第一章 -11-
――倖弥がサントワールの城に来て一ヶ月が過ぎた。
朝は早朝に起きて剣の稽古、午前中は他の兵士達から剣以外の武器の扱いや
馬の乗り方等を教わり、昼過ぎからアンジェルと共に過ごし、
アンジェルの就寝時間まで一緒にいて倖弥の一日が終わる……、
それがだいたいのサイクルになっていた。
そんなある日、アンジェルの部屋でいつものように
二人で過ごしていると、ベイウインドウに小鳥が舞い降りて来た。
全体が水色で頭が白い可愛らしい綺麗なインコだ。
「わぁっ、可愛いっ」
アンジェルはそっと立ち上がり、そろりそろりと小鳥を
脅かさない様にベイウインドウに近づいた。
「おいで……あっ」
しかし、アンジェルがそっと手を伸ばしたところで小鳥は飛んで行ってしまった。
「行っちゃった……」
アンジェルは残念そうに小鳥が飛んで行った方を見つめた。
「きっと、また遊びに来るよ」
「でも、この近くには森もないし、小鳥達がここに来る事も
あまりないわ……」
「アン、小鳥好きなの?」
「えぇ、好きよ」
アンジェルはにっこりと笑って答えた。
「じゃあ、またきっと来るよ」
すると、倖弥は柔らかい笑みを浮かべた。
――翌日、早朝の訓練を終えた後、中庭で何か作業をしている倖弥に
アッシュが声を掛けた。
「ユキヤ、何やってんだ?」
「ん? あぁ、バードフィーダーを作ろうと思って」
倖弥とアッシュは出会いこそ最悪な印象だったが、今では兵士達の中で
一番仲良くなっていた。
「バードフィーダー? なんでまた?」
「アンがさ、小鳥が好きだって言ってたからバードフィーダーを作って、
アンの部屋の下に置いておけばいろんな小鳥達が遊びに来るかなー? って」
「へぇー、どんなの作るんだ?」
「あ、そこに設計図がある」
倖弥は鋸を挽きながら顔だけを横に置いていた設計図に向けた。
それは昨夜、倖弥が遅くまでかかって書き上げたものだった。
「おー、結構本格的じゃん」
「そうかー? 本当はもっと凝ったのを作りたいとこなんだけど
俺の工作技術が追いつかないっぽい」
「だけど、これだって十分アンジェル様は喜んでくださると思うぞ?」
アッシュはそう言ってガンビスンを脱ぎ、シャツだけになると、
「俺も手伝うよ」と腕捲りをした。
アッシュの手伝いもあり、昼過ぎにはバードフィーダーが完成した。
「アッシュ、ありがとう。おかげで予定より随分早く出来たよ」
「いやいや、こんなの御安い御用だよ」
そして、アンジェルの部屋の下にバードフィーダーを設置した後、
二人でかなり遅い昼食を摂っていると、
「ユキ?」
廊下からアンジェルの声がした。
「ユキ? どこにいるの?」
二人で夢中になってバードフィーダーを作っていた為、
アンジェルの侍女がいつも呼びに来る時刻をとっくに過ぎていた。
それでアンジェルが倖弥の事を捜しているのだ。
「アン、ここだよ」
倖弥は慌てて食堂のドアから顔を出した。
「お部屋にいないからどこに行ったのかと思っていたら……
そんなところで何をしているの?」
「あー、えーと……昼飯食ったらすぐそっちに行くから、
ちょっと待ってて?」
「え? 昼食まだ摂っていなかったの?」
「うん、ちょっとね……後でちゃんと話すから」
倖弥はそう言うニッと笑った。
昼食を済ませた後、倖弥はすぐにアンジェルの部屋に向い、中庭に連れ出した。
「こっち、こっち♪」
「ユキ、一体どこへ行くの?」
アンジェルは少し強引に手を引かれながら歩いていた。
「ユキヤ様、どちらへ?」
アンジェルの侍女達も慌てながらその後ろをついて来ている。
そして、その様子をククッと笑いながらアッシュが一番後ろからついて来ていた。
「アン、これをこの上に撒いて」
倖弥はそう言うと厨房で貰ってきたパンくずや野菜くずの入った器を
アンジェルに手渡した。
「こ、こう?」
アンジェルは倖弥から器を受け取り、バードフィーダの上に
パラパラと撒いた。
その後に水が入った浅い長方形の器をアッシュが置くと、
「これ、なぁに?」
アンジェルは目の前の物体に首を捻った。
「一応、バードフィーダー……の、つもり」
倖弥は頭を掻きながら言った。
「アッシュと二人で作ったんだ。あんまり凝ったものは出来なかったけど、
ここに餌とか水とか置いておけば小鳥がいっぱい遊びに来るかなー?
っと、思って」
「まぁっ、すごい……素敵っ! ユキ、アッシュ、ありがとう!」
アンジェルは両手を胸の前で組み、とても嬉しそうな顔をした。
そして喜びのあまり思わず倖弥に抱きついた。
「え……っ!? ちょ……アンッ!?」
予想外のアンジェルのリアクションに倖弥はもちろん、
その場にいたアッシュと侍女達まで固まったのは言うまでもない――。