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第三食 自己紹介からのおしゃれカフェ、それだけ。(パート4)

「すっっっっご~~~~!! 毎日こんな車で来てたんだ~、良いなぁっ!」


 パッと見で、全長六メートルくらいはあるんじゃないかというセダンタイプの車体。

 重厚さを感じるドアの向こう側、そこに広がっていたのは黒を基調とした車内で、前後対面に配置されたふんわり素材の白い座席。

 小さい音量でゆったりと流れるクラシカルな音楽と、リラックス効果が期待できそうな良い香り。

 さらに窓際の隅には、ちょっと大きめのタブレット端末が充電ケーブルと繋がって設置されている。

 自分家じぶんちの車と比べてしまうと圧倒的に現実離れした空間、これはもう実質異世界と言っても過言じゃない。

 隣を見れば、同じくしてこの非現実な空間に落ち着きが無くなっているみーちゃんも、頻りに車内を見渡している。


「それでは出発致しますが、どちらまで向かわれるご予定ですか?」


 全員が座ったところでエンジンを始動させた茉莉花まりかさんは、平常心を取り戻したらしく、落ち着いた声で尋ねてくる。


「ちょっと待ってくださいね」


 愛苺理あいりちゃんはそう言うと、タブレット端末の電源ボタンを押して、グールグルマップを開いた画面を私に差し出した。


「これは?」


「こちらでお店の位置情報を指定してください。運転席にあるナビと繋がっておりますので、目的地を設定してくだされば大丈夫です」


 うーん、ハイテク! 時代の進歩!


 言われた通りに、手渡された端末でカフェを検索して行き先を設定、現在地は位置情報を常にオンにしているらしく既に入力済みだった。

 すると、前方で同期した行き先を確認した茉莉花さんが「それでは参ります」、と一言告げて車が動き出す。


 心地よく揺れる豪奢ごうしゃな車内が他愛の無い会話で包まれる中、私はふとホームルームの事を思い出した。


「そう言えば、自己紹介のときのカニ。一体なんだったんだろうね」


「それ、うちも思っとってん。あっちのクラスに知り合いも居らへんから、聞くに聞けへんしなぁ」


 恐らくあの場に居たほとんどの人にとって全く意味が分からなかったあの叫び声。

 笑い話にもなるかならないかの、微妙なラインの出来事だった。

 


「あれは多分、あんず……賀仁かに杏さん。花戸中はなどちゅうで私たちの同級生だった子、だと思う」


 思い出したことでまた疑問符が浮かび始めるが、目の前に座るくるみちゃんの口から、まぁあっさりと答えが転がり落ちてきた。

 しかし賀仁さんとは、またなんとも珍しそうな苗字だ。


「ほぇー……ってか、くるみちゃんたちバーナード出身なんだ! イメージ通りだ~」


 私立花戸中学校。

 それは隣の市に住む私たちも名前を知っている有名な学校で、誰が言い始めたのか通称『バーナード中』とも呼ばれている。

 私立で授業料がかなり必要ということもあってか、お金持ちが多く集まっているとの噂で、日々「ごきげんよう」が飛び交っていそうなイメージの中学校だ。


「でも、カニさんなんて名前の人いましたっけ……?」


 愛苺理ちゃんは首を傾げて、記憶を辿たどるように視線を上に向けた。

 がしかし、一向に思い出せそうな気配はない。


「いたよ、ずっと窓の外見てたから覚えてないだけじゃない?」


 少し呆れた口調で返された愛苺理ちゃんは、「あら、そうだったかしら」とまたしても首を傾げた。

 入学式のときから、どこかふわふわしているとは思っていたが、どうやらそれは昔から変わらないことのようだ。


「そういや話変えて悪いんけど、大分だいぶ雰囲気柔らかなったんちゃうか? くるみ。ほんまに人見知りなんか疑うレベルやで」


 愛苺理ちゃんのぽやっとした雰囲気に呑まれていたところに、口を開いたみーちゃんが話題を切り替えた。

 確かに言われてみれば、今朝からいくらか交わしたやり取りとは違い、ぎこちなさはかなり薄れている。

 愛苺理ちゃんの後ろに隠れたりする事もおどおどした様子もなく、かなり自然な感じになっていた。


「くるみさんって始めはすごく緊張しガチなんですけど、本人が言うほど人見知りではないんですのよ。それでも、今回はいつもより馴染むのがとても早かった気がしますわね~」


灯梨あかりがあまりにも騒がしくて可笑しいからかもね。私自信もちょっとびっくりしてる……」


 そう言うと、少しだけ赤く染めた頬を隠すように、愛苺理ちゃんと座席の隙間に身をじ込んでいく。

 うーん、なんというか嬉しいようで嬉しくないような気もする。

 何か喉の奥に小骨が引っ掛かった感じがするけど、馴染んでもらえたなら良かった。

 そう言うことにしておこう。


「ご歓談のところ申し訳ありませんが、間も無く到着致します。車の都合上、長時間の停車はできませんので、みなさん降車の準備をお願い致します」


 思っていたよりも早く着いたようで、言葉どおり、私たちを乗せた車は徐々に速度を落として、お店の目の前で停車した。

 すぐさま茉莉花さんの手によってドアが開かれると、「なんだなんだ?」と言う風に数ヵ所から視線が向けられてくる。


 お、おお……これはなかなか恥ずかしいかもしれない。

 今まで感じたことが無いむずかゆい不思議な感覚がする。


「それでは、私はここに駐車したままにする訳にはいきませんので、一度邸宅ていたくに戻らせていただきます」


「ええ、ありがとう茉莉花。また後で連絡入れますね」


「はい、ご緩りとお過ごしください」


 この空気にもまるで動じることの無い二人は、ペコリと軽く頭を下げ合う。


 ん?


 今のやり取りで一つ、ふと気付いたことがあった。

 愛苺理ちゃんのお嬢様口調は、茉莉花さんに対して少しだけ砕けたものになっている。

 余り気には留めていなかったけれど、もしかするとくるみちゃん相手でも同じ口調だったのかな。

 これは、新密度レベルをもっともっと上げていく必要がありそうだ。


 私は、去っていく茉莉花さんを名残惜しく眺めつつ、お店に向けて踏み出した。

 丁字路の角に立つ、ラティスに囲まれた英国えいこく風の白いお店、お洒落なフォントで『YumemiCafe』と書かれている。

 入り口の横には黒板のメニューボード、そこに色とりどりのチョークで記された本日のおすすめや、可愛いイラスト。

 扉をひらければ、風鈴にも似たドアチャイムの音色の向こうに、木目調の空間が広がっていた。

 ケーキや軽食、コーヒーなどの様々な良い香りが風に乗って鼻に届く。


「いらっしゃいませー、何名様でしょうか?」


「おー! サイトで見たよりもお洒落だ~っ!」


「素敵なところですわね~」


「良い雰囲気、なかなか落ち着けそう」


「ほんまやな~、ええ匂いもするし」


「──い、いらっしゃいませー! 何名様でしょうか!?」


 バイトだろうか、研修中の札が胸元に添えられた小さな店員さんは、「二回目ですけど」とでもいう顔つきで、接客には余り似つかわしくない慌てっぷりを見せる。

 控えめな声量もあってか、ファーストインプレッションというものに気を取られていて、一度目に気付かなかったのかもしれない。


「あぁっすいません、四人です」


「……ではこちらへどうぞ」


 若干の申し訳なさを感じつつ、どうも不満げな表情を隠しきれていない店員さんの誘導で、窓際に連れられる。

 席に着くと、「お決まりになりましたら、こちらの呼び出しボタンを押してください」と残して店員さんは去っていった。


「なんにしょーかな~」


「迷いますわね~」


「……私はアップルパイにアイストッピング。それとオリジナルブレンドコーヒー」


「じゃあ、私はいちごのショートケーキとレモンティーでっ!」


 メニューの表紙に、一際ひときわ大きな写真で載っているショートケーキ。

 サイトを見ていたときはあれもこれも食べたいと思っていたけれど、その圧倒的な存在感に抗うことはできなかった。

 そしてケーキの下に「おすすめ」の文字と並ぶレモンティー。横には「ニルギリを使用しています」と書かれている。

 紅茶のことは全く以て詳しく知らないので分からないけれど、きっと茶葉の種類だろう。


「お、ほなうちはレアチーズケーキと……そやなぁ、ミルクティーにしよかな」


「私は…………どうしましょう」


 こういった場所には慣れていないのか、それとも単に優柔不断なだけなのか、愛苺理ちゃんはメニュー表とのにらめっこを続けている。


「ん、愛苺理これ、ミルクレープあるよ」


「本当? ではそれとこちらよ搾りたてフレッシュオレンジジュースにしますわ」


 ミルクレープがお好きなようで、悩んでいたのが嘘かのようにくるみちゃんの提案を受け入れ、嬉しそうに笑みを浮かべたところで全員のメニューは決まった。

 ベルを鳴らそう手を伸ばすと、グッドタイミングでグラスに注がれたお冷とともに、店員がやってきた。

 それぞれの注文を用紙に書き入れて、そそくさとカウンターの奥へと戻っていく。

 ケーキが来るまでの数分間、暫しの休息。


 目の前に座る新たな友達を眺める私の頬は、筋肉を捨て去ったのか、ゆるゆるだ。

 だって、初日から友達が出きるなんて思ってもいなかったから。

 ましてやお嬢様たちと友達なんて、そしてこうしてお茶することなんて想像すらしていなかった。


「…………灯梨、何ニヤニヤしてるの」


 緩みに緩んだ私の顔をジトッと見詰めて言うくるみちゃん。


「でっへへへ~。だって嬉しいんだもん!」


「友達できて嬉いんは分かるけど、笑い方キモいで」


 えぇ急に辛辣……。


「お待たせしました──」


 そこまで混んでいないからか、早々に木製のティーカートに乗ってやってきたケーキがテーブルに並べられていく。

「それではごゆっくりどうぞ」、と一言添えて店員は再びカウンターのほうへ戻っていった。


 さて、いよいよティータイムの幕開けだ。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます! 


 次話(パート5)は「明日、正午頃」の投稿を予定しておりますので、是非続きもお楽しみください!

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