第一章 -10-
「失礼致します。アンジェル様、ユキヤ様、夕食の準備が整いました」
倖弥がアンジェルの部屋で時間が経つのも忘れて話していると
侍女が二人を呼びに来た。
「えっ!? もうそんな時間?」
窓の外はもう暗くなっていた。
倖弥は自分が思っていたより随分時間が経ってしまっていることに驚いた。
「じゃあユキ、行きましょう」
「え、俺も?」
「えぇ、そうよ」
「でも、俺、アンの護衛だし……一緒に食事はさすがにマズいだろ?」
「そうだけど“話し相手”でもあるのよ?」
アンジェルは少しだけ上目遣いになった。
「うん……まぁ、そうだな」
倖弥はその表情にドキリとし、戸惑いながらも
そのままアンジェルの後ろについて行った。
ダイニングルームに向かう途中――、
「あ……」
謁見室の扉の前にいる兵士が倖弥の顔を見るなり小さく声をあげた。
「ん?」
倖弥はその声がした方に視線を向けた。
すると、その兵士がいきなり倖弥に殴りかかった。
「……なっ!?」
しかし、倖弥は瞬時に身をかわし、兵士の腕を取りながら
同時に自分の足を兵士の足首に引っ掛けて倒した。
そして腹部に拳を入れた。
「てめぇ、なんの真似だっ?」
倖弥は兵士を押さえつけた。
「……ぐはっ、ちょ、ちょっと待った……冗談だって。
いきなり新しい奴が……ゲホッ、……アンジェル様の
護衛に、なったって、き、聞いたから……、
ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ……一体、どんな奴なのかと
お、思って……わ、悪かったよ」
兵士は倖弥に首を締め付けられ、苦しそうに咳き込みながら言った。
だが、倖弥は眉間に皺を寄せたまま力を緩めようとしない。
「だから、止めておけと言っただろう?
ユキヤ、それくらいで勘弁してやってくれないか?」
背後から声がし、振り向いた倖弥はようやく力を緩めた。
仲裁に入ったのは王室親衛隊隊長のリシャールだった。
「こいつは、いつもこうなんだよ。新しい奴が入る度にちょっかいを出して。
今回は止めておけって言ったんだがな」
リシャールは倖弥に押さえ込まれている兵士を見下ろしながらククッと笑った。
倖弥はリシャールに言われ、兵士を一瞥してから手を放して立ち上がった。
「これでユキヤが山賊や海賊からアンジェル様を守ったというのが
納得出来ただろう?」
「……はい」
兵士は倖弥に締められていた首元を擦りながら立ち上がった。
そして「俺はアッシュ=ターナー。よろしくぅっ!」と、
倖弥にニカッと笑って握手を求めてきた。
「……」
倖弥はその差し出された手をしばし見つめ、警戒しながら手を出した。
アッシュは素早く倖弥の手をガシッと掴み、「あんたは?」と名前を尋ねた。
「……あ、赤城倖弥」
「アカギユキヤ?」
アッシュはまったく聞いた事のないような名前の響きに眉間に皺を寄せた。
「ユキヤで、いい……」
「おぅっ、そっか。んじゃ、よろしくなっ、ユキヤ!」
アッシュはそう言うと倖弥の肩をポンポンと叩き、また謁見の間の扉の前に戻った。
アンジェルとリシャール、侍女達はいつもの事で慣れている所為か、
その様子を笑いながら見ているだけだった。
「あいつ……いつもあんな事ばっかやってんの?」
ダイニングルームで食事をしながら倖弥はアンジェルにアッシュの事を尋ねた。
「えぇ」
アンジェルはクスッと笑った。
「あいつ、何歳なの?」
「私と同い年よ」
「そういえば、アンは何歳?」
「17よ」
「え……んじゃ、俺と同い年なんじゃん」
(年上かと思ってた)
時代が違うからか、アンジェルは髪型やドレス、言葉遣い一つとっても
倖弥の周りにいる女友達より大人びて見える。
だから倖弥は自分よりも年上だと思っていたのだ。
「ユキも? じゃ、アッシュとは仲良くなれそうね」
「ん、まぁ……そうだな」
(あいつも同い年か)
倖弥はアッシュの事も年上だと思っていた。
そして、後にこのアッシュが倖弥とアンジェルにとってある意味大きな存在となるのだった――。