第一章 -12-
それから一週間が経ち、倖弥とアンジェルはバードフィーダーに集まってくる
小鳥達とも遊ぶようになった。
最初こそ小鳥達が警戒して、なかなか倖弥やアンジェルに近づこうとしなかったが、
今では手や肩に乗って遊んだりしている。
とても平和で穏やかな時間がサントワール城に流れ、
倖弥もアンジェルもそれがいつまでも続くと思っていた。
(こんな日々がずっと続くのなら、元の世界に帰れなくてもいい……)
しかし、その穏やかな日々は長くは続かず、少しずつ崩れ始めていった――。
サントワール王国の南に位置するウェッジム王国がサントワール王国とも
親交が深いアリズフォール共和国に領地拡大の為の戦争を仕掛けてきたのだ。
当然、サントワール王国からもアリズフォール共和国に向けて援軍を送る事になり、
城に残った兵士の数は半分以下になってしまった。
「こうして、ユキと一緒にいると隣国で戦争が起こっているなんて嘘みたい……」
いつもより静かな城の中、倖弥と一緒に私室にいたアンジェルが
窓の外に視線を移し、遠くを見つめながらポツリと言った。
その表情はとても不安に満ちている。
「そうだな……」
そして倖弥もアンジェルと同じ様に窓の外を見つめた。
ウェッジム王国が直接サントワール王国に攻め込んで来る事はないものの、
予断を許さない状況下にあるからだった。
数日後、ウェッジム王国軍が一時的にアリズフォール共和国から撤退し、
サントワール王国から援軍に向かっていた兵士が城に戻ってきた。
しかし、そのほとんどは怪我をし、中には屍となって戻ってくる者もいた。
(これが……戦争……)
倖弥は痛みで顔を歪め苦しんでいる兵士達を目の前にし、
戦争の恐ろしさを肌で感じていた。
そうして二週間が過ぎた頃――、
再びウェッジム王国がアリズフォール共和国に攻め込んだという情報が入り、
その日の内に緊急に軍議が開かれた。
軍議には倖弥も参加していた。
王室親衛隊長のリシャールが呼んだのだ。
「ユキヤは戦に出たことはあるか?」
リシャールにそう尋ねられ、倖弥はとんでもないといった顔で首を横に振った。
「日本では……あー、いや、俺がいた時代の日本ではこういうレイピアとか
持ってるだけで捕まるし、戦争とかそういうのがない時代なんで……」
「では、人を斬った事がないのか?」
リシャールはやや驚いた様子で言った。
「はい、人を斬ったりしたらそれこそ捕まりますから」
倖弥の言葉に軍議に参加していた誰もが驚いた。
「そうか……」
リシャールはそう返事をすると少し考え、
「だが、今回はユキヤにも戦いの場に立ってもらうことになるかもしれん」
と言った。
「え……?」
倖弥はまさかそんな事を言われるとは思っても見なかった。
いくら賊からアンジェルを守ったと言っても、その時は剣で傷つけたりはしていない。
戦争などといった実戦経験もまるでない。
戦の場でまったく役に立たないと自分で思っていたからだ。
そして、その話はすぐにアンジェルの耳に入った。
軍議が終わった後、倖弥が他の兵士達と共に食堂で昼食を摂っていると、
アンジェルが血相を変えて食堂に入ってきた。
「ユキ、本当なのっ?」
倖弥は突然のアンジェルの“乱入”に驚いた。
「戦争に行っちゃうって本当っ?」
「あ、いや……そういう事になるかもって話で、まだ正式には……」
倖弥は少したじろぎながら答えた。
すると、アンジェルはすぐにまた食堂を飛び出して行った。
――その夜。
「ねぇ……ユキ、お願いがあるの」
アンジェルの就寝時間が近づいた頃、アンジェルが不安そうな顔で口を開いた。
「……私が眠るまで傍にいて?」
「え、でも……」
昼間の事もあり、倖弥はアンジェルの口数が減っている事が気になっていた。
しかし、さすがにそれは問題ではないか? と、思ったのだ。
「ユキヤ様、私達からもどうかお願いします」
すると、いつもは決して倖弥とアンジェルの会話に入ってこない
侍女達もそう言って口を開いた。
「……う、うん……わかった」
倖弥は何か理由があるのだと思い、とりあえずそう返事をした。
「ユキ、どこにも行かないでね?」
アンジェルはベッドに入るとそっと倖弥に手を伸ばした。
“アンジェル様はとても不安に思っていらっしゃるのです”
それはアンジェルがベッドルームで着替えている時、隣の部屋で待っていた倖弥に
侍女が言った言葉だった。
戦争が始まってからアンジェルの元気がなくなっているのは倖弥も気になっていた。
(アンは俺が思っている以上に不安なのかもしれない……)
倖弥はアンジェルの手を握り、優しく微笑んだ。
「大丈夫、アンが眠るまでこうして手を繋いでてあげるから」
「ユキの手、温かい……」
アンジェルは倖弥の手に触れると安心したように目を閉じた。