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だいぶ昔の話です。
当時の同僚と、ランチをした時の出来事です。
正直、気が進みませんでした。
みんなでわいわい食事をするのが、私は苦手でした。
何故なら、だいたいがそこに居ない人、つまり欠席裁判の場になるからです。
きっと、私が居ない時は、私の悪口で盛り上がっているに違いないと思います。
とはいうものの、誘いを断り続けるのも何なので、勤め先の近くの店に行くことになりました。
そこは夜は居酒屋で、ランチも豊富なメニューを用意していました。
各人はそれぞれ、好きな料理を注文し、料理が来るまでの間、そこに居ない人の欠席裁判に興じることになりました。
私はというと、意見を求められても「ふ~ん」とか、「そうなんだ」と、当たり障りのない回答で誤魔化しました。
以前、盛大に反論したために、先輩に諭されたからです。
「いいか、ああいう場ではな、空気を読むんだ。どうせ、無害な連中だから」
私はよく分からないけど、どうも私の欠席裁判の結果、先輩が私に執行猶予付きの有罪判決を宣告しに来たと、そういう訳らしい。
まあ、そんな訳で、嫌々ランチを共にすることになった次第になります。
だが、不幸はそこから始まった。
いや、これは罰なんだろう。
みんなの料理が到着するけど、そこは一斉に食べると言う不文律があるので、全員の料理が揃うまで待っていた。
でも、いつまでも来なかった。
私の料理だけが。
さすがにたまりかねて、普段はやらない催促をすることにしました。
「あの~」
「はい?」
「まだですか?」
「はい、今作っています。少々お待ちください」
「ああ、皆さんお先にどうぞ」
そう、待たせているから心苦しいのであって、待っていなければいつものことだ。
しかし、いつまでも来ない。
「あの~」
「はい?」
「まだですか?」
「今、作っています。少々お待ちください」
よく考えたら、この店員は変だ。
厨房に確認せずに、私の質問に即答しているのだ。
「いつ頃、出来ますか?」
「はい、もう少々お待ちください」
「はあ」
ついに、我が同僚たちは食事を終えたけど、くつろいではいなかった。
空気が、悪くなっていたからだ。
その矛先は、面倒な料理を注文した、私に向いてきた。
いや、面倒な料理を、ランチメニューなんかに入れるか?
それならそれで、お時間いただきますって、言ってほしかったなあ。
これだから、集団行動は嫌なんだ。
愚痴っても仕方がない。
私は諦め、店員を呼んだ。
「もういいですから、注文はキャンセルで」
「いえ、もう作っていますので、キャンセルは困ります」
「だって、他の人はもう食べ終わりましたよ?いくらなんでも、遅すぎませんか?」
「お昼時で忙しいんですよ。こっちは、一所懸命やっているんです!」
おいおい、何で逆切れする?
だいたい、これって接客として間違っているだろう?
少なくとも、不誠実だろう?
「じゃあ、さっきから今作っているというけど、後何分後に出来るか、厨房で聞いてくれないかな?」
「・・・」
おい、無言かよ。
「すまん」
私は同僚に謝ったが、私の剣幕には驚いていたようだ。
私は普段、声を荒げることも、そもそも怒ることも滅多にないからだ。
彼らは、無言だった。
いつもの欠席裁判は、どうしたんですかと聞きたいけど、もうそんな雰囲気ではなかった。
やがて、店員がやってきた。
「もう少しで、出来上がります」
「じゃあ、もういいから。キャンセルね」
「困ります」
「あのさ、困っているのは私たち。君たちではない」
「警察呼びますよ?」
「どうぞ」
「本当に呼びますよ」
「だから、どうぞ?早くして」
店員は下がり、今度は店長らしき人がやってきた。
「あの~、うちの店員が何かしましたか?」
「いえね、注文した料理を持ってこなかったんです」
「ええっと、今から作りますから、少々お待ちください」
「だから、もういいって言ってるんだけど?」
「お客様?」
「だから私は、もういいからキャンセルしたいんだけどと言ったら、あの店員は切れて、警察を呼ぶとか言うんだ。どういうこと?」
「ええ、でも」
「見て分からないかな?私たちは、私を除いてみんな食事を終えた。私だけ、料理が来ない。だから、もういいと諦めたんだけど?」
「でも」
「だったら、後何分で出来るの?それすら、教えてくれないんだけど?」
「少々お待ちください」
君たちの少々の、定義を私は知りたい。
店長らしき男が、小走りにやってきた。
「今から作りますので、もう一度ご注文をお願いします」
今からって。
というか、注文入っていなかったの?
じゃあ、今までの今作っている、もう作っているは、いったい何だったんだ?
切れるより、呆れた。
「もう、いいです。注文が入っていないんだったら、むしろ好都合ですよ」
伝票を持って、会計に向かおうとしたら、その伝票が無かった。
「あれ?伝票は?」
下に落ちていないか探したけど、そう言えば店員は持ってこなかった。
「もういいや。何を注文したか、みんなレジで申告して」
間違いないのは、私だけは何も食べていないということ。
同僚にそのようにするようにお願いし、私はお昼を食べにとっとと店を後にした。
時間が無いので、当時はまだ街のあっちこっちにあった、立ち食いソバで済ませることにした。
注文してわずか一分。
びっくりするぐらい、早かった。
まあ、どんぶりに最初から茹でたそばが入っており、そこに熱いつゆを掛けて、天ぷらを載せて、へいお待ちだから、早いのは当然だろうけど。
私は絡んだそばをつゆの中でほぐしながら、ずるずるとそばを頂いた。
やっぱり、食事はひとりに限る。
特にオープンキッチンは、なおいい。
目の前で私の注文した料理が、準備されているから安心だと思う。
見えない厨房で、何をやっているのか分からないから、イライラするのだろう。
お腹空いていたし。
同僚を待たせていたし。
立ち食いソバ最高!
つくづく、そう思いました。