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牛丼屋での出来事です。
コロナ禍前の出来事ですが、特に晒す気はありませんので。
お昼ごろ、お腹が空いた私は、牛丼屋で食事を済ませることにした。
店内はほぼ満員だけど、カウンターに席がひとつ空いていた。
私はその席に陣取り、やってきた店員に注文した。
「並と玉子、みそ汁も」
「並盛と卵と味噌汁っすね。ありがとうございます!」
バイトにしては、威勢のいい掛け声だった。
コロナ禍前が幸いしたのか、店内の活気は今とはやはり違う。
人がそこに居て、食事をしている。
そんな風景が、そこにあった。
店内は混雑しており、さきほどの店員は接客にレジと片付けと、大忙しだった。
これは当分、出てこないなあと思った。
しかし、それでもやはり牛丼屋は早い。客がどんどん回転していく様が、よく見て取れたから。
私の両側に居た客も、食事を終えるとレジに向かい、会計を済ませて店を後にしたからだ。
そして間髪入れずに、私の両隣はすぐに埋まった。
しばらくしてだ。
「おまちどうさま!」
おお!来た来たと思ったけど、隣だった。
隣?
あれ?
確か隣は、私よりも後に来たような?
ボ~としていたから、勘違いかもしれない。
すると。
「おまちどうさま!」
ついに来た!
やっぱり、隣だった。
あれ?
私の牛丼は?
以前だが、似たようなことがあった。
焼肉店のような、ちょっと説明しにくい店だったけど、お肉を焼いて食べる店での出来事です。
その時は友人と一緒だったので、プチコントをやって時間を潰しました。
「おい、肉はまだか?」
「まだです」
「いつまで待たせる」
「今から、シメますから」
「え?何をシメるって?」
「ええ。だからこれから、牛を殺して捌きますから、もう少々お待ちください」
「ま、まさか。あれをシメるのか?」
「ええ。外に繋いでいるあの仔牛を、シメて捌いてきますから」
「いやあ、ちょっと待って?」
「あの仔牛も、本望でしょう。今日まで、生きてこれたんですから」
「それ、可哀そうだけど」
「お客さんが来なければ、あの仔牛ももっと生きられたんですけどねえ」
「え?俺のせい?」
「いいえ、これも運命です」
「あの~、キャンセルしたいんですけど」
「大丈夫ですよ。ちょっと抵抗してきましたけど、すぐに大人しくなりましたから」
「て、抵抗したんだ」
「往生際が悪いんですよ。ほら、まだ仔牛だから」
「仔牛って、子供ってことだよね」
「ええ、もちろん。肉も柔らかいっすよ」
「ええっと、もう食欲無いかも」
「お客さん、せっかく花子をシメたんですから、死んだ花子の為に残さず食べてくださいよ」
「あの仔牛、花子っていうの?」
「今、名付けました」
「今なの?」
「ええ。シメる時に、名前を付けるんですよ。これは花子の肉って」
「益々、食欲が無くなったけど」
「花子の肉、きっとうまいっすよ。なにせ、酒を呑ませて育てましたから」
「子供に酒を呑ませたの?」
「嫌だなあ。お客さん、あれはただの牛ですよ?」
ちゃんちゃん。
ということを思い出してもなお、私の花子、もとい、牛丼はこなかった。
こうなると、いつ持ってくるのか試したくなった。
両隣も更に一巡し、私だけが異様な存在になってきた。
たまに、私のことをチラッと見る客も居るけど、見なかったことにしようとしたようです。
そう、見なかったことにすれば、花子はただの牛です。ただの牛肉です。ただのカルビです。ただのロースです。ただのハラミです。
焼肉食いたい。
いやいや、今は牛丼に集中しないと。
やがて、厨房から人が出てきた。
その人は、私を見て外で走り回っている店員を呼んだ。
二人は、何かぼそぼそと話しているようだ。
やがて、私の席に牛丼がやってきた。
良かった。
お客さん、もう一度注文お願いできますかって、聞かれなくて。
とは言え、お待ちどうさまも無ければ、謝罪の言葉も無い。
ただ、ほぼ無言で置かれたところが、ちょっとムッとした。
一応、ボソボソッと何かつぶやいたようには見えたけど。
とは言え、すっかりお腹を空かせた私は、牛丼を掻っ込み、店を後にした。
ちなみにレジでも、何故か無言だった。
さっきまでの威勢は、どうしたと聞きたいけど、もう二度と会うことも無いだろうから、どうでもいいや。
お腹いっぱいになったし。
ちなみに、我々が勝手に名付けた仔牛の花子ですけど、店を後にしたらまだ元気に生きていました。
あれって、何だったんだろう?
わざわざ店の前に牛を繋いでおくなんて、ちょっと悪趣味かも。
まあ、それでも食べる私たちも、大概だなあと思いました。
皆さんには、こんな経験はおありでしょうか?
え?
どっちの話かだって?
もちろん、話したい方をどうぞ?