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第三食 自己紹介からのおしゃれカフェ、それだけ。(パート5)

「ほゎ~っ美味しそう~~~~!!」


 目の前に並んだスッウィ~~ツたちに、みんなも目を輝かせている。

 私は、スマートフォンを鞄から取り出して、パシャリとテーブルの上を一枚に収めた。

 写真が趣味なわけでも無ければ、別段上手くに撮れるわけでもないし、SNSに上げることもない。

 だけど女子高生の本能というものなのか、テーブルの上に広がるこの素晴らしい景色を撮らずにはいられなかった。


「ね、早く食べよ」


 もう待てないと言わんばかりに、一言だけ呟いたくるみちゃん。

 私たちを待つ必要なんてどこにもないのだけれど、律儀な性格なのだろうか、フォークを手にしてケーキを見詰めている。


「うん、食べよ食べよ~!」


「いただきますわっ」


「よっしゃ、食べるで~っ」


 おひやで口の中をリセットして、いざ! 


 まず手を伸ばしたのはレモンティー。まだ飲む分けではないけれど、添えられているレモンを先に紅茶の中に投入する。

 十数秒ほどスプーンで軽く混ぜたところでレモンを取り出して、フォークを摘まみ上げた。


 これが黄金比なのかと思うほどに、美しい三角形にカットされたフカフカなケーキ。

 ふわふわで柔らかな層を成しているそれらは、なんの抵抗もなくスッ──とフォークの侵入を許す。

 中層に散りばめられた真っ赤な果実、その隙間をすり抜ければ、再び柔らかなスポンジを通り抜けていく。

 一口サイズとなったそれは口の中へと誘われ、フォークから離れていった。


「~~~~~~~~っ!」


 舌と触れ合った瞬間、余りの美味しさに声にならない声が飛び出てしまった。

 しっとりとした軽いスポンジ生地は、見た目どおり……いや、見た目以上のふわふわだ。

 滑らかでもったりとした生クリームの強い甘味と、フレッシュで酸味が少し強めないちごが混ざり合い、最高の幸福感が押し寄せてくる。


「っうま! どっしり系やけど滑らかなチーズにレモンの酸味がキュッと、丁度ええ具合にマッチしとる。ビスケットのしっとり生地もええアクセントになってて、ミルクティーのマイルドさにもよううとるわ~っ」


「──ここまで美味しいアップルパイって初めてかも。サクサクのパイ生地にジュワッと水分を蓄えたリンゴ、鼻に抜けていくシナモンや洋酒の香り。バニラアイスともコーヒーとも相性抜群……」


「ミルクレープも美味しいですわっ! クレープ生地と生クリームだけで一見素朴ながらも、ミルク感の強いクリームの、軽くもなく重たくもない繊細せんさいで優しい味。フレッシュなオレンジジュースも、スッキリとほど良い酸味で素晴らしいですわ」


 各々が完全に自分の世界へと入り込んでいる。

 どうやらくるみちゃんも、食べ物のこととなると口数が増えるみたいだ。

 私はみんなの笑顔を横目に、頬を緩めつつ、左手でそっとティーカップを持ち上げた。

 口元までたどり着いたところでフワッと香ったレモンティー。

 生クリームの甘味と脂肪分でまったりとしていた口内に、豊かな香りとほんの少しだけの渋みを広げ、さっぱりとさせてくれた。

 これは大変だ。

 まだ一口目だと言うのに、既に幸せで満ち溢れている。

 幸せを溜め込むキャパシティが、残る九割のショートケーキに爆発させられてしまうかもしれない……。


 続いてフォークを伸ばしたのは、絞られた生クリームの上に堂々と鎮座ちんざするいちご。

 実は私、ショートケーキに乗っかる一粒いちごは、最後まで取っておかずに、二口目で食べるようにしている。

 と言うのも小さい頃、最後まで残していたところを弟に奪われてしまったのが原因だ。

 あんな悲しい思いをするぐらいなら、と先に食べるようになった。


 クリームの中に少し沈んだそれは、甘く白いスカートを纏って、浮き上がる。

 一口で放り込まれた大粒のいちごは旬が近いこともあってか、噛むとジュワ~ッと果汁が溢れ出して生クリームと混じり合い、口の中はさながららフレッシュジュースの洪水だ。


「「はわ~~……」」


 はわ~~である。


灯梨あかり顔溶けて……って実柑みかんもなの……」


「くるみさんだって、幸せそうな顔でとろけそうですわよ?」


「はぅっ……し、仕方ないよ。美味しいんだもん」


 そう言う愛苺理あいりちゃんも幸せそうだ。

 やはり二人を誘って、四人で来て正解だった。

 もちろんみーちゃんと二人だけで来ていても楽しかっただろうと思うけれど、人数が多いほうがより楽しく、ケーキも美味しく感じられる。

 そんなことを思いつつ、止まることのない右手は、ケーキを次々に口へと運んでいった。


    ◇


 夢中で食べ進められたケーキたちがお皿の上から姿を消し、みんな幸せオーラ全開のままに余韻に浸っていた。

 最初にやってきたお冷の氷も、いつの間にか無くなろうとしている。


「は~~っ美味しかった~、また来よ! 他のもいろいろ食べてみたいっ」


「ほんま、こんなええ店近くにあるんやったら、もっと早よ来とけば良かったわ~」


「うん、同感」


「同感ですわ~っ」


 温度の下がった紅茶を啜りながらまったりしていると、窓の外にリムジンが走って来るのが見えた。

 十分ほど前に連絡を入れていた愛苺理ちゃんは「あら、もう来ましたのね……」、と少し寂しげに呟く。

 その言葉に合わせ私たちは帰り支度を始める。

 もう少し話していたかったけど、あんまり長居するのはお店にも悪いしね。

 それに、来ようと思えばいつでも来られる場所にあるわけだし。


「ほな椎名しいなさんも来たみたいやし、そろそろ出よか」


 みーちゃんの一言で一斉に立ち上がった私たちは、カウンターへ向かった。

 注文したケーキやらが記された伝票を店員に渡して、レジ横のディスプレイをジッと見つめる。


「ありがとうございます、お会計三千五百八十円になります」


「ではみなさんの分も、こちらでお願いしますわ」


 ??????


 私が鞄の中に手を入れた瞬間、隣の長財布から、なんの躊躇も無く現れた一枚の紙幣。

 さすがお嬢様、財布の中に諭吉ゆきち様がいらっしゃるとは……じゃなくて。


「ちょっストップストップ! さすがに割り勘にしようや、いくらお嬢様やかそれはあかんで!」


「そうだよ、私たちもちゃんとお金持ってるわけだし! ねっくるみちゃん!」


「へっ? あ、うん──」


 急に話を振られたくるみちゃんは、アホ毛を揺らして頭を縦に振ったが、余り驚いてはいない様子。

 二人にとっては日常なのだろうか。


「そうですか? 私は全然構いませんのに」


 いやいや、こっちは構うんですよお嬢様……。

 そりゃあ言ってしまえば、今月のお小遣いを消費しなくて助かりはするけれど、友達……それも今日なったばかりの友達にそんなことはさせられない。


「それに……ほら、割り勘したほうがお友達って感じするでしょ?」


「そういうものなのでしょうか……」


 適当な反論を見出だせず、無理やりなこじつけで強引に諭吉様片付けさせる。、

 突然あんな偉大な顔を見せられると、なんとも心臓に悪い。

 なんとか割り勘で会計を済ませてお店を出ると、路肩に寄せて駐車しているリムジンの横で、私たちに気付いた茉莉花まりかさんは浅く頭を下げた。


「もう少しゆっくり楽しんでいたかったですわ~」


「す、すみません! 私の気が効かないばかりに……!」


 慌てて頭を深く下げ直す茉莉花さんに「冗談ですよ」と、愛苺理ちゃんはいつもの微笑みで返した。


「灯梨様たちもご自宅までお送りしましょうか?」


 雰囲気どおりの真面目な人なんだなあ……なんて思っているところに、問いかけられた。


「い、いえ大丈夫です! 反対方向だと思うし、さすがに申し訳ないです!」


「せやせや、それにうちは家すぐそこなんで!」


 咄嗟に二人して手をバタつかせて返す。


「そうですか、もう少しお話したかったのですが、無理強むりじいするのも悪いですわよね……」


 ドアを開いたまま腰を掛ける愛苺理ちゃんは、残念そうに言った。

 ほんとはまた乗りたい気持ちもあるけれど、そこまで迷惑はかけれない。

 それに、私の家の周りは道がそんなに広く無いから、この車で通れるのかが少し心配でもある。

 降りたときの視線にどことなく気恥ずかしさもあるし。


「少々名残惜しいですが、灯梨さん、実柑さんごきげんよう。帰り道にお気をつけください、また明日学校で会いましょう」


 通行の邪魔だったのか「失礼します」と茉莉花さんの手によってドアが閉められると、窓を開けてお別れの挨拶が来た。

 その後ろから「また明日」と、顔と手だけを覗かせるくるみちゃん。


「うん、また明日ね!」


「ほなな~、そっちも気ぃ付けてな~」


 私も同様に名残惜しさを感じつつ、手を振り返す。


「あの──」

 

 窓が閉まったことを確認して、「じゃあ帰ろっか」と歩きだそうとしたところを、茉莉花さんに呼び止められる。


「灯梨様、実柑様。本日は愛苺理様とくるみ様をお誘いいただき、本当にありがとうございました。ここまで表情が豊かな愛苺理様を見られたのは久々にございます。是非、これからもお二人をよろしくお願いします」


 常に笑顔な気がするけれど、ずっと一緒にいるとやっぱり違いが分かるようになるものなのかな。


「もちろんですっ、こちらこそよろしくお願いします!!」  



 そうしてお辞儀を交わし、運転席へと向かって行く茉莉花さんを見送った。

 丁字路の先に消えていく車を眺めていると、さっきまでの楽しかった時間を思い出して少し寂しさが浮かぶ。


「あー、やっぱり送ってもらったほうが良かったかなぁ~。もっといろいろ話したかったよ~」


「ええやん別に、明日も学校で会えるんやし。さてはあれか、歩くんめんどくさなったんとちゃうやろな?」


「まぁ……それもちょっとあるかもね」


「学校行くんとそない変わらんのやし、まっ、晩ごはんまでの腹ごなしとして頑張りや」


「うーん……そだね。よし、ちょっとだけ走って帰ろっかな」


 その後数分ほど二人きりで歩いたみーちゃんとも、商店街のゲート前で手を振りあってお別れ。

 私は薄い雲が掛かる夕日を背に一人、小走りで少し長い帰路に就いた。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます! 


 次回、例のカニが登場するそうです


 次回第五食(パート1)は「明日、正午頃」の投稿を予定しておりますので、是非続きもお楽しみください!

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