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年の瀬を迎えた、ある日の午後。
とある大型ショッピングモールで、ガラガラ抽選会がやっていました。
人だかりの中、子供たちが楽しそうに、ガラガラを回していました。
小さな身体で、大きく、大きく一所懸命になってガラガラを回していました。
私はその何気ない日常の延長のような風景を見ていたら、在りし日の記憶が思い起こされました。
私がまだ、小学生の頃のお話です。
私はよく、お使いに出ました。
当時の私は身体が弱く、学校も休み勝ちでしたが、一日中体調が悪い訳でもありません。
体調が良くなったとしても、子供の私が家に居てもあまり役に立たないから、メモとお金と買い物バッグを渡され、買い物に行くようにと母親から指示されました。
当時は大型スーパーマーケットなどはなく、しかし近所に小さいけれどそれなりに揃っている商店街があるので、買い物をするには不自由はしませんでした。
野菜は八百屋、お魚は魚屋さんにお肉は肉屋さんと、一件、一件純繰りと買い物をしていきました。
顔も覚えられたというか、小学生が買い物に来るのだから、まあ珍しかったかもしれませんけど、物語によくあるおまけは一切ありませんでした。
それでも、やることがあると言うのは、そう悪いことではありません。
そんな何の変哲の無い日に起きた、ちょっとした出来事でした。
それは、年末に近い頃でした。
いつものように買い物バッグをぶら下げて、てくてくと商店街に買い物に行くと、福引セールをやっていました。
私は買い物の際に各店舗からもらった、福引補助券を集め、福引をしようと会場に向かいました。
それは、ガラガラポンでした。
そこは行列していて、盛況ぶりな様子でした。
お惣菜の匂いが漂う場所で順番を待つのは、夕飯前でお腹を空かせていた私にとって正直酷でしたけど、もし一等が当たれば好きなモノが買えると期待を胸に、寒空の中順番を待ちました。
そして、私の番になりました。
「坊主、一回な」
ぶっきらぼうに指示するおじさんでしたが、当時は特に問題はありませんでした。
ちょっと、怖かったけど。
私は期待を胸に、ガラガラを回しました。
一回目は早すぎたせいか玉は出ず、二回目で玉が出ました。
しかし、抽選に該当する色の玉ではありませんでした。
大人は首を傾げ、隣の大人と話していました。
やがて他の大人たちも集まり、がやがやと何かを話していました。
当時幼かった私は、きっとこれは大当たりに違いないと確信し、一体どんなモノが貰えるのか、ワクワクしました。
しかし、私の期待はあっさりと裏切られました。
「坊主、ハズレだな。また、来な」
「え?だ、だって、ハズレ無しって、看板に書いてあるよ」
「ああ、まあ、そういうこともある」
「で、でも」
「こっちは忙しいんだ。ほら、帰った、帰った」
手で追い払われた。
大人は、ちょっと怒っていたから、少し怖かった記憶があります。
でも、少しだけ、悲しかった。
私は諦めて、家に帰ろうとしたその時だった。
「あんた、何やってるの?」
知らない、おばさんだった。
助け船かとも思いましたが、ちょっと違うようでした。
「ハズレ無しって、嘘なの?」
すると、他のおばさんまでもが騒ぎ始めた。
「さっきから6等ばっかりで、本当は当たりなんて入ってないんじゃないの?」
「私たちを騙すつもりね?」
「あんたら、独り占めするつもりね?」
「きっと、それで美味しいモノを食べる気ね?」
「どうなのよ!」
「はっきりしなさいよ!」
「責任者出てきなさいよ!」
いわゆる、おばさんパワーを目の当たりにした私は、ちょっと怖くなった。
それはおじさん達も同じようで、さっきまで怖かったおじさん達もたじたじになってしまい、とにかく当たりはありますから信じてくださいといったことを、必死に言っていたような気がする。
どうして覚えていないのかと言えば、おばさま方の怒号でおじさん達が何を言っているのかよく分からなかったからだ。
なんとなく、そんな風に聞こえたような気がします。
「この子に、謝んなさいよ!」
「そうよ、そうよ!」
え?僕?と、思いました。
よく分からないけど、叱られるのかと恐れたぐらいにです。
さっさと、帰っていれば良かったと思いました。
しかし、意外な反応でした。
「ああ、悪かったな坊主、これ、6等の商品券」
貰ったのは、最下位である6等の10円券だった。
ちなみに、当時はチューインガムは50円でしたから、お店で買えるモノはありませんでした。
商店街に駄菓子屋は、無かったからです。
とは言え、これ以上ここに居るのは怖かったので、おじさんから貰った商品券を握り締め、早々に帰宅の途につきました。
おばさま方はまだ何か口々に苦情を言っていたようだけど、逃げるようにしてその場を立ち去った私には、その後がどうなったかは知りません。
ハズレ無しのガラガラ抽選会でハズレを引いた私は、世界最強とも言えるぐらいの、くじ運の無さを誇れるでしょう。
10回に1回は当たりが出るという抽選会ですら、40回連続でハズレを引くぐらいの、くじ運の無さでしたから。
だから今では、いくらハズレを引いても、ああ、やっぱりと思います。
その最初の体験が、ハズレ無しの抽選会で存在するはずの無い、唯一のハズレでした。
とほほ。
少し前ですが、子供の頃に通った商店街の近くに用がありました。
せっかくなので、ついでに立ち寄って見ることにしました。
商店街はまだあるのだろうかと、期待と不安を胸に商店街の入口と思しき路地に入ると、景色は一変していました。
子供の頃に通った商店街は、今はもう無くなってしまいました。
駐車場に住宅、殺風景な何かの事務所など、お店は一軒も存在していませんでした。
八百屋さんもお肉屋さんも、お魚屋さんも何もかも無くなっていました。
昭和に特にノスタルジーを感じていない私ですが、この光景にはちょっと衝撃を受けました。
故郷を失う気持ちって、こんな感じなのだろうか?
そのことを思い出しながら、在りし日の風景を思い、ここにあの時の思い出を記そうと思いました。
読んでくれた皆様にも、もしかしたら当時は嫌な思い出ででも、こんな忘れられない記憶があるのではないでしょうか?
今はもう無くしてしまった、遠い風景があるのではないでしょうか?
もしあるなら、一文にしてみるのもいいかもしれません。
年末になると思い出す、在りし日のエピソードでした。