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「おい、メシ食いに行こう」
学生時代から付き合いのある友人の誘いなのだが、よく食うはよく飲むはと、ちょっと付き合い難いところがあります。
しかも、この場合のメシは、必ず焼肉と相場が決まっています。
洋食とか和食とかではなく、何故か焼肉でした。
しかし、いつも行くお店が臨時休業だったことで、その友人は大変ご立腹だった。
その段階で、解散にすればよかったと、当時を振り返るとそう後悔しました。
この友人は、ある意味で人見知りをするタイプですので、この店がダメなら他にしようとはならず、ひたすら文句を言っていました。
「おい、どうする。俺は腹減ったぞ」
「仕方がないな。他を当たろう」
「そうだな」
ふたりは繁華街をてくてく歩き、店を物色することにしました。
「ここにしよう」
「いや、気が進まない」
「じゃあ、ここはどうだ?」
「混んでる」
「ええっと、ここは?」
「まずそう」
おい。
「いい加減、疲れたよ」
「だったら、早く決めろよ」
「じゃあ、ここならどうだ?」
「何か、気取ってそうで気に入らない」
「もう、帰ろっか?」
「おい、俺を飢え死にさせる気か?」
「もう、面倒だからここでどうだ?」
とある、ファミレスだった。
そこは時々、時間つぶしにふたりで利用することがある、いわば常連みたいなものだ。
だから、彼も同意してくれた。
顔は、ちょっとしぶかったけど。
「なにする?」
「何でもいい」
「ああ、そう」
メニューを広げ、私はこれにするけど、お前さんはと聞くと、やっぱり、気が進まないとの返事。
「いいよ、もう適当に頼めよ。俺は、酒が呑めたら何でもいい」
いや、ファミレスで酒はないだろうと思ったけど、一応、ビールはあった。焼酎とかは、無かったけど。ワインて、柄じゃないしね。
とにかく、思いつく限り注文し、不機嫌な友人と愉快でない時間を過ごすことになった。
「お待たせしました」
「ホントだよ」
カワイイ制服のウェイトレスさんに、なんて暴言を吐くかこいつと思ったけど、ウェイトレスさんは気が付かなかったのかスルースキルを発揮したのか、普通に戻って行った。
「さあ、食べよう。お腹、ペコペコだよ」
「本当だったら、焼き肉のはずだったんだ」
「まあ、そういうなよ。焼肉なら、また行こう」
「これだったら、帰れば良かった」
「まあ、まあ」
大人な私は、社交辞令で返すことにした。
ちょっと、いやかなり、イラっとしたけど。
そのうち、私のお気に入りのオニオングラタンスープがやってきた。
「お熱いので、お気を付けください」
は~いと、心の中でつぶやいた。結構、好みの女の子だったので、嬉しさ十倍だった。
リアルでは、ああどうもと、少しぶっきらぼうに返答しました。
まだ、当時は若かったので。
ふ~、ふ~とスプーンですくったスープを冷ましながら飲むと、何故か冷えていた。
「うん?」
念のため、冷まさずに飲むと、やっぱり冷えていた。
器を触ると、本来なら触れないぐらい熱いはずなのに、冷えていた。
いや、冷え切っていた。
中身は一応、調理した後のように、チーズが溶けた跡がある。
異変に気が付いた友人は、私のオニオングラタンスープの器をおもむろに触り、その瞬間、叫んだ。
「おい!店長!店長を呼べ!」
「え?おいおい、穏やかに行こうぜ」
「これは、残りもんだ。お前は、それでいいのか?」
「いや、まだそうとは」
「俺が馬鹿にされたようなものだ。焼肉も食えなかった。許せない」
いや、このオニオングラタンスープと焼肉と、何の関係があるんだ?
しかし、まずやってきたのが店長ではなく、さっきのかわいこちゃんのウェイトレスだった。
「あの~、どうかしましたか?」
「どうもこうもあるか!何だ、これは?」
オニオングラタンスープの器をグイッと突きだすと、ウェイトレスは恐る恐るそれを見た。
「あの~、何が問題でしょうか?」
「見て分からないのか!冷えてるだろう?」
「ええっと、ああ、確かにそうですけど、料理は冷めると思いますけど?」
ああ、この子はクレーム処理と言うか、苦情の扱いを知らないようだ。
まだ、若いし。もしかしたら、アルバイトの高校生かな?いや、時間から言ったら、大学生かも。
「そんなにすぐに冷えるのか?お前んとこは、こんなすぐに冷める料理を出すのか?」
店長、まだですか~と、心から祈ったけど、意外にもこの子は負けていなかった。
いや、ここは負けるべきなんだろう。
「おかしいところがあれば分かりますけど、料理が冷めたぐらいで、なんなんですか?」
「あ?」
「料理は冷めるものです。言いがかりは、やめてください。警察を呼びますよ?」
あ、終わった。
「呼べるものなら呼んでみろ!」
机を思いっきり、叩いてくれた。
ウェイトレスさんは、ちょっと涙ぐみながらバックヤードに走っていった。
正直、私は針の筵の上にいるようで、居心地が悪い。
明らかに、周囲の視線は私に向いているようだから。
「おい、言い過ぎだ。かわいそうじゃないか?」
私は小声で諭したけど、意外な返答だった。
「本物のクレームは、こんなもんじゃないぜ?皿を投げつけないだけ、俺は紳士的だろう?」
君の紳士の、定義を知りたいよ。
そんなこんなで、やっと店長さんらしきネクタイの男性が姿を表した。
「あの~、お客様、あまり騒がれると」
「お前の店は、客にこんなものを出しておきながら、騒ぐなとか言うのか?」
「どういうことでしょうか?」
「あのオンナは、残り物を持っておきながら、それを客のせいにした。どういうことだ?」
「ええっと、それはつまり?」
仕方がない、矢面に立つか。
「オニオングラタンスープを運んで貰ったんですけど、何故か冷めていたんですよ」
店長さんはそのオニオングラタンスープを凝視し、合点がいったようですぐに大人の対応を取った。
「ああ、そうでしたか。大変、申し訳ありません。すぐに代わりをお持ちします」
「警察を呼ぶって言っていたけど、それはどうなるんだ?」
「そんなことは致しません。こちらの、不手際のようですので」
「最初から、そう言えばいいんだ。教育が、なってないんじゃないのか?」
「はい、大変申し訳ありません」
「あのオンナを謝らせろ。こっちは、侮辱されたんだ」
「もう、いいよ。あの子も、勉強になったから」
「だからお前は、ダメなんだ。ここは、はっきりさせないと」
すまんけど、行ける店を減らさないでくれ。いや、もうここには来れないか。
結局、ウェイトレスさんは友人に謝ったけど、彼はそれすらも許さない。
「俺じゃないだろう、そっちだろう。その料理を注文したのは、俺の友人だ!そんなことも、分からないのか?」
ああ、もう勘弁して。
「大変、失礼を致しました。今後は、このようなことの無いようにします」
ペコリと頭を下げたウェイトレスさんは、すぐに走ってバックヤードに戻って行った。
きっと、私のことを悪く言ってるだろうなあと、想像しながら。
私は熱々のオニオングラタンスープを頂いたけど、正直美味しくなかった。
友人は、どこか満足そうだった。
「ホント、客を馬鹿にしやがって。ああいうのはな、思い知らせないとダメなんだ」
ビールを追加しようとする友人を止め、店を後にした。
飲み足りないと言うので、自販機でビールを買って公園で宴会の続きをすることにした。
お店に入って、また似たようなことがあったら、正直耐えられそうにないから。
それにしても、我が友人の機嫌のいいこと。
それに比べて私は、心から後悔しました。
やはり、事前に調べて置けば良かったと。
その後彼は、結婚して二児の父親になったと風の便りで聞きました。
私との交流は、どうしたかって?
勘弁してください。
あとは、察してください。