第一食 異世界(?)からの朝食、それだけ。(パート1)
初めまして、上山翔流と申します。
数多ある素晴らしい作品たちの中からこちらの作品にご興味をお持ちいただき、ありがとうございます。
こちらは時間の流れがかなりゆったりとした「空気系(日常系)」の作品となっておりますので、時間つぶし程度の感覚で、のんびりとお読みいただけたら嬉しいです。
また、元々一話完結型で連載する予定だったのですが、一話を丸々投稿すると隙間時間に読み辛い文字数になるなと思い、「一話(パート1)、一話(パート2)」のように、分けた形で投稿していく予定です。
それでは、第一食(パート1)です、どうぞ。
『お…………め……すか……』
遠い彼方からぼんやりと声が聞こえてくる、女性の声だ。もう朝? いや、この声は。
誰の声だろう、聞き覚えがない。少なくともお母さんの声ではないことは確かだ。
大人の声ではあるが艶やかなのにどこか幼さを感じるような、そんな声が聞こえてくる。
寝起き……なのかどうかも分からないけれど、ぼんやりと浮かぶこの記憶が正しければ、数時間前に晩御飯を食べて明日からは早起きしなきゃいけないからと早めに布団に潜った。
感覚的にもまだ朝が来るには早い。それに自慢できることではないけれど、よっぽどのことがなければアラームに起こされるまで目が覚めない。
しかしいつも通りであれば、少し厚手の掛け布団に頭のてっぺんまで潜ってまだ寝ているであろう私はすでに意識がある。
そもそも上にも下にも布団の布の字すら感じられない。寒くはないが背中には床材の質感が直に伝わってくる。
更には、微かに揺らぐ色とりどりの光が目蓋の向こう側に映っていた。
電気はちゃんと消していたはず、そもそも私の部屋の照明はこんなのじゃない、と言うことはまだ夢の中? 明晰夢的な?
──まさか天国? 寝てる間に死んじゃった…………とか?
不意に嫌な予感が襲い掛かり、全身が冷ややかな感覚で包まれていく。
怖くて目蓋を開く勇気も湧いてこない。
あーあ、明日からいよいよ高校生……JKだってのに、私の人生はこんな良い所でバッドエンド向かえちゃうのか。
別れの言葉すらなく一人寂しくあっちの世界へ来ちゃったのかな、親孝行すらまともにできていないと言うのに。
『お……て…………くださ……』
いろいろな思考が頭の中でぐるぐると渦巻いているうちに、途切れ途切れだった声は、少しずつ聞き取れるようになっていた。
それは吐息を肌に感じるほど、顔の上にゆっくりと近付いてきている。
『…………まったくいつまで寝てるんですか、実はもう起きてますよね? ほらほら朝ですよ……まだ朝じゃないけど。起きないとイタズラしちゃいますよ~、良いんですかぁ?』
どこまでも広がる薄暗い世界の向こう側で、先ほどまでは少し遠くから聞こえていたその声は、耳元ではっきりと聞こえた。
そして指と思わしき物で、数回突っつかれる私の頬。
何と言うか、絶妙にフランクな感じで来るな。
「んん……」
どこか陽気な雰囲気で語り掛けてくる声の主のおかげか、今まで感じていた怖さはいつの間にか無くなっていた。
私は意を決して、重く伸し掛かってくる睡魔にも似た感覚の中、瞳を守るそれをゆっくりと開けていく。
──────!?
半分ほど開いたところで自分の目を疑った。
残りのもう半分を一気に見開き、何度瞬きを繰り返しても、やはりその光景が変わることはない。
やっぱりここ、私の部屋じゃない。
そして文字通り目の前には、シスターのような格好をした女性が、床に転がっている私を覗き込んでいる。
近い……。
「だ、誰っ! ここは──」
飛び込んできた異様な光景に衝撃を受けて声を荒らげた。
ほんのりと冷たい床と同化している身体を起こそうとしたが、勢いよく頭を上げたところで私の額は鈍い音を立てた。
物理的な重たい衝撃が加わり、やっとの思いで起き上がり始めた私の上半身は再び木造の床へと帰っていく。
直後、後頭部からも鈍い音がした。
二コンボ。
「……っててて」
そこそこのダメージとともにあらゆる記憶が、過去が、セピア色のエンドロールとして私の脳裏に流れ始めた。
ああ……本当に短い人生だったな。
純白の輝きで湯気を立ち上らせる熱々のご飯に、肉汁を溢れさせてシズル感たっぷりのハンバーグ、それらを口いっぱいに頬張る幸せそうな私、家族や友達、デザートにお菓子。
あれ……走馬灯って『過去の経験からピンチを乗り越えるための方法を、脳が探している状態だ』ってテレビか何かで聞いたことがあるけれど。
「……なんか、違くない?」
なんだか食べている記憶ばかりで家族や友達が二の次だ、何これ。これはさすがに走馬灯じゃない……走馬灯だったとしても、なんか嫌だ。
まるで私が食いしん坊みたいじゃん。
「だっ大丈夫ですか、生きてますか?」
シスター風の彼女は両手で額を押さえつつ瞳をうるうるさせて安否を確認してきた。
どうやら額にクリティカルを入れてしまったらしい。
「うん。ごめんね、そっちこそ大丈夫?」
「ええ、結構ズキズキきますがなんとか。走馬灯も流れませんでしたわ」
この様子なら多分大丈夫そうだ、何の根拠もなくそう思った。
何か言わなきゃ──と思ったが、余りにもいろいろ起こりすぎていて上手く言葉が出ず、心を落ち着かせようと私は倒れこんだままで辺りを見渡していく。
どれをとっても見たことの無い、記憶に無い場所、嗅ぎ慣れない匂い。そしてこの人。
これはいわゆる修道服って言うやつかな? 黒く、ワンピースにも似た形で襟周りだけが白い服、首からぶら下がるは、小さな十字架のチャームが付いたネックレス。
そして全身をすっぽりと包めるサイズのマントのような羽織。
漫画やアニメなんかでたまに見る、ザ・シスターな服装だ。
頭を被う黒い布から覗くブロンドなぱっつん前髪は、眉にギリギリ掛かるくらいの長さ。
少し目尻が垂れた金色の瞳は、さっきのダメージが原因か、まだ潤んでいる。
顔と手以外のほとんどが服で覆われていて分かりにくいけれど、話し方や声、肌の張りから察するに年齢は二十代前半くらいだろうか。
「? 私の顔、何か付いてますか?」
そんなザ・シスターな女性から視線をずらすと、見ただけでも分かるほどに清掃が行き届いている綺麗な空間が広がっていた。
前方の壁には月の光を吸い込んで無数の色を放つ、言葉にならないほどに美しい大きなステンドグラス。
側面の壁には、等間隔で配置された燭台で揺らいでいる蝋燭たち。それらをぼんやりと反射させている木材の床。
目蓋に微かに映っていた光の正体はこれか。
見た限りで言えば、ここは教会のような場所らしい。
「え、無視ですか……」
どこからともなく讃美歌のような歌が聞こえてくるが、この妙に聞き覚えのあるノイズ混じりでこもった音の質感……もしかしてラジカセ? まさかこんな異世界みたいな場所で?
「……綺麗な場所、だね」
一通り辺りを見渡した後、先に立ち上がっていたシスターから差し伸べられた手を掴み、ゆっくりと立ち上がりながら呟いた。
嘘偽りなく綺麗なこの場所は、この世の物とは思えないほどに煌びやかな幻想的さを醸している。
「と、と~~~~ぜんです! 毎日私がとっってもがんばってお掃除しているんですからね! 一人で、そう一人で!!」
ドヤ顔で腰に手を当てて胸を突き出した立ち姿は、まさに『えっへん』のそれだ。
が、そのドヤ顔の額はしっかりと赤く少し腫れていた。
得も言えぬ申し訳なさを感じた私の口は、考えるよりも先に「お疲れ様です」と、咄嗟に労をねぎらっていた。
「まぁそんなことはどうでも良いので、早速本題に入りましょうか」
あれほどに自慢げだったのに、そんなことで済ますんだ。
そして本当にどうでも良かったかのように、シスターは咳払いをして言葉を繋げた。
「もうお気付きかと思いますが、ここはあなたの暮らしていた世界とは違う別の世界。そしてあなたを呼び出したのはこの私『マリヤ・ラムマロン』です、お気軽にマリヤとお呼び下さいね」
んんんんんんんん!?
「ってことは! やっぱりここって異世界!?」
ここが異世界であると確信を持たされた途端、額の痛みなんてどこへやらで、ワクワクとドキドキ、嬉しさが一気に込み上げてきた。
もう目だってキラッキラに光り輝いているだろう。
もし現世で死んでしまっているのだとしても、なんかもうそれでも良いような気がしてくる、みんなには悪いけど……。
そう、何を隠そう私の夢は『異世界転生』なのだから。
転生して、最強のユニークスキルを持った勇者になって、いろんな無理難題をあっさり解決して、魔王とかも倒して世界を救って、みんなからそれはもう、ちやほやされちゃったりしちゃったりして。
そんな叶うことの無い欲望を煮詰めたみたいな夢。
常識的に考えれば到底あり得ることではないけれど、信じていればきっと叶う、そう願って今までの人生を過ごしてきた節が無いこともないけれど……。
──ついに、本当に叶っちゃったの!?
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
突如異世界に放り出された主人公ちゃん、一体どうなってしまうんでしょうね~。(あらすじでネタバレしてるのは内緒ですよ)
次話(パート2)は「本日、正午頃」の投稿を予定しておりますので、是非続きもお楽しみください。
拙作ではありますが、ブックマークや感想、ポイント評価をいただけると幸甚です。
また、誤字脱字、表記揺れ等の報告もありましたら、どうかよろしくお願いします!