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An  作者: 式部雪花々
16/45

第一章 -16-

「ヘックシュンッ!」


びしょ濡れになった服を乾かした後、二人で寄り添うように眠っていると、


倖弥の大きなくしゃみでアンジェルが目を覚ました。


そして、倖弥も自分のくしゃみで目を覚ますと、


懐中時計を出して時間を確認した。




午後4時――。


辺りはまだ明るい時間だが鬱蒼とした森の中はやや薄暗かった。


夜になれば完全に真っ暗になって迷ってしまうだろう。




「アン、そろそろ行こう」




「えぇ」




倖弥とアンジェルは再び馬に乗って走り始めた。






――その頃、アンジェルの失踪を聞きつけたウェッジム王国の王立騎士団が


既にその行方を追い始めていた。


そして、サントワール王国の王室親衛隊もまたウェッジム王国の手前、


倖弥とアンジェルを追わざるを得なかった。




特にウェッジム王国にとってアンジェルは行く行くは“王妃”となる人物して


迎えると言っても同盟の為の“道具”にしか過ぎなかった。


いわば“人質”みたいなものだ。


しかし、その人質であるアンジェルに逃げられては後々不利になると思ったのか、


一刻も早く、どんな手を使ってでも連れ戻そうと考えていた。










倖弥とアンジェルは徐々に暗くなり始めた森の中を走っていた。


日が傾くにつれ、少しずつ視界も狭くなり、スピードを落とさざるを得なくなった。




“早くこの森を抜けたい”




気ばかりが焦っているものの、どうにも思うように進まない。


それでも森の出口を目指して進んでいると木々の間から


月明かりが差し込むようになり、再びスピードを上げて走り出すと、


「ユキ、あれ……っ!」


アンジェルが後方から近づいてくる何かに気が付いた。




「っ!?」


振り返った倖弥は顔を顰めた。




「くそっ! まさかこんなに早く追いつかれるなんて……っ!?」


倖弥とアンジェルが目にしたのは松明の灯りだった。


そして同時に馬の蹄と甲冑の音が聞こえた。


つまりそれは軍隊が近づいてきているという事。


考えられるのはただ一つ……倖弥とアンジェルの追っ手だ。




「ユキ……」


アンジェルは不安そうに倖弥の顔を見上げた。




「アン、少し飛ばすから、しっかり捕まってて」


そう言うと倖弥はさらにスピードを速めた。










やがてようやく森を抜けて荒地に出た。


そこで倖弥がアンジェルを気にして視線を移すと、


アンジェルは両目を固く閉じてしがみついていた。


しかし、これ以上スピードを出せばアンジェルは


振り落とされてしまうだろう。


だが、追っ手との距離も確実に縮まってきている。


倖弥はギュッと唇を噛み締めた。




(アン……ごめん……)




倖弥は覚悟を決め、手綱を引いた。




「ユキ……?」




「……」


倖弥は何も答えずにアンジェルを両腕で強く抱き締めた。


不審に思ったアンジェルは前方に視線を移した。


「……っ!?」


そして思わず絶句した。




目の前に崖が広がっていたのだ。




前方を高い崖と後方を追っ手に挟まれ、逃げ道を失った。


それで倖弥が手綱を引き、馬を止めたのだった。






月明かりと背後から迫って来ていた追っ手の松明の明かりが


倖弥とアンジェルの姿をはっきり照らし出すと


軍隊は二人を取り囲むようにして止まった。




「我等はウェッジム王国王立騎士団です。


 私は団長のアラン=レヴォルと申します。


 サントワール王国第一王女・アンジェル様でいらっしゃいますね?」


先頭にいた人物が倖弥の腕の中で震えているアンジェルに低い声で尋ねた。




「ユキ……」




「アンジェル王女をこちらへ」


そしてアランはさらに低い声で倖弥に言った。




「……ユキ……嫌、嫌よ……」


小さな声で言いながら、震えているアンジェルを倖弥はただ抱き締めていた。




「大人しくこちらへ引き渡さない場合は、強行手段を取るが?」


アランの言葉を合図にウェッジム王国王立騎士団の全員が剣を抜き、弓を構えた。




「さぁ……」


静まり返った荒野にゆっくりと近づいてくる一頭の蹄の音が響いた。




「っ!?」


すると、アンジェルが自分から馬を降りた。




「アンッ!?」


倖弥も慌てて馬から飛び降りるとアンジェルは崖に近づき、


「嫌よっ、どうしても無理矢理連れて行くと言うのなら、ここから飛び降りるからっ」


泣きながら叫んだ。




「アン、やめろ! よせっ!」




「ユキと離れるのは嫌っ! 一緒に居られないのなら死んだほうがマシだものっ!」




アランは眉根を寄せながら王立騎士団に構えている剣と弓を下ろすよう手で合図した。




「……わかりました。アンジェル様がそうまで仰るのでしたら、


 その者と共に我がウェッジム王国にお戻りください」




「アラン様っ!?」


アランの言葉に王立騎士団の団員全員が驚いた。




「よいのだ」


「ですが、しかし……」


「アンジェル様を無事に連れ帰る為だ!」


アランは団員達にそう告げると一人の弓兵に何かを目で合図した。




倖弥はその合図を見逃さなかった。




「とりあえず、武器を捨ててもらおう。何も抵抗しなければ


 おまえにも手荒な真似はしない」


倖弥はアランに言われ、護身用に身に付けていた短剣と


ブロード・ソードを静かに地面に置いた。




「さぁ、アンジェル様、国王様がお待ちです」


それを見届けたアランは馬を降り、ゆっくりとした足取りで倖弥とアンジェルに近づいた。




「アン……、ごめんな……俺がもっと遠くまで逃げてたら……」




「違うわ、ユキの所為じゃない……私が一緒に逃げてって言ったから……」




「……アンジェル……」




「……ユキ?」


アンジェルはまるで永遠の別れのような顔で名を呼んだ倖弥に不安を覚えた。


そしてアランがアンジェルのすぐ傍まで来ると、一人の弓兵が倖弥の左肩を


掠めるように矢を放った。




「く……っ」


倖弥の体がふらつき、後ろに大きく傾いた。




「ユキッ!?」


アンジェルが手を伸ばすと倖弥は左肩を手で押さえ、アンジェルの目の前で


崖から足を踏み外した。




「ユキッ!!」


「アンジェル様っ」


アランは崖に近づこうとするアンジェルの腕を掴み、後ろに引き離した。




「離してっ! ユキが……」


その崖はとても高く、切り立っている。


落ちてしまえば間違いなく助からないだろう。


アランはそれをわかっていてアンジェルにわからないように掠める程度の矢を放つように


一人の弓兵に先程目で合図をし、命じたのだった。




「ユキッ! ユキーーッ!!」


アンジェルはアランに激しく抵抗しながら何度も倖弥の名前を呼んだ。




「ユキーーーーーーーーッ!!!」


アンジェルの泣き叫ぶような声が響き、その声は倖弥の耳にも届いた。


その瞬間、倖弥はあの日と同じ様に青白い光りに包まれた。




(あ……)




そして、体が消える直前に木の枝に右手首が引っ掛かり、バングルが外れた。




(……アンジェル……ごめん……)




倖弥の体が完全に消え、残されたシルバーのバングルだけが下へ下へと落ちていった――。

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