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群青の嘘  作者: 伊田夏生
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盛り沢山の二学期

 教師一年目。ある私立の中学校に就職した和田太一。彼は良い教師になろうと一年間必死に奮闘した。そのため担任した三年二組の生徒は立派に成長して卒業する。そう信じていた。

 迎えた卒業式の日。彼は教師になったことを後悔した。

 卒業式の日に何があったのか…?

 そして彼が後悔した理由とは…?

 〈プロローグの続きの物語が今始まる。〉

 怒涛の一学期が終わり生徒達は夏休みに入った。勉強を頑張る子。部活を頑張る子。友達と遊んで過ごす子。家でのんびり過ごす子。実家や祖父母の家に帰省する子。きっとさまざまだろう。夏休みが長い学生が羨ましい。だから僕も有休を消化するため何日か休みを取らせて貰った。お陰で実家に帰って伸び伸び仕事が出来た。そのせいか、長いと感じていた一ヵ月はあっという間に過ぎていた。 

 今日は二学期の始業式だ。朝のホームルームのために教室に入ると生徒の様子を見渡した。部活や海で日焼けしている子。変わらず白い肌の子。身長が伸びた子。眼鏡をかけ始めた子。夏休み明けだからか眠そうな子。僕のクラスだけでもさまざまな子がいた。教室に入ってすぐ僕に話しかけてくれた子もいた。そんな子達との久しぶりの再会が嬉しかった。

 そして僕が心配していた卓球部は個人でも団体でも全国大会出場を無事に決め優勝した。そのため、深町さんは無事に高校からの推薦を貰えた。

 他にも、テニス部、陸上部、バレーボール部等が全国大会に出場を決めて素晴らしい結果を残した。

 僕のクラスの春山くんもオーディションに無事合格。今度、佐野くんと同じグループでアイドルとしてデビューするらしい。テレビのニュースで事務所期待の新人として取り上げられていて驚いた。

 チャイムが鳴り生徒達は急いで席に着いた。しかし、相変わらず吉川さんは遅れてやって来た。しかも今日はクラスで仲の良さそうな足立心美あだちここみ原楓花はらふうかと登校して来た。


「皆んな、おはよう。そうだリンタロウ、オーディション合格おめでとう!お祝いまた持って来るから楽しみにしといて。あとショウ、昨日リュウくんと遊んでくれたよね。ありがとう。あっリコ、この前のライブキララ行けなくてごめんね。まじで行きたかった。また感想教えて!あっそうだった…。」


っと一学期と同じことを繰り返そうとしたので、


「ストップ。吉川さん一学期の始業式と同じことをしてますよ。だから僕も同じことを言います。足立さん、原さん、吉川さん早く席に着いて下さい。」


っと言った。すると今度は、


「同じことって何だっけ?まぁいっか。ところでレン、キララの席ってどこだっけ?」


っと矢沢くんに話しかけた。クラス中は大爆笑。矢沢くんは溜め息を吐いて、


「レオの隣でしょう。しっかりしてよ。」


っと少し呆れた様子で言った。吉川さんは、


「ごめん。ありがとう。」


っとお礼を告げるとやっと自分の席に座ってくれた。こうしてやっとホームルームを始めた。しかし、僕が始業式の日程を生徒に伝えている時、吉川さんはスマートフォンを机の上に出して、堂々と誰かとやりとりをしているようだった。よく周りを見ると足立さんと原さんも不審な動きをしていた。しかし二人に関しては証拠がない。だから僕が、


「吉川さん、スマートフォンの電源を切りなさい。今は僕の話を聞いて下さい。」


っと注意すると、


「はーい。でも聞いてるよ。電源を切るから話し続けて。あっ、なるべく短めで。」


っと言うと足立さんも原さんも不審な動きがなくなった。この後の行事は順調に進み、二学期の幕が上がった。二学期は行事が盛りだくさんだ。二ヵ月後には文化祭や体育祭が同時にやって来る。だから今から準備しないと間に合わない。僕のクラスは明日から話し合いを始めることにした。

 それに加えて中学二年生は修学旅行、職場体験があるようだ。二年生の担任でなくて良かったとつくづく思う。二年生の学年団の先生方はずっと忙しそうだから。

 翌日、ホームルームを利用して文化祭の出し物について話すことにした。文化祭の方が先にあるため体育祭より時間に余裕がないためだ。この学校の文化祭は中、高校が合同で行う。文化部と中学一、二年生は体育館で劇などの出し物で高校一、二年生は教室での出し物と決まっている。一方で高校三年生は屋台。中学三年生は体育館か教室か選べる。だから、話し合うことが多い。まずは実行委員を決めなければならない。僕が、


「実行委員をやってくれる人。」


っとクラスに問いかけたが誰も手を挙げなかった。仕方なく、


「じゃあ、矢沢くんとかやってくれない?」


っと指名した。しかし、矢沢くんは、


「ごめんなさい。文化祭って日曜日ですよね?文化祭の日、学校来れないんで無理です。」


っと断られた。すると吉川さんも、


「キララも文化祭の日休みます。」


っと言った。何故、二人とも二ヵ月先の予定を立てているのか。サボりたいだけのような気がする。クラスの雰囲気も明らかに悪くなっている。どうしようと焦っていると足立さんと原さんが、


「私達やっても良いよ。キララとリュウくんが来たくなるような文化祭にする。」


っと言ってくれた。だから一学期から名前が出て来るリュウくんって誰だよ。何で皆んな知ってるんだよ。リュウくんって人。もしかして吉川さんの彼氏とかか?気になる。でも生徒のプライベートに土足で踏み入るのは危険だ。僕が葛藤している間に随分と話し合いが進んでいた。いつの間にかさっきまでが嘘のように内容が決まった。どうやら教室でお化け屋敷をするようだ。学校でいじめに合った生徒が同級生達により殺されてしまい、復讐のためにこの世を彷徨っているという設定らしい。本格的なお化け屋敷にして自分達やお客さんも楽しむ。それが生徒達が目指す目標だ。しかし所詮は中学生が作成するものだ。完成度が予定より低くなる可能性もある。暗闇の部屋の中をお客さんが歩くため怪我人が出るリスクがある。その対策を考えなければ。それから予算内で衣装、小道具を準備。色々と心配だ。どうにか皆んながやる気になってくれたため僕も全力でサポートしよう。

 更に時間が余ったので体育委員の伊藤夢いとうゆめさん宮内蛍太みやうちけいたくんが中心になって体育祭の出る競技についても話せた。希望が多い競技、少ない競技に差が生まれてしまい揉めないか心配した。しかし、吉川さんや矢沢くんが体育委員をサポートしてくれた。そのお陰で何人かが譲ってくれたり、じゃんけんで割とスムーズに決まった。だから体育祭はこれ以上時間を取る必要はなさそうだ。後は体育の授業や放課後等で各自、練習して貰おう。こんなに順調に決まったのは皆んなの協力のお陰だ。僕だけでは対応しきれなかったかもしれない。

 この日の様子からきっと順調に進むだろうとお金がかかることと安全面以外はなるべく口出しをしないように努めた。生徒達だけで目の前の課題を成し遂げて欲しかったからだ。僕はのちにそのことを後悔した。確かに最初は足立さんと原さんを中心に文化祭の出し物が決まった日からほぼクラス全員で毎日放課後に準備をしていた。しかし、文化祭の出し物を決めた日から三週間後の放課後、足立さんと原さんが、


「先生、助けて欲しい。教室に来て。」


っと泣きつくように職員室にやってきた。僕が教室に向かいながら理由を尋ねると、


「皆んな最初はやる気で頑張ってたんだよ。でも今まで無理して時間を取ってくれていたキララが来月に部活の試合があるから今週からどうしても出れないってなった瞬間にほとんどの人が来なくなったんだ。今日は私達とユメとケイタしか残ってない。放課後残って欲しいってお願いしても皆んな帰ったり部活に行っちゃうの。試合が近い部活、卓球部とバスケ部だけのはずなのに。衣装決まってない人もいるし、段ボールで作りたい仕掛けや壁もまだまだあるのに。後約一ヵ月だから間に合いそうにない。せめてレンが残ってくれたらキララがいなくてもどうにかなるのに。本当にどうしよう。」


っと原さんが言った。僕は、


「僕も何か手伝うよ。矢沢くんに残って欲しいって頼んでみたら?そもそも何で吉川さんがいないと皆んな帰っちゃうんだろう?」


っと聞いた。すると、今度は足立さんが、


「レン何してるのか知らないけど放課後は忙しそうなんだ。いつも生徒会がない時は一番に帰っているから。レンかキララどっちかが残ってくれたら、ほとんど皆んな残ってくれる理由は、皆んなレンとキララに恩があるんだよ。レンは生徒会長で三年かけて校則を変えてくれたり行事を増やしてくれた。目立たないけど影で支えてくれるリーダー。キララは誰とでも仲良くなれて困っていたら助けてくれたり、話しかけてくれる。表のリーダー。ここまでは先生も知っていると思う。」


っと言うと僕が頷くことを確認してから、


「私達はレンが怒った所を知らない。そしてレンがキララのことが幼稚園の頃から好きだからそばにいることを知っている。確かにキララのことは私も好き。でも私達もだけど、皆んな特に表のリーダーのキララに嫌われたくないんだ。キララって何を考えてるかわからない時があるの。物知りでどんな話題も知っているから。怖いんだ。あとキララのお父さんって社長じゃん。だからお父さんの権力で今まで好き勝手して来たって嘘もあるし。そもそもお化け屋敷やりたいって案出してやりたがっているのキララだけなんだ。だから皆んな、今週はキララが部活を優先したからキララがいないなら準備を手伝う必要ないなってなったんだと思う。」


っと言った。僕は、


「吉川さんのこと皆んな誤解しているのかな?明日、ホームルームがあるからそこで皆んなに放課後に残るように話してみるよ。」


っと言った。それにしても中学生の人間関係は難しそうだ。教室で僕はその日、文化祭の準備の手伝いをした。学生の頃を思い出し懐かしい気持ちになった。

 翌日のホームルームで僕は、


「最近、文化祭の準備を手伝ってくれる人が少ないようです。それで実行委員の二人が困っています。僕も手伝いますので残れる人は残って下さい。このままでは中途半端なお化け屋敷になってしまいますよ。」


っと忠告した。すると吉川さんが、


「ごめん。ココミ、フウカ残れなくて。でも何で残れる人少ないんだろう?先週まで多かったのに。皆んなちゃんと残って準備しよう。あっ、和田先生は手伝わなくて良いから。先生のその態度ムカつくんだけど、今まで全然手伝ってくれなかったのに急に指図する所。先生のせいで今まで傷ついた生徒がいること忘れちゃった?キララ、文化祭の当日は行けないけど前日までちゃんと頑張るから。皆んなで本格的なお化け屋敷作ろうよ!」


っと言った。すると深町さんが、


「キララ、この際だから言うけど、お化け屋敷やりたいのキララだけだから。皆んなキララに合わせてるの。皆んなはやりたくないから準備サボってたの。でも悪いことだって先生に言われて気付いた。今週残らなかったこと、ココミとフウカに申し訳ない。でも和田先生が親切で手伝うって言ってくれてるのにその態度は駄目でしょう?あと傷ついた生徒って多分、私とユズナのことだと思うけど先生は何一つ悪くないから。確かにキララには友達になってくれたこと感謝している。部活でもキララの卓球への姿勢は尊敬してる。でもキララが今言ったことは良くないことだよ。もう手伝わなくて良いのはキララだから。」


っと言うと矢沢くんが、


「ウタ言いすぎ。僕も文化祭の準備手伝えてないから上からものを言えないけど悪者を決めることは今やったら駄目だ。」


っと言った。そして吉川さんは、


「皆んな、キララのことそんなふうに思ってたの?キララに合わせてくれなんて頼んでない。じゃあキララと話しても遊んでも楽しくないかったんだ。キララは結構楽しかったけどな。」


っと言い、走って教室を出て行った。矢沢くんが僕に向かって、


「先生、幻滅しました。」


っと怒った様子で吉川さんを追いかけた。矢沢くんが怒った所を初めて見た。クラスの子達も僕と同じなのか呆然としている。そして足立さんと原さんが、


「私達のせいで変な雰囲気になってしまってごめんなさい。でもこれからは皆んなで楽しく準備出来たら嬉しいです。もちろん、キララとレンも一緒に…。」


っと言った。深町さんは、


「キララに言いすぎた。」


っと反省していた。しかし、他のクラスメイトは、


「よく言った。」


とか、


「大丈夫。キララはわかってくれる。」


などと励ましていた。その数分後何事もなかったように矢沢くんと吉川さんが教室に戻ってきた。吉川さんが、


「目が覚めたわ。これからは皆んなキララに言いたいこと言ってよ。こう見えてもキララ心広い方なんだ。怒らないからさ。文化祭の準備もどうせ文化祭当日キララ来れないから皆んなでやってよ。あっ、でも完成したら写真送ってよ。」


っと笑顔で言うとクラスメイト達も笑い返した。それで丸く収まったと思った。

 案の定、クラスメイト達は放課後毎日少しの時間でも残ってくれるようになった。矢沢くんもなるべく残ってくれている。しかし、本当に吉川さんだけは足立さんと原さんが残るよう頼んでも、深町さんが言いすぎたことを何回も謝っても文化祭の準備のために残ることはなかった。そのせいなのか吉川さんがいないクラスの雰囲気は方針の違いで何度も喧嘩が起こったり、吉川さんの悪口が飛び交うくらい最悪になっていた。いつもなら止めていた矢沢くんも吉川さんの悪口以外は注意していなかった。あの日から矢沢くんは僕への態度が悪い。ずっと怒っている。仕方なく僕だけがあの日から何回も、


「喧嘩して空気を悪くするな。」


っと生徒達を叱ったが反省してくれず、そのまま文化祭の日となった。

 やはり矢沢くんと吉川さんは来なかった。しかし、出来上がったお化け屋敷はそれなりに形になっていた。本気で怖がってくれるお客さんも多かった。しかし、高校二年生もお化け屋敷を企画したようで多くのお客さんはそっちに逃げた。評判にも批評にもならず無難な形で幕を閉じた。

 その数日後行われた体育祭では中学生の部で惜しくも準優勝だった。僕のクラスは運動部が他のクラスより少しだけ多かったため多少まとまりがなくても、どうにかなったのかも知れない。

 体育祭が終わった日、喉が渇いたため校舎の外にある自販機で飲み物を買った。僕が飲みたかった炭酸飲料やスポーツドリンクはすでに売り切れていた。仕方なく売れ残りのコーヒーを選んだ。そして近くのベンチに座って校舎を見渡しながらこれからのことを考えた。このままの雰囲気でこの子達を卒業させたくない。何か策を考えなければならない。やはりこのクラスには矢沢くんと吉川さんの力が必要だ。

 そう考えていると、ふと目の前をこの学校の初等部の鞄を背負ったまだ低学年くらいの男の子が通った。僕は思わずその子を二度見してしまった。何故なら、初等部はここから少し離れた別の場所にあり、この校舎には用がないはずだからだ。僕は、


「君、どうしたの。ここは中学校がある校舎だよ。迷子かな?門まで送ってあげるよ。」


っと言うとその子は、


「あのね。おねえちゃんさがしているの。」


っと言った。僕が、


「もう、今日は中学生と高校生は帰っている時間なんだよ。お姉ちゃんなんて名前かな?教えてくれる?」


そう質問すると、


「あっ、キララちゃんいた。」


っと言って元気に、


「キララちゃん」


っと叫んで手を振った。キララちゃんってもしかして…。振り向くと男の子の元に走ってやって来る子がいた。


「リュウくんレンは?何で一人でいるの?それと知らない人に話しかけたら駄目って言ったでしょう。とりあえずキララ部活中だから部室まで一緒に行こう。おいで。」


っと言うと僕の側から去ろうとしたので、


「ちょっと待って。吉川さん僕を不審者扱いしないでよ。この子吉川さんの弟さん?」


っと聞くと、


「そうだよ。吉川龍生よしかわりゅうせい。キララの弟。先生、部活中なんだけど。もうこれ以上話しかけないでよね。」


っと言って不機嫌に部活へと戻った。なるほどあれが噂のリュウくんか。てっきり彼氏かと思っていたがあんなに小さな子だったとは。仲良しなんだな。

 そうだ。僕は学校の吉川さんや矢沢くんの様子しか知らない。家庭の様子ももう一度調べた方が良いのかも知れない。そこから吉川さんや矢沢くんの本当の性格が知れるかも知れない。二人にクラスの雰囲気を戻すのを手伝って貰うには僕がまず二人のことをもっと知らなければ。少しずつ調べるか。そう決めた。

 

 しかし、僕は思い返せばここから間違えていたのかも知れない。ここからが本当の後悔の始まりだった。


 〈和田太一の教師としての物語はまだ続く。〉

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