第三食 自己紹介からのおしゃれカフェ、それだけ。(パート3)
謎の叫び声に遮られる授業、変な人ばっかりしかいない……。
それでは、第三食(パート3)です、どうぞ。
「カニって呼ぶなあぁ!!」
突如、隣のクラスからだと思われる叫びにも似た声が、先生の進行をばっさりと遮り、廊下を伝ってこの教室まで届いてきた。
カニ?
え…………蟹?
なぜカニなのか、なぜ今なのか、何がどうなれば授業中にそれを叫ぶ事があるのだろうか。
その真相が分かる人なんて居るはずもなく、どでかい疑問符を浮かばせるように全員がキョトンとしている。
廊下側の男子生徒が一人、窓を開けて首を出したが、当然廊下からでは何も見えなかったらしく、直ぐに窓を閉めた。
本当になんだったのだろう。
しかし、みーちゃんの実家紹介と前に座る二人のラブコメで既に満腹だと言うのに、加えて隣のクラスからも聞こえる味が濃そうな叫び声。
一発目の授業からこんな始まり方しちゃったら、この先のJK生活はどれだけ濃厚な楽しさになってしまうのか。
私は今、猛烈にわくわくしている!
「は……はい、ちゅうもーく! ちょっと気にはなりますけど、最後に私の自己紹介しますので、聞いてもらえると嬉しいですっ」
そう言って咳払いで喉を整えた先生の声に、みんな何事もなかったかのように耳を傾ける。
「えーと、先日は欠席者も居なかったのでみなさんもう知ってくれているとは思いますが改めて、これから一年間このクラスを担当することとなりました栗山摩耶と申します。この四月から晴れて正式に教師となったばかりなのに加えて、初めての担任ということもあり、みなさんとスタート地点は同じなのかな……なんて思っています。周りからはおっちょこちょいだとか、そそっかしいとか言われちゃいますが、一生懸命頑張りますので、一年間担任として、何卒よろしくお願いします! それと、担当教科は生物なので、選択されている方はそちらの授業でもよろしくお願いしますね!」
先生らしく、所々で先生らしくなく、述べられた自己紹介。
教卓に頭をぶつけそうな勢いで深々と頭を下げたところで、疎らな拍手を皮切りに盛大な拍手へと移り変わっていく。
熱烈なオベーションに包まれて頬を染める先生は、照れを隠すように次の進行を始めた。
◇
その後のホームルームは特に何かが起こることもなく、後に続いた他の授業も初日と言うことで、ほとんどが簡単な自己紹介や移動教室なんかの説明で終わった。
現在、時刻は十二時半を少し回ったところ。
お昼休みだ。
給食制ではないので、お弁当を持参する人から学食に行く人、コンビニのお弁当やパンなどで済ませる人もちらほら。
もちろん私はお母さんが持たせてくれたお弁当で、姫野さんたちも同じくお弁当のようだ。
元々二人で食べようと思っていたけれど、こんなニューフレンドの実績を解除できる絶好のチャンスを見逃すわけにはいかない。
「ねぇねぇ、よかったら姫野さんたちも一緒に食べない? みんなで食べたらきっと楽しいよ~。ね、みーちゃんも良いよね?」
百合の花を咲かせようとしている(?)のを邪魔するのは悪いかなぁ…………なんて微塵も思わない私は、鞄からお弁当を取り出しながら二人に迫った。
「二人さえ良かったらうちは全然かまへんで、なんやったら四人で机くっ付けて食べるか?」
「お~、みーちゃんそれナイスアイディ~ア! ってことなんだけど……どうかな?」
私たちだけで勝手に進んでいく展開に、意表を突かれた様子できょとんとしている二人。
どうしようか、と意見を交えるように無言で向き合う両者を見ていると、入学式以上の緊張感が芽生えてくる。
が、それも束の間、姫野さんはほぼ即決だったようで「では是非」と私に伝えて、再び有栖川さんに向き直った。
どうやら、最終決断を任せたらしい。
数秒ほど姫野さんを見詰めた後、更に数秒の間を置いた有栖川さんは、視線を反らしはしたものの、アホ毛を揺らして小さく頷いてくれた。
断られるかも、と不安半分だったので少々以外ではあったけれど、早速人見知りの克服に一歩を踏み出したってことなのかな。
私としても、新しい友達を作るための一歩を確実に進めることができた。
「ぃやった~! じゃあこの辺で机くっ付けよ~っ!」
「ごめんなー、二人とも。この子距離感変なとこあるさかい、迷惑やったらいつでも言うたってなー」
「そんな迷惑だなんて、私はお声掛けしていただけて嬉しいですわよ」
くおぉ。
みーちゃんの余計な一言は気になるけど、そんなことよりも、直に向けられた微笑みが非常に眩しい。
「そうだ! 早速なんだけどさ、よかったら放課後一緒にケーキ食べに行かない? 気になってるところあるんだ~」
弾む心を踊らせながら、机の配置を変えてお弁当を広げたところで、私は思い付いた。
「なんや? 弁当もまだ食べてへんのに、もうおやつの話かいな。ま、ケーキやったらうちは大賛成やな」
「あら良いですわね、くるみさんもご一緒しませんか?」
「え、えと……」
戸惑いを隠しきれない表情でどぎまぎする有栖川さんは、乗り気なお嬢様の勢いに乗せられたのか「愛苺理が行くなら」と首を立てに振った。
「ちなみに、どちらのお店に行く予定なんですの?」
「えっとね~……あった、ここ! ちょっと前に新しくオープンしたところで、ケーキがめちゃめちゃ美味しいらしいんだよね~。評判もかなりいいらしくてさ~」
そう言ってスマートフォンを取り出した私は、先日から目を付けていたお店の公式サイトを開いて見せた。
サイトのデザインからもおしゃれ度が高いのが伝わってくるこのトップページには、期間限定のスイーツを始め、紅茶や各店員のおすすめなんかも掲載されている。
「おお~っここなぁ、うちもこの前見掛けてから行ってみたかってん!」
既に知っていたらしいみーちゃんは、覗き込んでページをスクロールていく。
「お洒落で素敵なお店ですわね。放課後が楽しみですわ~、ね、くるみさん」
「……うん、美味しそう」
どこか畏まった様子で心に距離を感じるけれど、画面の中で美味しそうに並ぶケーキを見て、表情を明るくした。
お二方が賛成の意を示してくれたので、放課後の計画は満場一致で決定。
なので、まずは目の前で食べられるのを、今か今かと待っているお弁当に箸を伸ばしていく。
淡いパステルピンクが可愛い二段のお弁当箱。
もちろん一段目は全て白米だ。
諸事情でおかずが少ない日はふりかけが未開封でオン・ザ・蓋しているが、今日は付属していなかった。
二段目のおかずにはレトルトのミートボール、昨日の夕飯でお弁当用にと残されていた唐揚げ、冷凍食品の少量きんぴらごぼうに彩りのプチトマト。
そんな男の子のお弁当みたいな内容の中に一つ、斜めに切って形を作られたハート型の卵焼きが、密かに女の子らしさをそれとなく醸している。
ついでに苦手なブロッコリーも入っていたが、こちらには神が作りし究極の調味料、マヨネーズ様が添えられていたお陰で、美味しくいただけました。
そうして笑い声を交えながら、食べ終わったお弁当。
机を定位置に戻そうと立ち上がったそのとき、姫野さんは何かを思い出したように「そうですわ」、とこちらに視線を送った。
「帰りは茉莉花……うちのメイドがお迎えに来てくださることになっているのですが、せっかくですので車でご一緒に向かいませんか?」
────!
突然の提案に驚いて、喉が詰まってしまった。
「うそっ良いの!? 私たち庶民があんな高級そうな車に乗っちゃって!?」
「ほんまにええん!? うちらみたいな庶民が乗せてもらっても!?」
私たちはリハーサルをしたかのように呼吸を合わせて立ち上がり、机に手を叩きつけて似かよった声を上げた。
「もちろんですわっ。お食事をご一緒した仲、それはもう、お友達ですもの」
そう言って胸の前で両手の指先を軽く合わせる姫野さん。
「ぬおぉおおっ、やったああ! じゃあさじゃあさ、名前で呼んでも良い? 有栖川さんも!」
込み上げてくる嬉しさで、最高潮すらも越えているであろうテンションに身を任せて、ここぞとばかりに遠慮なく尋ねてみる。
「もちろんですわっ!」
「……問題ない」
間髪もなく返ってくる二つの二つ返事。
「それじゃ改めてよろしくねっ! 愛苺理ちゃん、くるみちゃん!! 私のことも下の名前で呼んでいいからねっ」
「えー、なんや灯梨だけずるいやんか~、うちもそれで呼ばせてもらおかな、愛苺理にくるみ!」
ここぞとばかりに便乗してくるみーちゃんは、呼び捨てにして私よりも一歩先の距離感を攻めていく。
「こちらこそ、改めてよろしくお願い致しますわ。灯梨さん、実柑さん」
「ん……よろしくね」
私は拳を握り込んで無言のガッツポーズを決めた。
個人的に名前で呼び合えると言うのはとても大きいこと。
ゲームで例えるとすれば、新密度がギュンッと数ゲージ分一気に急上昇した感覚だ。
──実績解除・ニューフレンド! ──
◇
チャイムがお昼休みの終了を知らせて、続いた午後の授業はというと、新しくできた友達とケーキ、そしてリムジンのことしか頭に無く、放課後が待ち遠しいばかりでずっとソワソワであった。
流れるように全ての授業が終わり、ついに迎えた放課後。
期待と楽しさが溢れ出ている私はもう誰にも止められない、無敵だ!
「よーしケーキ食べ行くぞ~~っ!」
腕をめいっぱい伸ばして高く拳を掲げた。
「灯梨はちょっとしゃぎすぎとちゃうか?」
と言うみーちゃんも、見るからに浮かれている表情だ。
「では参りましょうか、茉莉花ももう来ていると思いますので」
「ケーキ、楽しみ」
胸を弾ませて校舎を出ると、校門の傍らには愛苺理ちゃんたちをお迎えするメイドさん。
長さ故、さすがに邪魔になってしまうためか、例の車は少し離れた位置に駐車されているのが見える。
それでも、その佇まいだけで全生徒の注目を集めているメイドさんは、愛苺理ちゃんたちに気付いて頭を下げた。
「お待たせしたわね、茉莉花」
「いえ、今しがた到着したところですので。ところで、そちらのお二人は今朝の?」
と言うと、明るいダークブラウンの瞳は私の目線とピタリと重なり、その真っ直ぐな視線に少し照れ臭くなった。
口振りからするに、朝、私たちが愛苺理ちゃんたちに絡んでいるのをしっかりと見届けていたようだ。
「こちらは飯沼灯梨さんと稲葉実柑さんですわ、つい先程お友達になりましたの」
愛苺理ちゃんはどこか嬉しそうに、私たちが名乗るよりも先に紹介してくれる。
「「よ、よろしくお願いします」」
メイドさんとの対面なんて私たちには初めてのことだったので、緊張で堅苦しい挨拶を繰り出し、ともにぎこちなく頭を下げた。
「私は椎名茉莉花と申します。姫野家……愛苺理さまの邸宅で使用人をさせていただいております、以後お見知り置きください。灯梨様、実柑様」
片足を斜め後ろに引き下げて両膝を軽く曲げ、上半身はその姿勢を保ったままに、紺のワンピースと純白のエプロンドレスをつまみ上げる茉莉花さん。
うわ~っ漫画とかでたまに見掛けるやつだ!
カーテシー……だったっけ、まさか本物を見れるとは。
それにさらっと様付けで呼ばれちゃって、もうなんだか私までお嬢様になっちゃった気分だ。
「それでは、邸宅のほうに戻りますがよろしいですか?」
「あっ茉莉花、今日は少し寄り道したいのですが」
私たちが、これからカフェに突撃することを知らない様子の茉莉花さんは、乗車を促して後部座席のドアを開いたところを止められて、踵を回してこちらを向き直した。
寄り道するのが意外だったらしく、目を見開くとまでは行かないものの、眉を上げて少し驚いた様子。
「珍しいですね、何かご入り用の物がございましたら私が後程買いに行かせていただきますが」
「いえ、お二人からカフェに誘われましたので、みなさんでお茶をしに行きたいのですの」
言い切るか切らないかのところに割り込んで寄り道内容の説明が入ると、これがまた意外だったのか、お嬢様に近付いてその手を強く握り込んだ。
「もっもちろんでございます! では向かいましょう、すぐ向かいましょう! お嬢様が放課後にご学友さんと寄り道なんて~……」
学校終わりに友達と寄り道と言うのがよほど珍しいことなのか、冷静さをどこかへ投げ捨てた茉莉花さんは、ウキウキした小走りで運転席へと向かって行っていく。
その姿を見届けた私たちは、愛苺理ちゃんの誘導でいよいよリムジンの中へと突入する。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
結局、謎は謎のままでしたね。
しかし、新しくできた友達二人のことで頭がいっぱいの灯梨は、そんなことはもう既に忘れているご様子。
次話(パート4)は「明日、正午頃」の投稿を予定しておりますので、是非続きもお楽しみください!