4
知人に、やたらと人にメシを食べさせたがる人がいた。
最初は親切心からだと思ったけど、最近年齢を重ねると、なんとなく気持ちが分かるような気がしてきた。
若い者がガツガツ食べている姿は、見ていて気持ちがいいからだ。
今の私も段々と食欲が落ち、今までなら軽く食べる事が出来たモノも、正直きつくなってきた。
そんな身体になる前の、ほんのひと時の出来事です。
「メシにしょうか」
「そっすね!」
「ああ、あそこにするか」
手打ちそばの店で、店構えも立派だった。
高そうだなあと思ったけど、知人曰く、何でも遠慮なく食べろと言うので、遠慮しないつもりだった。
「いらっしゃいませ!」
「ふたりです」
「はい、おふたりさま!」
テーブル席とお座敷があったけど、二人とも背が高いので、テーブル席にしてもらった。
そのせいか、お座敷が好きな人の気持ちが、実は今も分からない。
「私は、鴨汁せいろでお願いします」
「何だ、何だ。もっと、高いのにしろよ」
「ありがとうございます!でも、これが食べたいので。もちろん、お代わりしますから!」
ふたりは同じものを、頼むことにした。
しばらくすると、店員さんが料理を運んできた。
「おお!美味しそうだ!」
知人はおそばを手繰り、ずるずると頂いていた。
私も同じように、おそばを手繰ろうとした。
手繰ろうとしたけど、手繰れなかった。
「うん?」
はて?どういうことだ?
私はせいろに載ったおそばを端に寄せ、一本ずつ並べてみた。
ああ、やっぱり。
おそばが短いのだ。
手打ちだからというのとは、次元が違う短さだった。
それも、ほとんどのおそばが。
その様子を見ていた知人は、さすがに大人だから黙っていた、訳はない。
替えてもらったらと助言を頂いたので、店員を呼んだ。
「店員さん!」
「は~い!」
運んでくれた女性店員ではなく、いなせな職人風の男性店員だった。
「はい、お代わりですか?」
「いえ、これ取り替えてもらえませんか?」
「え?」
男性店員はおそばを見ると、むしろ嗜めてきた。
「お客さん、手打ちそばなんだから、こんなもんですよ?」
「でも、こんなに短いのばかりだと、おそばとは言わないですよね?箸で掴めないし」
「お客さんが、さっさと食べないからじゃないんですか?そばって、伸びるんですよ?」
少し、せせら笑っているような感じがしたけど、もしかしたら思い過ごしかもしれない。
そう思ったら、知人が介入してきた。
「もういい、店主を呼んでくれるかな?」
知人が独特の凄みを見せつつ、店員に促した。
男性店員は、無言で踵を返した。
すると、和服を着た女将さんらしき女性が、小走りでやってきた。
「この店では、こんなそばを出すのかね?」
私が口を開く前に、知人がどこか怒りを込めて質問した。私の方が、ちょっとびびった。
「ええっと、そんな訳は」
「さっきの店員は、そばなんてこんなものだと言っていたけど?」
「いいえ、そんなことは」
「私のそばは、この通りの長さだけど?どうして、こんなに違う?まさか、残り物をかき集めて出したのか?」
段々、声のトーンが上がってきたので、さすがにまずいと思ったけど、女将さんらしき女性は平謝りをした。
「すぐに、代わりをお持ちします」
「どうも、すみません」
「いや」
「あ、延びるのでお先にどうぞ」
「ああ」
しばらくしてから、新しいおそばがやってきた。
つけ汁も新しいようで、それなりに熱かった。
念の為におそばを手繰ると、おそばらしい長さだった。
私はホッとして、おそばを急いで食べた。
知人の食事は終わっていたから、ご馳走になる身としては、待たせるのは礼儀に反すると思ったからだ。そば湯も、飲んでしまっていたから。
いつもなら、あと二枚ぐらいおそばをお代わりするのだが、さすがに一枚で終わりにした。
知人は私と違って、小食だから。
しかし、あの店員は何で、いちいち反論してきたんだろう?
私ひとりなら、言い負かせるって、そう思ったのかな?
でもなあ、事実は事実だし。
客商売の観点からも、あれはアウトだろう。
まあ、他でも経験があるけど。
なんとなく、ここでも私は歓迎されてなかったのかなあと、そう思った。
後味悪いなあと思うけど、せっかくなのでネタにさせてもらおう。
ちなみに、そのお店はもうありません。
閉店の理由は、私は知りません。
一応、味はそれなりに良かったので、店員の対応だけは残念でしたけど。
高い店って、本当に怖い。