのよ……ってか誰よあんた」
目の前でピタリと止まったその子は、ざわめき立つ空間に書き消されない程度の小声で近付いて来たかと思えば、急に冷静な表情で人差し指を突き出した。
「私は飯沼灯梨だよ」
「うちは稲葉実柑」
「くるみ」
「私は姫野愛苺理ですわ」
特に臆することもなく名乗った私に続いて、淡々と自己紹介を始めた他三人。
「自己紹介しろって言ってるんじゃ────ってなんでダークマター……いや、姫野がこんな庶民的な店に居るのよ」
全員が名乗り終えたところで、一先ず目の前の指は片付いた。が、私の隣に目を向けた途端、驚いたように少し後退りしていく。
なんだかやけに騒がしい人だ……人のこと言えないけど。
そんなことより、なんか不穏なワードが飛び出さなかった? 今。
「なんやの? その、なんとか~言うやつ」
余程気になったのか、私が聞くより先にみーちゃんがその真意に迫る。
「姫野愛苺理……この子は中学三年間、計六回行われた調理実習の全てで得体の知れない食べ物……いや、もはや食べ物かすら分からない『何か』を生み出したのよ! 他の生徒と一緒にやっていたのにどうしてあんな…………ああ、思い出すだけでもおぞましい」
ダークマターの由来と思われる過去を振り返るも、思い出したくかったらしく、寒さを紛らわせるように二の腕を擦り始めた。
愛苺理ちゃんの中学生時代の一部を知れたのは嬉しいけれど、どちらかと言うとあまり知らない方が良かったことかもしれない。
でも、このふんわりのんびりした独特の空気感からなら、なんとなく想像できなくもない……かも?
「あらまあ……ふふっ、そんな異名がありましたのね」
そんなふんわりのんびりしたお嬢様は、照れたように頬に手を添えて、どことなく嬉しそうに言った。
どうやらその異名に関しては知らないらしい。
「褒めてないわよ、なんなのよまったくっ!」
「あれは芸術だから……」
言いつつも、愛苺理ちゃんから視線を逸らすくるみちゃん。
「んなわけないでしょっ、あれはきっと闇の力──そう、暗黒魔術よ!!」
暗黒魔術て、寧ろそれのほうがそんなわけないでしょ。
両手の指をワキワキさせて、怒涛のツッコミが繰り出されていく。
……これは、みーちゃんのツッコミをも越える才能の持ち主かもしれない。
「──ご注文はお決まりでしょうか?」
いつの間にか列が進んでいたようで、カウンターを挟んだ向こう側から店員の声が聞こえてくる。
しまった、話に夢中で何も決めていなかった。
「えっと……何にしよっかな」
「うちはもう決めとるから先言わせてもらうで。チーズバーガーのセットで、ポテトのMと飲みもんはコーラのSや」
「あ、じゃあ私チーズバーガーダブルの同じセットで!」
みーちゃんの注文を聞いて、一瞬でチーズバーガーの口になってしまった。
これは恐らく、チーズ系の魔術。
ちなみに、このチーズバーガーダブル。聞くところによると、通常のチーズバーガーを二つ頼んだほうが安くてお得になるバグが存在するそうだ。
誤差程度ではあるが、お財布にも優しくて満足度が高くなるならそちらを選びたくもなる。
しかし今は放課後、時刻にして四時過ぎ。
晩ごはんのことを考えれば、ハンバーガーを二つ食べるのは余りよろしくない。
「私は……超ギガマクデのセット。ポテトLサイズとコーラのM、ピクルスは抜きで」
へ?
私とみーちゃんの間を、ぬるりと通り抜けてきたアホ毛がカウンターの前で揺れる。
普段のお弁当の量や、小柄な見た目のことを思うと結構衝撃的な注文内容だ。
超ギガマクデ──なんともセンスを感じないネーミングのハンバーガー。
それは、通常よりも一回り大きいバンズが三段に分かれており、その間となる二段に二枚ずつ、つまり計四枚のパティが挟まれている。
さらにはチーズやレタス、たまねぎなども倍近く挟まれていて、かなり……いや、かな~りの大容量となっている代物。
ピクルスが抜かれたところで、その質量は見た目に何の影響も与えない。
加えてポテトがLサイズ、これほど予想外と言う言葉がしっくりくることもなかなかないと思う。
私でさえ手を出すのに躊躇してしまって、未だに食べたことはない。
「くるみ大丈夫なん? そないに食べれるん?」
「まあね、食べ盛りの育ち盛りだから」
フフンッとドヤ顔で、得意げにピースを胸の前に掲げた。
「私はどうしましょう……」
ファストフードビギナーの愛苺理ちゃんは、カウンターに固定されたメニューの上を、あっちに行ったりこっちに行ったり悩んでいる。
私も小さい頃、初めて来たときはこんな感じだったなぁ。
ほのぼのとした懐かしさが胸の奥で蘇ってくる。
「愛苺理は初めてだし、まずは普通のハンバーガーにしてみる? ポテトは私のを分けてあげるから、あとはこの中から飲み物選んで」
「そうですわね、ではこちらのハンバーガーにしますわ。飲み物は……アイスレモンティーを頂けますか? サイズは、Sでお願い致します」
くるみちゃんの助言もあり、無事に全員のオーダーが終わった。
この時間帯は混雑することもあってか、席まで持ってきてくれるサービスは無いので、邪魔にならないところまで下がってハンバーガーを待つ。
「ちょっと、いつまで私を放置する気なの?」
不意に、存在を忘れていたデカリボンが私の視界に入ってきた。
いつの間にかバーガーセットが乗ったトレイを受け取っていた賀仁さんは、話の途中だったからなのか、席にも行かずに私たちを待っていたようだ。
「なんやまだおったんかいな」
「あれ、一人で食べるんじゃないの? ほらあそこ、窓際に一席だけ空いてるよ?」
私は、入り口から一番遠い場所にあった角の席を指差した。
「誰がボッチよ!」
言ってない。
「いやいや、誰もボッチやなんか言うてへんで」
「自爆」
「自爆ですわね~」
「うぐっ墓穴掘ったわ……そうよボッチよ、悪い? 自己紹介のとき、大っきい声出しちゃった所為で変な奴って思われて、なんか妙に避けられてて友達もできないのよ……」
口々に突っつかれて開き直ったのか、手に持ったトレイを見詰めながら悲しげに暴露し始めた。
「そこまで聞いてへんし、特に興味ないわ。勝手に喋られても反応に困るで」
スンと素っ気なく、真顔で慈悲の無いツッコミが入る。
でもまあ確かに、あれはかなりクラスで浮くだろうなぁ。
「……墓穴ってのは一度掘り始めると止まらなくなるのね…………いっそこの墓穴に埋まりたい気分だわ」
あぁまずい。
口調の強いみーちゃんの関西弁だと、耐性がない一般人にはダメージがダイレクトに通ってしまう。
徐々に項垂れていくのを見ていると、少しだけ可愛そうにも思えた。
「お待たせしました、番号札七番のお客様ー」
そこへ、私たちの注文したハンバーガーたちが、ナイスタイミングで受け渡し専用のカウンターに登場した。
今日一日、私から集中力を奪ったジャンクなフードがついに、ついにこの手にっ!
「じゃあさ、賀仁さんも一緒に食べない? ね、みんなも良いかな?」
二人分ずつが乗ったトレイの片方を持ち上げて私は、一人寂しく席に向かおうとしている後ろ姿を見て閃いた。
「うちはええで~、こういうとこは人数多いほうが盛り上がるしな」
「私も良いですわよ~」
「杏なら知り合いだし、大丈夫」
くるみちゃんの人見知りのこと、すっかり忘れていたけど、問題はなさそうだ。
「何勝手に決めてんのよ、私は一緒に食べるなんて言ってないわよ。……ま、まあ」
じゃあ、残念だけど仕方ないか。
私たちは「じゃあまた学校でね」とだけ残して、二階に向かう階段に差し掛かった。
「──でも、あんたたちがそこまで言うなら一緒に食べてあげないことも……ってぇ! ちょっと待ちなさいよ!!」
ごにょごにょ呟いているかと思いきや、急に張りを出してトーンを上げてくる。
「え、でも一人で食べたいんでしょ?」
私は挑発するように、ニヤリと口角を上げて言った。
「誰もそんなこと言ってないでしょ! あんたたちがそんなに私と食べたいなら、仕方ないから一緒に食べてあげるって言ってんの!」
お~、これが俗に言うツンデレというやつかな。
実際に存在するんだ。
「んじゃあ、一緒に食べよっか!」
「フンッ、最初からそう言えば良いでしょ」
……そう言ったつもりだったんだけどなぁ。
何はともあれ、新たな癖の強いメンバーが加わって楽しくなりそうだ!
──ツンデレの カニは なかま? になった──
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
次話(パート3)は「明日、正午頃」の投稿を予定しておりますので、是非続きもお楽しみください!