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登校

「おはー」

「おはよ」

「おはよー」


 同じ制服を着ている生徒が増え始めた通学路には、朝から元気な声、まだ眠たそうな声、色々な声が聞こえてくる。


「亜里沙ちゃん、スズちゃんおっはよー」


 少し鼻にかかった声に後ろを振り返る。

 髪の毛を二つにまとめ、少し大きめの銀縁メガネを掛けた遥乃が手を振っていた。


「ハルちゃんおはよー」


 私も手を振り返しながらハルちゃんの方に少し歩み寄る。

 クセの強い髪の毛は二つにまとめると何もしなくてもカールを巻いた様にクルクルとまとまる。細くてしなやかな髪の毛は太陽にさらされるとほんのりと茶色に輝く。

 直毛で量も多く、まったく言う事を聞かない私の髪の毛とは正反対で幼稚園の頃は羨まし思っていた。プールの授業の後なんかは今でもそう思う。


「おはよ」


 亜里沙は笑顔でそこで立ち止まり遥乃が追いつくのを待っていた。 

 遥乃が追いつくと三人は一緒になって歩き出す。 


「いつ見ても羨ましい」


 私はハルちゃんの髪を毛先の方から何回か持ち上げる。その度にバネみたいにフワリ、フワリと揺れる。新発売のコンディショナーのいい香りがして鼻が引き寄せられる。


「ちょっと近い、近い」


 遥乃はくすぐられた様に首を曲げ、少し身をかわす。


「逃げるなこのー」


 私より少し背の小さいハルちゃんに抱きついて、髪の毛に鼻を突っみフンスカ、フンスカと鼻を鳴らす。


「朝から元気ね」


 キャッキャと笑う二人を見て亜里沙は言葉をこぼす。


「アリちゃんも混じる?」


 私の言葉にアリちゃんは苦笑いを浮かべて首を横に振る。低血圧のアリちゃんの朝は遅い。お昼前ぐらいからアリちゃんの朝は始まる。


「ハルちゃん、今度は同じクラスになれて良かったね」


 ハルちゃんは場面場面でコロコロと感情が変化するので一緒にいて楽しい。

 私達の学校では一年生から二年生に進学する時にクラスの入れ替えがあり、二年生から三年生に進学する時は受験の影響を考えてかそれほど行われない。

 学力というよりは人間関係を考慮して行われるらしい。良い学校生活が送れられれば成績もそれに準じて向上する。創設当初からの教育方針に基づいてのこと。

 そこまでガチガチの進学校というわけでは無いので、ある程度は生徒の自主性を重んじて、伸び伸びとさせるというのは高校生活を一年経験してからも感じる。

 そのため校則に関してもある程度は緩さがある。


「私とスズちゃんが一緒のクラスにならなかったら先生達の目は節穴だ!って怒るところだったわよ」

「でも、ハルちゃんは友達多いから先生も迷ったんじゃ無い?」

「八方美人って言いたいの?」

「そうやって意地悪する」

「意地悪なんてする訳ないじゃない。ダーリンの可愛い愛娘に対して」


 ハルちゃんは小さく首を振り私に笑いかける。私は歯を見せてイーッと返す。それを見たハルちゃんもイーッとする。


「ダーリン…?」


 亜里沙は二人に問いかける。二人は歯を見せたまま、声がした方に顔を向ける。その顔に亜里沙は少し目を見開きクスクスと笑う。

 つられて私達も笑う。


「アリちゃん気になっちゃった?」

「うん」

「だよね」


 そのまま聞き流してほしかったけれどしょうがない。


「ダーリンってパパの事なの」

「そう、私のダーリンはスズちゃんのパパ」


 食い気味に遥乃が言葉をのせる。


「パパがダーリン?」

「気にしないで、ハルちゃんの病気みたいなものだから」


 私の家族の前ではちゃんとおじさんと呼ぶのに、それ以外の時はパパの事をダーリンと呼ぶ。マンガやアイドルの推しみたいな感覚だと思うのだけれども、それを聞かされる娘の気持ちにもなってほしい。


「病気じゃ無いわよ。私は至って正常よ」


 遥乃は頬を膨らませる。


「それより、パパの事をダーリンて言うのやめてよね」


 遥乃はきょとんとした顔をした。


 えっ!そんな顔するの?

 初めて聞いたわけじゃ無いのに、そんな顔するなんて衝撃的。


「何で?」

「何でって…」

「分かってるよ、お鈴にとってはパパ。お鈴のお母さんにとっては愛する夫」そう言うと胸の前で手を組む「でも、私にとってはダーリンなの」

 太陽に向かって言葉を飛ばす。


 そのキラキラした横顔に、私の口は開いたまま言葉が出ない。手はパタパタと空を掴む。

 ハルちゃんはこの会話になると大体こんな感じになる。こうなった時のハルちゃんは妄想を膨らませやすい。


 何て考えていると、急に普段の顔に戻る。


「もう慣れたでしょ?」


 あっ、現実世界に帰ってきた。今回はお早いお帰りで安心しました。


「またかって感じかな」


 それを慣れたっていうのかもしれない。


「ダーリンは私のファーストキスの相手なのよ。あの時からダーリンはダーリンなの」


 ファーストキスといっても幼稚園の時にハルちゃんはパパに抱きついてホッペにキスをしていた。私はパパの髭が嫌いだったからしなかった。娘にやってもらえない寂しさからか、同じヒヨコ組の女の子からの積極的なアプローチに顔を綻ばせていた記憶がある。父親への嫌悪感よりハルちゃんへの、よくやるなーという感情の方が記憶に残っている。


「何でパパなの?」

「優しさの中にある大人の魅力ってやつかしら」

「大人の魅力かぁー。あんまり分からないかも」

「近過ぎて気付かない事もあるからね」

「でも、パパはパパだしね」

「そうよ、ダーリンはダーリンよ」


 亜里沙は急に立ち止まり胸の前辺りで手をパンと叩いた。


「そうだ!私、大統領になる」

「もぉ、日本なら総理大臣でしょ?」

「えー、だって総理大臣っていじめられるイメージでしょ?大統領なら地球外生命体をやっつけたり、ヒーローを歓迎したりってかっこいいじゃない。だからよ」

「そうなのね」

「そして、一婦多夫制、一夫多妻制を成立させるの。そうしたら少子化対策なるじゃない。一人の人を生涯の伴侶とする人はそうすればいいし。私はダーリンの第二婦人になれるじゃない」


 もう、ハルちゃんたら。

 妄想が飛躍しすぎよ。


「ママの気持ちはどうなるの?」

「そこが頑張りどころよ。外堀のスズちゃんはすぐ埋められるじゃない」

「私は反対!」

「私がママになるのは嫌なの?」

「イヤ!」

「このぉー」


 ハルちゃんが私の横腹をくすぐってきた


「ねぇ亜里沙ちゃんはどうかしら?」


 亜里沙を見る遥乃の顔が変わる。


「亜里沙ちゃん?そんな顔をしないで…。ちょっと、ゆっくりと距離を取るのはやめて。………。笑顔が引き攣ってるじゃない。もぉー、私はそんなイタい子じゃ無いから」


「ごめんなさい。情報量が多すぎて朝の私にはついていけないわ」


 亜里沙は左右ののこめかみを右手で掴み、もう片方の手のひらを遥乃に向けていた。

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