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An  作者: 式部雪花々
13/45

第一章 -13-

――翌日。


倖弥の部屋に朝早くリシャールが訪ねて来た。




「昨日の出兵の話なんだが……」




「は、はい」


部屋に入るなりすぐに口を開いたリシャールに倖弥はごくりと息を飲んだ。




「国王様の命令により、ユキヤの出兵の話は無くなった」




「えっ?」


倖弥は昨日、リシャールから援軍として戦争に行く事になるかもしれないと言われ、


前線に出て戦う事も覚悟をしようとしていた。


しかし、たった今リシャールの口から出た言葉はそれを撤回する内容だった。




「昨日、アンジェル様が国王様にユキヤを戦争に行かせないで欲しいと懇願したそうだ」




「アンが?」




「あぁ、今のところアリズフォール共和国軍と我が軍の方が優勢である事と、


 滅多なことでは国王様に願い事などを申し上げないアンジェル様の頼みという事で


 国王様もそれならばと、聞き入れたそうだ」




「そうですか……」




(アンが……)




「アンジェル様は今回の戦争の事でとても沈んでおられる。


 そんな不安な時期にユキヤまで自分の傍からいなくなってしまうのが


 耐えられなかったのだろう。元気付けて差し上げてくれ」


リシャールはそれだけ言うと倖弥の部屋を後にした。






そして朝食を摂ろうと倖弥が食堂に向かっていると、


廊下でアッシュに呼び止められた。




「今、ちょうどユキヤの部屋に行こうと思っていたんだ」




「ん? 何か用か?」




「あぁ……実は、俺、援軍に行く事になったんだ」




「……え?」




「まぁ、だからそのー……元気でって、それだけ言いたくて」


それはまるで別れの言葉のようだった。




“もう生きては会えないかもしれない”




倖弥の頭にそんな考えが過ぎった。




「な、何言ってんだよっ! バカッ!」


倖弥はつい乱暴な口調で言ってしまった。




しかし、アッシュはそんな倖弥に


「アンジェル様の事、頼んだぞ」


と真顔で返した。


だから倖弥も思わず真顔になった。




「……絶対、生きて帰って来いよ」


倖弥はそう言うと胸ポケットから純銀製の綺麗な装飾が施された懐中時計を出し、


アッシュの手に握らせた。


それはアンジェルの護衛役に就いた時にサントワール国王から贈られた物だった。




「こんな大事な物……」


アッシュはその懐中時計を倖弥がとても大切にしていたのを知っている。


受け取るのを拒み、慌てて倖弥に突き返そうとした。




だが、倖弥がそれを手で制した。


「バカ、誰がやるって言った? 預けるだけだ。


 戦場で時間がわかんないと困ることもあるだろ?


 ……だから……帰って来た時に返してくれ」




「お、おぅ……」


乱暴だが精一杯の強がりで送り出そうとしている倖弥にアッシュは小さく笑った。




そして、アッシュ達援軍の兵士がアリズフォール共和国に向けて城を出たのは翌日の事だった。










それから更に一週間が過ぎ、ウェッジム王国軍はアリズフォール共和国から撤退をし、


援軍に出ていた兵士達も城に戻る事になった。




「アッシュは無事かしら……?」


アンジェルはそわそわした様子で私室から窓の外を眺めていた。


そして倖弥もまたアンジェルと同じ気持ちだった。


倖弥とアンジェルの元にはまだアッシュが戦死したという情報が届いていない。


しかし、無事だと言う情報も入って来ていなかった。






――やがて……、




空が茜色に染まり始めた頃、アンジェルの部屋の窓から


サントワール王国軍の行軍が見えた。




「アン……あれっ!」


「えぇ」


倖弥とアンジェルは顔を見合わせた。


二人が城門に出ると王室親衛隊No.2のアンドレ=オルレアンや他の兵士達も出てきた。




先頭のリシャールの姿が見えると倖弥達は右拳を左胸に当て、敬礼で迎えた。


無傷の兵士や軽傷の兵士は馬に乗っている。


その中にアッシュの姿はない。




「ユキ……アッシュが……いない……」


アンジェルはアッシュの姿を見つけることが出来ず、声を詰まらせた。




「大丈夫だ。あいつはきっと、大丈夫」


倖弥は敬礼をして前を向いたままアンジェルに言った。


しかし、それは自分自身にも言い聞かせているようだった。


そして隊列の最後尾、怪我を負った兵士達が乗っている幌馬車の中に


アッシュの姿はあった。




「いたっ! アッシュ!」


倖弥はすぐに幌馬車に駆け寄った。


アッシュは倖弥の声に反応し、微かに目だけを向けた。


その様子を見たアンジェルはとりあえずアッシュが戻ってきたことに


ホッとして涙を流した。






幌馬車は城の裏側に回り込んだところで停まり、中にいる怪我人達はすぐに医務室に運ばれた。




「アッシュ、大丈夫か?」


「アッシュ……」


倖弥とアンジェルが声を掛けるとアッシュは苦しそうに目を開けた。


王室専属の医師の話によると致命傷となる傷はなく命に別状はないという事だった。


しかし、傷の数があまりに多く、数週間の安静が必要との事だった。




「約束通り、生きて……帰ってきた……」


アッシュはそう言うと傷が痛むのか顔を歪めながら笑った後、


「ユキヤ……これ……」


と、ずっと大事そうに手に持っていた物を倖弥に渡した。


それは倖弥がアッシュに預けた懐中時計だった。




「こいつを……懐に入れてたおかげで、助かった……」


懐中時計の蓋には矢が刺さった痕があった。


辛うじて貫通まではしておらず、アッシュに預けた時よりも


随分傷が増えているものの、今も時を刻み続けていた。




「ユキヤが言ったとおり、戦場だと時間わかんなくてさ……」




「……バカ」


倖弥は懐中時計と一緒にアッシュの手を握り、苦笑いしながら呟くように言った。




その目には薄っすらと涙が滲んでいた――。

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