曰く付きの戦利品
少し前に起きた事件の真相に迫ろうとする中、関係者に近い所でやたらと耳にする妙な噂があった。
【呪われた猟銃】
調べてみると、猟師組合の会長でもある犬飼氏がそれを持っていると判り、話を伺おうと雪の舞う中チェーンを履かせ何処か懐かしい田舎町へと足を運んでいた。
目の前のテーブルに置かれたこの猟銃は、先程まで犬飼氏の屋敷内にあるガンロッカーで厳重に保管されていたが、これを亡くなるまではとある世襲議員が持っていたという。
「こげば随分前に亡くなりんした山上左近いう凄腕の猟師が使いよった猟銃でしてな」
戦時中は北の方で狙撃手として活躍したとかで、沢山の勲章を持って英雄として村に帰って来た男なのだが、終戦から七十年もすると戦争を知らぬ者が戦争を語るようにもなる。
政治の弁論に歴史の勝手な解釈で、地元の猟師の過去を掘り出し英雄として利用し始めれば、左派や保守やが人殺しだ英雄だ戦犯だのと揶揄し持ち上げ貶める。
一々槍玉に上げられる事に嫌気が差した山上は、積もる雪にも増して行く家を囲む報道陣や活動家やらを前にして
「こがな国にすん為に戦ったんでねえ!」
と、皆の前で怒鳴り勲章全てを雪の積もる庭棚へと放り捨て、自らの頭を撃ち抜いてみせ、庭雪を真っ赤な血に染めたという。
「そん後は息子の左兵衛でもなぐ、警察がコレを持ってた筈なんだがな……」
聞けば息子も当時は相当な腕前だったが、一人息子が若い時分に花がどうのと言って出てったきりになってからは、静かに猟をして奥さんと暮らしていた。
そこに猟師組合の会長であるこの犬飼氏が、その腕を見習わせたいと何度も説得して、年に数回講師として多方の猟師組合に招き、左兵衛も奥さんとの旅を楽しんでいたらしい。
けれど悲しい事に幾年か前、山上の住む集落の電線が雪で切れ、電化したばかりの家では暖を取る術がなく凍死したそうだ。
「詰まる処、本来これが出回る時点で可笑しな話でしてな! 自害の証拠品として収監されていた筈の物が、猟銃免許も無ぇ地元議員の自宅に在った言うて持って来るがで、お里が知れるっちゅうもんですわな」
「それって、例の向日葵組と黒い噂の?」
犬飼氏が静かに肯く。一度は押収され警察の管理下に入っていた物が、どうして一議員の元に辿り着くものかに黒い噂が尽きないのも頷けるというものだ。
一議員と懇意にあったと言う時点で警察署長としてアウトだろうに、何故かそれすらも報道されないのは、この町の有力者達の腐った交友関係が物を言うのだろう。
地元で幅を利かす向日葵組だが、それまで同町で幅を利かせていた睡蓮組との抗争で成り上がったのが若頭筆頭だ。
潰された睡蓮組が捌いていた薬物市場を手に入れた向日葵組に、例の議員が一枚もニ枚も噛んでコカイン畑を作らせたという話は、その界隈では有名だ。
なにせその抗争の折には、暴対の刑事二人が何者かに撃たれて亡くなっているというのに、向日葵組がコカイン畑を耕すのに噛んでる議員と警察署長が裏でお手々を繋いで、押収品である左近の猟銃をまで横流ししていたともなれば……
「猟銃が議員の家から出た発端が、雪の高速で事故死した二人の公安刑事の件なんですが、知っとりますか?」
「あああ、少し前に何処かの週刊誌が掲載した【雪の高速道路にコカインが撒かれていた】とかってので、その先で事故死した公安刑事と関係が、みたいな話でしたか」
「それ書いた記者さんも先日コレを見に来よったんですがね、聞いた所によると……」
これが随分と不可思議な話で、向日葵組のコカイン畑があったのは山上も住んでいた停電で亡くなった山村集落の一つで、畑を管理していたのは村の元村長と例の議員の後援団体の者達。
人手がいる収穫時には、夜中に組員がワゴンに使いっ走りを詰め込み向かわせ、その数日を無人となった家にコッソリ住まわせ、衣食を元村長等が用立てる。
後は目立たぬようにと、たまにバスで下っ端が常駐の小作人担当に発破をかけに行く程度で事済んだ。
冬場はもっぱら精製した物を必要量づつ受け取りに行けば発覚時にも言い訳が利く事から、村人にも元村長との関係が疑われないよう車ではなくバスで伺い、麓のこの町と統合されてからは行事以外で殆ど使われない元の村役場の一室を取引場所にしていたという。
「一時期やたらと嫌煙を叫ぶ連中がおったでしょう? アレこそが議員の後援団体と組員だったんですわ」
議員が聖人気取りに煙草叩き政策を推し進め、その裏ではコカインを売り捌く。
禁煙ファシズムに生産性を謳い、何かと言えばグローバリズムを口にして煙に巻く等、それまで薬物に関わる事も無く普通に働いていた者達に対しても、ストレス効果で酒場に来た所を誘いに手を出させ、順調に薬物市場を拡げていった。
「ところがよ!」
畑の生産性も上げようと、山上家の庭棚にまで手を出した冬の事だった。
医療改革の政策を先んじて知った議員は、米国で問題になり廃棄され始めた抗精神薬を安値で買い付け、精神病患者を増やした方が儲かると考えた。
となれば、邪魔になるコカイン畑を向日葵組の若頭筆頭と共に、警察に押収させて逃げようと目論んだ。
「あああ、それがあの……」
犬飼氏が誇らし気に、それ! とばかりに指をこちらに向け腕を組むが、あんたが解いた訳では無いだろうと思う心を、顔には出さぬようにと気を付け聞いた。
「それで、何で犬飼さんがこれを持つ事になったんです?」
話の本題を忘れていたのか、慌てて話を元に戻す。
「いや、それがよ! 議員が撃たれて亡くなったがは知っとろう? アレばコゲじゃないんじゃが、噂が押して家の娘が怖がりよってな」
議員の娘が怖がって、伝手を辿り会長である犬飼氏の元に来たと言う。
「警察の方には?」
「要らん! ち突っ返されたもんで、何かあるば思ちたら、そん噂の内容がよ!」
議員が公安を使ってある程度のコカインを回収し、自身の手の者が引く冬場に、警察に手入れさせて向日葵組ごと潰した。
けれどその公安刑事が事故死した事で、大量のコカインを積んでいた事が警察内部に知れ渡るも、警察署長の権限で封じたのだろう。
それが暫くして、撒かれた粉と事故死した件が週刊誌に載り、裏切りがバレた議員は向日葵組の残党や関係者に狙われていた。
議員もまた、いつ警察署長に裏切られるか分からない事から頼りに出来ず、少しノイローゼ気味になっていた議員は、この猟銃を握り締めて寝る毎日を過ごしていたらしいのだが、
ある夜ふと目を覚ますと、剣が付いた銃を構え自分を撃たんとする大日本帝国時代の軍服姿の男が立っていたという。
慌てて抱きしめていた猟銃で撃ち返そうとしたがそれが無く、焦り男を見返せば、男が持っているそれこそが山上左近の銃だったと。
議員はそれが山上の亡霊だと思い逃げ回り、何かに頭をぶつけ気を失ったか、それ以降は夜を迎える度に気狂いしていたらしい。
「そらまあ散々政治利用して、左近の息子も議員が殺したようなも・・・ああ! そうか、山上の家をコカイン畑にする為、最初から殺すつもりでエアコンを入れさせて囲炉裏を撤去して、じゃあ、停電も計画の内……」
「ほおよ! んだもんだけ、自分がしよっとば事に左近に撃たれる思たんじゃろな、けんどそれば捨てたら向日葵組から自分護る銃も無くなるで、だけえ、暴対法改正に急いだんじゃろうよ」
暴対法に向かう議員として組員に狙われているとして警察に護衛させた訳だが、まあその結果がコカイン大量摂取による中毒状態での撃たれ死に。
それを報じたのもアレと同じ週刊誌だけ。何の為の報道規制かは聞くまでもなく警察署長の腹の下にあるのだろう。
「あれ? て事は、娘も全部知ってるって話になるんじゃ……」
「記事読んでないがか? 議員にコカイン盛ってたんが娘言う話でな、そん娘が起ち上げた会社の資本が元の睡蓮組の生き残りって話さね」
話がぐるっと回って訳が分からず戸惑っていると、犬飼氏が話を要訳してくれた。
睡蓮組は元々が山村集落の出の者が多く、山上左近は英雄以前に村の食料事情に猟をしてくれる有り難い存在だった。
政治利用し自害にまで追いやった挙句、山村集落までもを没落させた世襲議員に近付こうと、娘の起ち上げた会社の資本を助ける代わりに議員の情報を貰い復讐の機会を窺っていたらしく、議員が亡くなってスグに支援を打ち切り娘の会社も今は倒産している。
犯人は未だに捕まっておらず、警察も詳細を公表しないせいで、事情通から妙な噂として出たのが
「こん猟銃もあん娘が最初、質に出そうしてたらしいでな!」
「なるほど、左近の亡霊に銃で撃たれたって噂のせいで……」
その噂の出元となる猟銃を調べれば新たな真実に近付けると考えればこそに、ここへ来た訳だが、まさかこんなにもあっさりと真実を知れるとは……
週刊誌記者におそれいるばかりだ。
「あんたも二番煎じじゃ記事にはならんがろ? こん話ば聞いてどがいするんか知らんが、一つ面白い物見せたろか」
え、という顔をするのを待っていたかの如くに、嬉しそうに銃筒にある金具を指し示す。と、
「いや、噂ば気んなってついつい見たらがよ、こごさ在る穴何が解るが?」
銃に詳しい訳ではないので全く以って何を言いたいのかすら分からない。
それを知った上で言ってるのだから犬飼氏もたちが悪い。
「こげな穴猟銃には要らん物でな! こげ、銃剣取り付ける穴がよてによ! こげば戦争に使いよった銃を猟銃言うて使いよっとったんがよ!」
「はあ?・・・あ、じゃあ議員が見た剣が付いた銃って」
「ほおよ!」
犬飼氏が指を向け、自慢気な顔を見せている。
「序でだ、特別に息子の左兵衛が使ってた銃も見せたるがよ」
振り向くと既に犬飼氏は左近の猟銃を持って部屋から出て行った後だった。
少し待っていると、猟銃を持った犬飼氏が戻って来た。
「さっぎの銃と比べても遜色無えがろ?」
それ以前の問題で銃の違いなんて判らない。
「こげも猟銃じゃねえんだば!」
「ひょっとして、戦時中の?」
指を向けるな! と、言いたくもなる程に犬飼氏は得意気な顔を見せたが、次に口にした話を理解するのに数十秒を要した。
「こん銃であん議員を撃ったがわしよ! おめさ守る為でな! 名前は違えど眼えで判る。おめ、学生ん頃ここらで暴れとった山上左近の孫の右近だべ?」
「・・・はい、お見通しでしたか」
――BAAAANN――
ガンロッカーの方から響く銃声に耳を疑った。
何せ、家の者は買い物に出ていて車が戻った音もなく、二人共がここに居る。
けれど犬飼氏が何かを理解したような顔を見せると、笑みを浮かべた。
「こげの音、爺さん孫来て起ぎよっただな……」
用心しながら向かうと、庭雪に足跡がクッキリと残されており、明らかに玄関ではなくガンロッカーへ一直線に向かっていた事を物語る。
侵入したのが誰かは知らない、けれど男の手には拳銃が握られていた。
そして、誰も触れられぬ鍵の掛かったガンロッカーの中から放たれた弾丸は、侵入者の額を見事に撃ち抜いていた。
と、犬飼氏が何かを拾い上げ、電気に透かして不思議そうに見ていた。
「こげ何ね?」
渡されたそれを見て、笑う他に無かった。
「これ、これこそが俺が家を出てまで追ってた花ですよ」
ふと、侵入口を見ると、甘い香りを残して足跡も残さず女が軍服の男と遠ざかって行く。
次の瞬間!
――FUHYUUUUUUU――
粉雪交じりの強い風に目を閉じる。
風が収まり目を開けるが、犬飼氏も何か気の抜けた感覚に部屋の様子を覗っている。
手に在った筈の花びらも消え去り、何かが終わった事を告げるようだった。
その後、警察はこの侵入者を議員殺害の犯人として扱い、被疑者死亡のまま無理矢理に事件の終息を謀った事で、犬飼氏は自首する術も無くなり墓までの密事となった。
そして、山上の孫である事も秘密にする為、警察が来る前に群がる野次馬と共にその様子を見守り、夜半になってトレーラーで帰る事にした。
おそらくはあの日、前を走っていた車が記者だったのだろう。
でなければ、高速パトロールに伝えようにも、粉雪の舞う高速道路で数kgの別の粉に気付ける筈がないのだから……
■あとがき
しいな ここみ様主催【冬のホラー】に参加した三作品は、三部作として一部の話が繋がっています。
また、ホラーではない別の作品ともコラボしている部分もあるので、そちらへのリンクも下のランキング欄に貼って置きます。
ので ヘ( ̄ω ̄ヘ)〜
宜しければ、ご覧あそばせ〜♪