母との思い出
私の名前は吉川輝星。この名前の由来は何度もママから聞いた。一番星だ。夕方、空を見上げた時、最初に見える星のこと。私が産まれた日、ママはそれを見たらしい。そして、ふと、キララという名前がママの頭に降ってきた。まるで星のように。
ママは私のお姉ちゃんの名前、吉川麗良という名前も付けた。春うららという言葉から名付けたらしい。ママが好きな言葉だ。春の空が晴れていて穏やかな様子。という意味だ。この二つの名前を気に入っているママは、私達姉妹に、
「私じゃなくて自分のことは下の名前で呼びなさい。」
っと謎の教育をした。だからキララは自分のことを未だに、キララという。
ママは他にも、キララ達が悪さをして叱った後には必ず抱きしめて、
「泣きたいだけ泣きなさい。人は泣いた分だけ強くなって、笑った分だけ優しくなれるから。大丈夫。後悔しない人生にしなさい。」
っと誰も知らない独自の価値観を持っていた。一言で言うと、心が温かくて優しい人だった。
そして、料理が上手でキララ達の誕生日やお祝いの日は、毎回ケーキを作ってくれた。ママの料理は愛に溢れていた。
一方で、パパもキララ達やママのことを愛してくれた。パパの両親、つまり、キララとお姉ちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんは、パパが小学生の頃に亡くなったらしい。だから他に親戚のいなかったパパは、養護施設で育った。どうやらママも同じ施設で育ったらしいけど、詳しい理由は知らない。パパは、同じように養護施設で育った子供達に、希望を与えるために会社を立ち上げた。その会社は見事に成功した。社会で成功するのに、家庭環境は関係ないないと証明した。そして毎日、忙しなく働いている。それなのに、キララとお姉ちゃんに寂しい思いをして欲しくないとママと話し合って、どんなに仕事が忙しくても、毎日ちゃんと家に帰る。というルールを決めた。不器用なパパは、絶対にキララ達には言わなかったけど。ママがこっそり教えてくれた。
そして、パパは仕事の帰り道、ママには内緒で、毎日キララ達のお菓子を買ってくれた。だから、キララはパパが帰って来るのが毎日、楽しみだった。今日は何のお菓子だろうと考えるのは、とてもワクワクしたから。でも、ママに隠れて食べるのは大変だった。だから姉妹で協定を結び協力した。こういう時だけ知恵が働く子供だった。
キララが五歳になったある日のことだった。お姉ちゃんが部屋で食べたお菓子のゴミを捨て忘れたため呆気なくバレた。お姉ちゃんはパパにそっくりで不器用な所がある。キララが捨てていれば良かったと後悔した。そしてお姉ちゃんはママから取り調べを受けた。最初は、誤魔化そうと頑張っていた。しかし、それには限界があった。とうとう、キララも容疑者になってしまった。その日の夜、ママはパパに、
「おかえり。どうせ今日も子供達にお菓子買って来たんだよね?出しなさい。」
っと言った。パパは、
「ごめんなさい。子供達が喜んでくれて、パパ大好きって言ってくれるから、毎日買って帰っていました。許してください。」
っとお菓子を出して土下座した。キララはかっこ悪いパパの姿を初めて見た。ママは、
「何度も言ったよね。お菓子は私が買うから、パパは買わないでって。約束したよね。パパはすぐ子供達を甘やかしすぎ。」
っと怒鳴った。その日一日ママはパパと口を聞かなかった。しかし、ママは寝たら忘れるタイプの人なので翌日の朝には自然と仲直りしていた。パパがお菓子を買ってくれなくなるのは悲しかったけど、ママとパパが喧嘩する方がもっと悲しいので仲直りしてくれて安心した。
キララはそんなちょっと頼りないパパとパパにそっくりなお姉ちゃん、そしてママの笑顔が大好きだった。これからもそんな家族がキララが大人になるまでずっと側にいてくれる。そう信じていた。
しかし神様は意地悪だった。きっとその日からカウントダウンは始まっていた。お姉ちゃんの誕生日までの。その数日前、ママが突然、
「麗良の誕生日何かサプライズしたいんだ。パパが玩具は買ってくれるから、それ以外で。あっ、そうだ。当日までパパにも内緒にしよう。パパは嘘が下手だし、丁度良いや。それで、十歳ってめでたい感じがするから、いつもより豪勢にしたいんだけど。輝星、一緒に考えてくれない?」
っとキララに聞いた。キララは、
「いいよ。そのかわり、キララが十さいのたんじょう日もごうかにしてね。」
っと言った。ママは、
「もちろん。それで輝星、何か案ある?」
っと聞いた。キララは少し考えて、
「うーん。あっそうだ。おへやを、おねえちゃんのすきなもので、ぜんぶかざりつけて、かわいくしようよ。」
っと言うとママは目を輝やかせて、
「良いね。じゃあ何日かかけて、輝星の幼稚園帰りに買い出し行こう。」
っと言った。どうやらお姉ちゃんが学校に行っている間を利用するみたいだ。
お姉ちゃんの喜ぶ顔が早く見たい。自分の誕生日ではない誕生日がこんなにも楽しみだったのは産まれて初めてだ。幼稚園に入園する前のキララだったらお姉ちゃんだけが特別扱いされるから、自分の誕生日以外楽しみではなかった。でもキララはもう今年で六歳になる。来年には小学生だ。だからもう泣かない。泣くのは赤ちゃんと一緒だ。
それから、お姉ちゃんの誕生日まで日が経つのはあっという間だった。順調に準備は進んだ。いよいよ今日は誕生日の当日だ。幼稚園から帰って家に入ると驚いた。ママはキララが幼稚園に行っている間に家の飾り付けを全部してくれていた。だから、後はケーキやお姉ちゃんが好きなエビグラタンの材料を買ってママと一緒に作るだけだ。
幼稚園の制服から私服に着替えると、早速近所のスーパーに向かった。子供乗せ電動自転車にキララは乗せられた。そしてママが、
「時間がないから、急ごう。」
っと言うと物凄いスピードでいつも通る道を進んだ。だからスーパーマーケットに着くのはあっという間だった。材料を無事に買った帰り道のことだ。いつも通り交差点に差し掛かった。交差点は確かに青信号だった。だから、ママは自転車を漕ぎ続けた。しかし、キララは左側からスピードを落とそうとしない自動車が、真っ直ぐ迫って来るのに気が付いた。キララは、
「ママ、あぶない。」
っと叫んだ。
"ドーンッ。"
どうやら間に合わなかったようだ。この瞬間まるで時がスローモーションになった。自転車が空を飛んだ。ママは更に飛ばされている。キララは手を伸ばした。ママの手を掴める。そう想ったのに、時が経つ速度が急に元に戻ってしまった。そしてあっという間にキララは自転車ごと地面に叩きつけられた。
-あぁ。もうキララはしぬのか。ママだいじょうぶかな。おねえちゃんごめんね。おねえちゃんのたんじょう日かい、きょうできなくなちゃった。-
そんなことを考えながら目を閉じた。もう目を開くことはないと覚悟した。
しかし、キララは目を開いてしまった。すると目の前には知らないお姉さんがいて、
「輝星ちゃんわかる?ここ病院だよ。先生呼んで来るからちょっと待っててね。」
っと言った。キララは体を起こして周りを見渡したかったけど、体が動かない。そうだ。キララは事故に遭ったんだ。間もなくして、今度はお兄さんがやってきた。
「輝星ちゃん、心臓の音聞かせてね。」
っと言うと服の中から聴診器を入れた。そして、
「輝星ちゃん。大きな怪我しちゃったんだ。だから治るまで時間がかかるけど、先生と一緒に頑張ろうね。」
っと言った。キララは、
「ママは、どこにいるの?」
っと聞いた。どうやら声は出るようだ。先生は、
「今は会えないんだ。ごめんね。」
っと言った。そして話を変えて、
「輝星ちゃんはね、事故に遭ってから一週間くらい寝てたの。混乱するよね。大丈夫。パパに輝星ちゃんの目が覚めたこと連絡するね。」
っと言うと部屋から出ていた。キララは情報が整理出来ずにいた。事故に遭ったことしかキララは知らないから。
それから何時間も動けないため、ずっと暇だった。多分、夕方くらいの時間なって、お姉ちゃんがやってきた。キララは安心してお姉ちゃんを見つめた。なのにお姉ちゃんは、
「キララ。なんであんたが助かったの。よくもウララのたん生日、めちゃくちゃにしてくれたね。あんたのせいでママが死んだ。キララが死ねばよかったのよ。」
っと言うと、泣きながら部屋を出て行った。ママが死んだ?訳がわからなかった。キララはお姉ちゃんを喜ばせたかっただけなのに。その日の夜は、泣いて過ごした。途中で看護師のお姉さんが気付いてくれて、キララが寝るまで側にいてくれた。
次の日、レンがお見舞いに来てくれた。どうやらお母さんにお願いして一人で来てくれたようだ。レンは幼稚園の頃から大人びていた。そして、
「キララ、めがさめてよかった。これおみやげ。」
っと言って手紙をくれた。
「ぜんぜんよくないよ。キララのせいで、ママがしんじゃったんだから。」
っとまた泣いた。レンは、
「キララのせいじゃないよ。」
っと言ってくれたが、その言葉を信じられなかった。今でも、キララのせいだと思っている。そんなキララの側にレンだけはリハビリの時も小学生になった時もいてくれた。
一方でキララのパパは一度もお見舞いに来てくれなかった。どうやら、ママが死んだことを受け入れられないようだ。あの事故でキララはヘルメットやシートベルトをしていたから、何とか助かった。でもママは車が衝突した部分がママが座っている所に近かったことと、かなりの距離を飛ばされて打ち所が悪かったため亡くなった。自動車の運転手はどうやら飲酒運転だったらしく、運転中に寝てしまいぶつかってしまったようだ。その犯人も打ち所が悪く亡くなってしまった。だから抑えられない怒りをぶつける相手がいなくなってしまったパパはキララを悪者にした。
お姉ちゃんが自分の呼び方をウララから私に変えたのはキララが退院してからだ。きっとキララへの当て付けだろう。
その一年後パパはパパの会社の秘書だった女の人と再婚した。何故パパが再婚したのかは、キララも知らない。その秘書が今のキララとお姉ちゃんのお母さんでリュウくんの本当のママだ。
ここまで話終わると丁度、観覧車が一周した。キララは、
「リュウくん本当にごめん。ママがリュウくんと違うことも黙ってた。リュウくんに嫌われたくなかった。」
っとまた謝った。そして観覧車を降りようとすると、リュウくんが、
「キララちゃんのせいじゃないよ。ぼくはキララちゃんのこと、ずっとだいすきだよ。ママがちがっても、ぼくたちは、きょうだいでしょう。ぼくのママはパパとけっこんしたから、ぼくがうまれたんでしょう?」
っと聞いた。キララは、
「そうだね。」
っと頷いた。リュウくんは、
「キララちゃんもぼくのことすき?」
っと質問した。キララが、
「もちろん!大好きだよ。」
っと言うとリュウくんが嬉しそうな顔をして、
「これからはキララちゃんが、パパとママにいじめられたら、ぼくがキララをまもるから。あんしんしてね。」
っと随分たくましいことを言った。キララは笑顔でリュウくんの頭を撫でた。こうして午後六時頃には、僕達の住む街に帰った。キララの家に置いていた学校の鞄を持って、自分の家に帰った。
僕は、大事なことを忘れていた。今日無断欠勤をしたことだ。家に帰ると両親や和田先生がいた。僕は、
「ごめんなさい。」
っと頭を下げた。すると、お母さんが僕を抱きしめた。お父さんが、
「心配したんだぞ。もう少しで警察に連絡する所だった。どこにいたか言いなさい。」
っと怒鳴った。僕は、
「言えない。」
っと言った。この状況で嘘は吐きたくなかったし、かと言ってキララの名前を出してキララに迷惑をかけたくなかったから。お父さんは、
「こんなに先生や親を心配させて、何でそんなことが言えるんだ。大人に言えない理由はなんだ!」
っと更に怒鳴った。すると先生が、
「お父さん落ち着いて下さい。彼は今まで無断欠勤をしたことは有りません。だから、彼なりの事情があったのかも知れません。明日、僕が学校で今日の理由を聞きます。」
っと言った。嫌な予感がする。正直明日も休みたい。しかし、これ以上両親に迷惑をかける訳にはいかない。そうだ。今日、みたいに何も話さなければ嘘にはならない。大丈夫、上手くいくそう自分に言い聞かせた。




