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群青の嘘  作者: 伊田夏生
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卒業式

 ようやく迎えた卒業式の日、僕はとても緊張していた。この日の夜はあまり眠れていない。そのため、夜中に何度も点呼のシュミレーションをした。卒業生の生徒達の顔を思い浮かべながら。今日はいつもより早く出勤した。しかし、田村先生は僕より早く出勤していた。僕は、


「おはようございます。田村先生、いつもより早いですね。」


っと話しかけた。すると田村先生は、


「何だか落ち着かなくて。私にとって初めての卒業生だから。あっ、和田先生にとってもそうか。明日から寂しくなるなぁ。どうしよう、今から泣きそう。」


っと早口でおっしゃった。僕は、


「確かに、寂しくなりますね。でも、高校の校舎も近くにありますし、すぐに会えますよ。今日は良い式にしましょう。」


っと言った。田村先生はまだ何か言いたそうな顔をしていたが、他の三年団の先生方が次々と出勤された。どうやら、考えていることは僕等と同じようだ。


「どんなに長く教員をしていても生徒との別れは寂しいんだよ。」


っと学年主任の松本先生がおっしゃると他の先生方も頷いていた。出会いがあれば、別れもある。当たり前のことがこんなに身に沁みて感じたことは初めてだった。

 そして、他の先生方がいつも通りの時間に出勤されて職員会議の時間になった。今日の連絡事項の最終確認を行った後、松本先生が、


「今日は先生方、良い式になるようご協力よろしくお願いします。」


っと手短に挨拶されて、僕は田村先生と一緒に教室に向かった。自分の教室の前に着くと久しぶりに深呼吸をしてから教室のドアを開けた。すると、胸に花飾りをつけた生徒達が、


「先生、ブローチ歪んでないよね?変じゃないよね?」


っと話しかけてくれる生徒や、


「先生、昨日配られた卒業アルバムの学年写真、目を瞑ってたでしょう。見た?」


とか沢山の生徒が話しかけてくれた。僕はその生徒達に笑顔で答えた。

 そして、


「そろそろ席に着いて。今日の連絡事項を説明します。」


っと言うと足立さんと原さんが、


「えー、もうちょっと皆んなと話したい。」


っと文句を言いながらも席に着いてくれた。背筋を伸ばし僕の話を聞こうとしてくれている矢沢くん。顔を伏せて寝ている春山くん。バレてないと思っているのか、ずっとスマホを隠れて使っている深町さん。暇そうに窓から外を見ている吉川さん。皆んなそれぞれの時間を過ごしている。今日は最後の日だから大目に見よう。嬉しいことに全員主席しているし。今日でこの教卓から見る光景も最後かと思うと考え深いものがある。

 こうして、今日の説明が終わるといよいよ体育館へ入場して卒業式が始まった。昨日何度もシュミレーションした点呼では皆んな、


「はい。」


っと元気の良い返事を返してくれた。毎年ふざけた返事をする人が出ると聞いていたが、今年は一人もいなかった。学年代表として答辞を読んだ小林さんの言葉と涙で会場は感動に包まれた。僕も泣きそうになった。

 無事に式が終わった。今日の日程は、最後のホームルームだけとなった。教室には保護者も入られる。そのため、生徒達に保護者の方に僕が最後に何を伝えられるかとても悩んだ。今の僕の思いを正直にありのままに話そう。結局、ありがちな結論に至った。

 しかし、ある問題が起こってしまった。卒業式まで参加していた吉川さんがまるで神隠しのように突然姿を消した。


「皆んな、吉川さん知らない?」


っと聞くと、


「トイレじゃない?」


っと皆んなが言ったので、


「少し待とうか。」


っと僕が提案した。しかし、五分経っても十分経っても吉川さんは戻って来なかった。すると、痺れを切らした足立さんと原さんが、


「ちょっとトイレにキララ居るか、見て来る。」


っと言って教室を出た。クラス中がどよめき始めた。

 その後、足立さんと原さんが慌てて戻って来た。


「先生、キララが…。早く来て!」


っと手を引っ張られた。僕の足が自然と前に出た。気がつくと僕は走っていた。他の生徒達も椅子から立ち上がり、僕に続いて走り出した。保護者の方のどよめいた声が響く。僕の足に対抗するように僕の思考回路は真っ白になっていた。

 僕の前を走っていた、足立さんと原さんがトイレの近くにある窓の前で止まった。そして、その窓を指差した。僕は窓の外を見た。向かいの校舎の屋上に吉川さんがいた。遠くから見た彼女はまるでこの世界に絶望したように、肩の力が抜けたように立っていた。


「先生、どうしよう…。」


足立さんと原さんが泣きそうな目で僕に訴えた。僕は、その時心配そうに駆けつけて下さった松本先生に、


「うちのクラスの子達をお願いします。」


っと言って、屋上を目指した。

 吉川さんが何を考えているかわからなかった。いや、わかろうとしなかった。僕が知っている吉川さんの情報が全てだと信じ込んでいた。吉川さんの話を僕は信じた。疑わなかった。だから、君を知りたい。今、何を考えているのか。どうして屋上にいるのか。

 僕は走った。君に追いつきたくて。僕が君に追いついた。そう思って君の名前を読んだ時、君は僕に背を向けたまま、柵の向こう側から最後にこう言った。


「先生、ごめんね。嘘ついた。いつからだろうな、キララが嘘が上手くなったのは。一年間先生のお陰で楽しかった。先生に出会えて幸せだった。ありがとう。」


そのまま君は、この窮屈な世界から抜け出すように大空目掛けて飛び込んだ。

 その直後、車の衝突音のような、物凄く大きな音がした。僕はずるい人間だ。だからその場から動くことが出来なかった。

 そして、僕は気付いた。君に追いつけていなかったことに。自分の都合の良い方に物事を図っていたことに。僕は君の名前を叫んだ。叫ぶことしか出来なかった。僕が君を嘘吐きにしてしまった。

 そして僕は、僅かな望みや可能性を信じて。


「君は助かる。君は生きなきゃ駄目だ。だって、人生の素晴らしさをまだ知らないだろ?吉川さん、大丈夫だよ。先生が守るから、助けるから。だれが何と言おうと僕は君の味方だよ!」


何の根拠もないその言葉を発していた。

その後すぐに他の先生方が吉川さんのもとに駆けつけたのか、下から声が聞こえてきた。僕のもとにも、数名の先生方が駆けつけてきた。先生方は、何も言わずに僕の肩を叩いた。きっと、あの時の光景を見ていたのだろう。僕はその先生方に連れられて職員室に入った。

 どうやら、生徒たちは保護者と共に早めに下校するように促されているようだ。僕は、最後に担任のクラスの子供達に会うことが出来なかった。いや、合わす顔がなかった。

 それから、間もなくして救急車や警察の方がやって来た。僕は応接室で警察に事情聴取を受けた。正直、あの時の状況を上手く説明出来なかった。だから、僕の後に事情聴取を受けた、他の先生方が遠目から見た状況を細かく説明して下さったようで、この日、僕がこれ以上話を聞かれることはなかった。

 その日の職員室で過ごした時間は、とても長く感じた。そして、とても重い時間が流れていた。

 そんな時だった。職員室のドアが開いた。警察の方が校長先生を呼んだ。校長先生は、職員室から校長室に入った。そして、割と早く戻って来て、警察官が職員室を出てから、震えた声で、


「吉川さんが、亡くなった…。」


っと言った。その一言で、一瞬場が固まった後、卓球部の顧問、河岡先生が、


「何でだよ!キララ、嘘だよな?」


っと言った後、言葉に詰まったように下を向いた。普段から弱さを見せない河岡先生のそんな姿を初めて見た。僕は職員室の空気に耐えられず、自分に向き合う覚悟を決めるために教室に向かった。

 僕のせいだ。僕が、忙しいことを理由にして、吉川さんの本当の気持ちに気付けなかった。気付いていたら、何て考えても、遅い。

 自分が許せない。


「君を助ける。」


そう決めたのに。約束したのに。僕は、駄目な大人だ。

 教室に着きドアを開ける。僕は目を疑った。そこには、矢沢くんが目を赤くして、自分の席に座っていた。


「先生、ごめんなさい。キララは、僕のせいで飛び降りたんだ。僕、キララに酷いこと言っちゃった。僕、自分に都合の良いことばっかりで…。もっと早くキララのこと先生に相談するべきだった。」


っと言った。彼は、必死に泣くのを我慢しているようだった。僕は、彼を抱きしめて、


「矢沢くんのせいじゃない。大丈夫。此処からは、大人の仕事だ。矢沢くんはリュウセイくんの側に居てあげて。」


っと言った。僕は自分が情けない。僕がやるべきことは一つだ。教師として、一人の大人として生徒を子供達を守ることだ。

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