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群青の嘘  作者: 伊田夏生
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カンニング事件

 教師一年目。ある私立の中学校に就職した和田太一。彼は良い教師になろうと一年間必死に奮闘した。そのため担任した三年二組の生徒は立派に成長して卒業する。そう信じていた。

 迎えた卒業式の日。彼は教師になったことを後悔した。

 卒業式の日に何があったのか…?

 そして彼が後悔した理由とは…?

 〈プロローグの続きの物語が今始まる。〉

 教師になって三カ月。今日は期末試験の一日目だ。この学校の中等部は一学期の中間試験がない。あるのは教科数が増える高等部だけだからだ。テスト週間に入り、僕の所にテスト範囲内の質問に来る生徒が増えた。とても嬉しいことだ。そして、僕にとっても試験問題を作るのは初めてのことだ。子供達がどれぐらい僕の授業を理解してくれているかが試される時。僕が担当する教科の国語は読解力が問われる教科だ。文章の中に答えがある珍しい教科でもある。勿論、文法や漢字は覚える必要があるが、日常生活で活用する漢字しか試験に出すつもりはない。だからこそ難易度を考えながら作る試験問題は難しかった。結局、出来上がった問題は僕の中では中学三年生には少し難しく作成した。だから、平均点が低くなるかもしれない。    

 そう想いながら採点したテストは学年平均七十六点とかなり高かった。生徒達に、


「先生のテスト簡単だったよ。」


っと言われた時はとても傷ついた。そしてそれが一人の生徒だけではなく、複数人の生徒に言われた。更には僕のクラスの吉川輝星は僕のテストでクラス唯一の満点を取った。普段全く授業を聞いてくれない癖に。カンニングしているのではないか。悔しくて何度も確認した。しかしその痕跡は何一つなかった。そのため疑ったことを申し訳なく思った。

 その数日後、まさかのことが起きてしまった。本当にカンニングした生徒が僕のクラスから出てしまったのだ。田村先生の数学のテストで解答が同じ二つの解答用紙があったのだ。二つとも九十点以上の高得点だったため側から見たら怪しくないようにも思える。しかし、間違えていた問題の中には自分で全て説明する証明の問題があった。教科書には載ってない田村先生のオリジナル問題だ。今回の数学のテストで一番難しい問題だったようだ。そのためほとんどの生徒はその解答欄は白紙で出している。正解者もいなかったそうだ。間違えて減点されてはいるものの、そんな問題の答えの書き方が同じなのは確かに少し不自然だ。その二人の名前を田村先生から教えて頂くと更に疑わしいと感じた。一人目は矢沢蓮。しかし、彼の生活態度から考えても彼の可能性は低いだろう。だとすると、二人目の彼の隣の席でテストを受けた深町詩ふかまちうた。彼女は吉川さんと同じ卓球部に所属している。全国大会の個人戦では五位。団体戦では団体メンバーに入りチームを全国優勝に導いた。しかし、勉強の方は苦手のようで試験の学年順位は下から数えた方が早い。だから、彼女がかなり怪しい。疑いたくはないが生徒を正しい方に導くのが教師の仕事だ。なので深町さんと放課後に面談することにした。僕はその日の放課後、


「今日はちょっと聞きたいことがあって深町さんに残って貰ったんだ。部活前にごめんね。この前の期末試験あったよね。その数学のテストでね。深町さんの解答と矢沢くんが答えた内容が同じだったんだけど心当たりがあったりするかな?」


っと怒らずなるべく優しく質問した。すると深町さんが、


「あっ、バレたか。私数学苦手なの。部活で忙しかったし、勉強する暇なかったから今回だけカンニングしちゃったんだ。でも、少しは解答変えとけば良かったな。そうしたらバレなかったのに。じゃあ今回のテストって0点になるの?最悪!顧問に怒られる。先生、次からしないから見逃して欲しいな。」


っと反省を感じないことを言ってきた。流石に腹が立って、


「深町さん、カンニングは駄目なことってわかるよね?矢沢くんは自分の力で問題を解いた。なのに矢沢くんも深町さんの解答をカンニングしたんじゃないかって疑われたんだ。それがどれだけ辛くて嫌な気持ちになるか想像したらわかるでしょう?それなのに見逃してくれって言うのは違うでしょう?自分勝手すぎる。親御さんや卓球部顧問の河岡先生とか学年主任の松本先生、もしかしたら管理職の先生方にもこの件は伝わるかもしれない。長い期間の謹慎も覚悟してなさい。」


っと言うと少しは反省したのか下を向いたまま、


「わかりました。」


っと反抗することを諦めたように言った。これで深町さんが本当に反省していれば良いのだが。彼女を信じよう。そう心に言い聞かせた。

 次の日の朝のことだった。珍しく吉川さんが職員室の僕の所に来た。顧問の河岡先生を気にしてか空いてる教室で僕と話がしたいと言ってきた。言葉遣いは丁寧だったものの怒っていると察しがついた。深町さんのことだろう。僕は国語準備室に吉川さんを案内した。その教室に入ると彼女がいきなり、


「先生、何でキララがわざわざ職員室で先生を呼んだかわかるよね?もちろん、ウタのこと。何で余計なことしたの。ちょっとレンのテストをカンニングしたぐらいで。誰だって間違えることあるじゃん。なのに河岡先生に勝手に言わないでよ。先生のせいで河岡先生昨日機嫌が悪かったし、ウタ夏休みの練習出れなくなったんだけど。だから中学校最後の大会もこのままだとウタ出れないじゃん。全国大会行けなかったらどうしてくれるの?先生、責任とれるの?」


っと睨んで来た。いや、僕に責任とれって言われても。実力がある学校が全国大会まで残る訳だし。っと内心は言い返したかったが僕は、


「カンニングはいけないことです。矢沢くんはきっとカンニングされて嫌な気持ちになったはずです。深町さんのことを本当に大切なら僕に怒るよりやるべきことがあるんじゃないですか。深町さんが反省してちゃんと前を向けるようにアドバイスするとか。」


っと言い返した。すると今度は、


「はぁ。キララ先生のこと嫌いだわ。そもそも、レンがウタにカンニングされてたこと何となく気づいてたよ。でもレン全然気にしてなかった。むしろ、ウタの点数が上がったならカンニングされて良かったって言ってたよ。ウタ、スポーツ推薦で中等部から入って来た子なの。だから授業についていけない時も今でも多いみたい。でも部活で結果残しているから高等部にもそのまま推薦で進学出来るってついこの前喜んでた。先生もキララ達の担任なら推薦のこと知っているでしょう?これで夏休みの練習と全国大会がどれくらい大切かわかった?それを先生が今なかったことにしようとしてるの。キララがウタにアドバイスするより先生がなかったことにしてくれる方が現実的だからここにいるの。」


っと吉川さんが反抗した。彼女は生活態度は悪いが友達を大切に出来る。思いやりに溢れている。そんな彼女の素直な言葉を受け止めたいと思った。だから僕は、


「吉川さんの気持ちはわかった。でも最終的な判断をされるのは管理職の先生方だ。僕じゃない。でも僕も出来ることはするつもりだ。吉川さん忙しい中ありがとう。」


っと感謝を伝えた。彼女は、


「ユズナを泣かせたことまだ許してないからね。その分も挽回してよ。ウタも泣かせたら先生、教育委員会にでも訴えるから。」


っと言いながら国語準備室を出て行った。

 生徒が夏休みに入る前の一ヵ月、僕は今までにないぐらい毎日多くの先生方に頭を下げた。深町さんも学年主任と保護者との四者面談で何度も頭を下げて、


「ごめんなさい。これからは心を入れ替えて頑張ります。信じて下さい。」


っと謝罪をした。彼女の本気の気持ちが伝わったのか、彼女に与えられた罰は自宅謹慎が三日間で反省文を書くことで終わった。謹慎中に彼女がカンニングをしたことが学年中に広がってしまったこともあった。クラスメイトの中には影で悪口を言っていそうな子もいた。しかし、その子達は吉川さんがクラスにいる時は深町さんの味方についた。まるで金魚の糞のように。その悪口を言っていた子達も日が経つに連れて話題は変わっていった。今では完全に忘れている話題だろう。

 河岡先生は深町さんが反省しているため部活での対応を変更するべきかとても迷われていた。卓球部の副顧問の先生や外部のコーチの先生と何度も話されていた。そして、夏休みの練習に参加する許可はして下さった。しかし、どうやら雑用としてのようだ。やはり試合に出す気はないみたいだ。そのため、僕は深町さんの将来のためにも何度かお願いしたが河岡先生はその度に、


「頭を上げて下さい。キララにも何度かお願いをされました。しかし、深町が何も言って来ないので判断を変えるつもりはありません。」


っとおっしゃった。吉川さんも深町さんと一緒に汗を流したいがために一生懸命なのだろう。僕が知っている彼女の姿からは想像出来ないが、友達や仲間を大切に出来ることは知っている。

 それにしても深町さんはどうして河岡先生に意見を言わないのか。深町さんはそれで良いのだろうか。顧問にこれ以上怒られたくないから意見を言えないのか。沢山の可能性が頭に浮かんだ。深町さんが今何を考えているのか知りたい。

 そのため卓球部が休みの一学期の終業式の前日、教室に再び残って貰った。


「部活がない日に残って貰ってごめんね。」


っと前置きをすると深町さんは、


「本当だよ。先生って面談好きだよね。何かあるとすぐに面談するじゃん。早く帰りたいからなるべく短い面談時間にしてね。」


っと愚痴を言った。僕は、


「了解。じゃあ単刀直入に言うね。河岡先生に夏休みの卓球部の練習にちゃんと参加させてくださいとお願いしてみたら?」


っと提案した。すると、深町さんは、


「私ね、もうこれ以上卓球部の皆んなに迷惑をかけたくない。知ってるよ。私がカンニングしたこと学年中に広がってるんでしょう?卓球部の同級生の部員達が私の悪口言ってる所に出くわしちゃった。きっと後輩も私のこと良く思ってない。でもキララが一生懸命にその事実を隠そうとしてくれた。嬉しかった。だからキララを支えたい。そのためにも私はちゃんと責任を取るべきなの。」


っと覚悟を持って話してくれた。僕は彼女をまだ子供だからと甘く見ていた。深町さんはちゃんと自分の意見を持っていた。そんな彼女に僕がかけてあげられる言葉はきっと…。


「なるほど。深町さんは自分の意志で裏方になるってことか。覚悟がちゃんとあるんだね。でも責任を取るって答えがない問題を解くことと同じ。終わりがないんだよ。きっと自分を追い込むことになる。君はまだ子供だ。甘えて良いんだよ。間違えても良い。君達を守るために僕ら教師がいる。誰に何を言われても気にするな。深町さんが同じ間違いを繰り返さないと僕は信じている。だから自分がやりたいことを素直に言いなさい。」


っと彼女の気持ちに寄り添って僕も覚悟を見せた。すると深町さんは、


「本当はね、部活にちゃんと参加したい。皆んなと全国大会を目指したい!」


っと涙を堪えながら笑顔を見せた。僕は、


「その気持ちを河岡先生に話してみよう。」


っと笑顔で言葉を返した。

 そして終業式の日、ホームルームで僕は初めて作成した通知表を渡した。受け取った通知表を見て笑顔の生徒、浮かない顔の生徒反応はさまざまだ。吉川さんは基本的には最高評価だったが授業態度等の態度の項目が最低評価が多かったことのクレームを僕に入れて来た。きっと矢沢くんの評価が全て最高評価だったことが悔しかったのだろう。僕は、


「二学期は頑張ろうね。」


っと言うと、


「やっぱりキララ先生のこと嫌いだわ。」


っと言われてしまった。今まで面談して来た生徒が、


「意外と和田先生は良い先生だよ。」


っと励ましてくれた。


「意外とって何だ?」


っと僕が呟いた。しかし、生徒に無視されてしまい少し傷ついた。こうして生徒全員が楽しい夏休みになるように願って終業式の日の日程が全て終了した。

 終業式の後、ちゃんと深町さんは河岡先生に自分の気持ちを伝えたそうだ。部活が終わった後、僕の所に報告に来てくれた。とても生き生きとした顔で。どうやら河岡先生は前向きに検討すると言ったようだ。良かった。きっと全国大会に出場して良い結果を残してくれるだろう。今度はその報告を期待しよう。

 〈和田太一の教師としての物語はまだ続く。〉

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