姉妹ホーム
「あなたが殺した人が後ろにいますよ」って言われたら、どんな気分なんでしょうね。太平洋戦争から生還した祖父、ベトナム戦争後に宣教師になった先生、憑いていたのでしょうか。よくわかりませんが。
「それじゃぁ、粗相のないようにね」
青い顔をした母が馬車に乗った私を送り出す。
今日は、私が単独でサウエルバッハ家に遊びに行くことになったのだ。
散々脅迫したけどね。
「ママ、後ろの霊が怒ってる、凄く怖い。
『私を連れて行かないと呪い殺す』って言ってる」
とかさ。
そんなこんなで、私は、前世の実家に向かうことができた。
使用人達が付きそうとはいえ、齢10歳の王女が単独で伯爵家に遊びに行くなど前代未聞であった。
ガラガラガラと馬車に揺られて、執事とメイドと共に移動する。
「今、お城は忙しいでしょうね」
「クレリック、エクソシスト、霊能者……と、多数手配されておりました」
王城は暇さえあれば『お祓い』とか『浄霊、除霊』とかしてるみたいだけど、そもそもいない幽霊だから、無駄なんだよねぇ。
「お嬢様は……その、恐ろしくないのですか」
「ん~?良く分からない。時々見えるだけだし」
適当にごまかしておく。
「そうですか。そういう体質の方もおりますね」
「うん。それより、お城以外の建物が楽しみだわ」
「はっはっは、王城ほどではございませんが、サウエルバッハ伯爵家も立派ですぞ」
勝手知ったる前世の実家だが、お城からの外出を楽しみにしている少女を演じておこう。
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馬車がサウエルバッハ伯爵家の邸宅に到着すると、
「「「ようこそ、いらっしゃいました。マルグリット姫殿下」」」
サウエルバッハ伯爵、その細君と娘が出迎えてくれた。
つまり、前世の父・母・妹である。
どうしよう、私は涙をこらえるのに必死だ。父母は、だいぶ老けて見えた。私の死と10年の歳月がそうさせたのだろう。
「ほ……本日は、お招きくださり、ありがとうございます」
内心の動揺を必死で隠した私は、どうにか王女としての挨拶を交わした。
「さぁ、こちらへどうぞ」
サラが私の手をひいて、案内してくれる。
「ここが、お義母様になる、サラ様の実家なのですね」
「ええ、そうよ」
「あの……お出迎えありがとうございました。ところで、次の当主の方は」
「私がその予定だったのだけれども、王家に嫁ぐことになるから、従兄弟のガストン卿にお願いする予定だわね」
少しサラの顔が曇る。
「お婿様の候補がいらしたと」
「えぇ……でも、仕方ないわね。貴方も王女ならそのうちわかるわ。別の国に嫁ぐことになると思うから」
「そうなりますね」
そうだった。伯爵令嬢の場合だと王国内の有力貴族や王族との政略結婚になるが、王女の立場だと、別の国に行かなきゃならない。
やだなーこの国がいいなぁ。特に、この実家www。
と、話をしながらもサラが屋敷内を案内してくれる。
一つだけ飛ばした部屋があった。前世の私の部屋だ。
「あの、その部屋は」
「他界した、姉の部屋です。そのままにしているんですよ」
「幽霊のレラさんの部屋ですね、あの、拝見しても」
「……あまり気が進まないのですが。故人ですし」
「大丈夫です。今朝、許可をとってきました」
「……そうですか、いいですよ。他言無用で」
「はい」
そして、私は、前世の自分の部屋へと踏み込んだのである。
部屋の中は、クッキーなどの食品が処分された以外は、ほとんど手を付けられていなかった。まるで、私の帰りを10年以上待っていたかのように、そのままだった。
「ただ・・・いま・・・」
「え?」
思わず、口走った言葉に妹が反応する。
「いや、なんでもないんです」
「そうですか。なんだか、マルグリット様は、この宝石箱の開け方も知ってそうですね」
ひょいと、私の部屋にある宝石箱を持ち上げて渡される。
「き、気づいていたの、サラ?」
「薄々はね」
そう言われて私は、宝石箱のダイヤルを3度回し、リセットがかからないようにレバーを引いた。
カチャリ
昔と同じ動作で、宝石箱を開けることができた。
「サラ……箱の中の宝石は、全部貴方にあげるわ。アレクサンダー王子に将来婚約する証として貰ったものがコレよ。あれ?何か変ね?今の私はマルグリットだものね」
「やっぱり、姉様なのね」
「ええ。また、ロベリアに殺されたら、たまったもんじゃないから、私が幽霊と話できる設定にしているの」
「12年間、さみしかったよ。大変だったのよ」
お~、よし、よし、と。10歳の体の私が、19歳の体の妹の頭を撫でる。
「それにしても驚いたわ。まさか、犯人の子に転生するなんて、思いもよらなかったもの」
「そっか、姉様も、やっとここまでたどり着いたんだね。アイツラに復讐するために」
妹の感情はドス黒かった。
「……それなんだけどね、殺されたのは私なんだし、任せてくれないかなぁ。アレクサンダー王子も、ロベリア妃も、今は肉親の父母だし、弟もいるから。徐々に『レラ』の怨霊を活躍させて、追い詰めていく予定だから」
「そうも言っていられないのよ姉様。貴方が死んだことによって私達サウエルバッハ伯爵家は、ビスコンティエ侯爵家を糾弾したわ。でも、空振りに終わって『名誉を傷つけられた』ってなってね。大変なのよ。フレスベルグ王家が仲裁してくれて、何とかなったんだけれど」
「なん…ですって」
そもそも、王子が私に気移りして、婚約者をビスコンティエ侯爵家のロベリアから私に乗り換えようとしたのが原因なのに、そして私を殺したのはロベリアなのに。よくも、まぁそんな濡れ衣を私達サウエルバッハ伯爵家に着せてくれたものだ。そして、王家もしゃあしゃあと仲裁?まぁ今はそこの王女だけれども。
「今日も、場合によっては、マルグリット王女を帰さずに、サウエルバッハ伯爵家に監禁して王家とビスコンティエ侯爵家に談判しようと画策していたくらいなの」
「はぁ、私をねぇ。悪手だわソレ」
「お父様とお母様は、姉様の仇と思って、たとえ侯爵家が没落しようともって腹をくくっているわ」
「ちょっと、貴方はどうするのよ」
「だから、王子の側室なんでしょう」
「……なる、ほど」
王女として、のほほんと過ごしていたため、貴族の水面下のやりとりなんて、ほとんど忘れてしまっていた。
「でも、まぁいいわ。王家から婚約する証として渡される宝石が何よりの証拠。これでまた談判を起こせば……」
「え~とね。まだまだあるわよ」
わたしは、勝手知ったる自分の部屋を、ゴソゴソと物色する。
「アレクサンダー王子からの手紙とか、婚約者変更に関する段取りとか、ロベリアの愚痴とか…色々、いろいろ」
全て王子の直筆書面だった。
「こ、これは…、すごいわ姉様。完全な証拠よ」
「でもね~、今は血のつながった父親だしねぇ。ふ・く・ざ・つ」
そんな話をしていると。
「お嬢様、計画はどういたしましょう」
サウエルバッハ伯爵家の執事であるバルトーの懐かしい声が聞こえた。
「監禁は中止よ。別計画が、より確実だわ」
ああ、本気で私を監禁するつもりだったんだ。
「承知しました」
「よかったら、お入りください」
「は?あの、この部屋に、ですか」
「ええ」
故人の部屋へ入ることにいささか気後れしながらも、バルトーは入室してきた。
「マルグリット姫殿下。本日はようこそお越し……」
「歳をとったわね。バルトー。よっと」
私は深々と御辞儀をするバルトーの背で、馬飛びをした。
「まさか、まさか……」
「前世でも、貴方で馬飛びをしたのは、これくらいの歳だったかしら?」
「レラ…お嬢様」
「そうよ。マルグリット王女に生まれ変わってしまいましたぁああああ」
「その口調は、おやめくださいと、何度も」
「だったわね」
そして、バルトーはしばらく固まっていた。
「本物よバルトー。この宝石箱も一発で開けちゃったんだから」
サラが、宝石箱を見せた。
「こ、このようなことが。いっ急いで旦那様と奥様にお知らせせねば」
「駄目よ。伏せておいて」
「ショックが強すぎるわ。それこそ、マルグリット王女を別の意味で拉致してしまうじゃない」
「それに、髪の色も、瞳の色も、年齢も、違うもの」
「さ、さようでございますか」
「でも、私以外に、真実を知った上で姉様のために動ける人が必要だったの。よろしくね。バルトー」
「はっ。身命を賭して」
こうして、私の監禁計画は中止に終わり、サウエルバッハ伯爵家で食事会の後、私は王城に帰ることができた。
食事会で父も母も、娘を殺したロベリアの娘である私を、冷ややかな目で見つめていたのは仕方のないことだった。
しまった。ざまぁ成分が少なかったですね。
マルグリット姫が外出した王城は必死で悪霊退散していたみたいです。