其の十一 ――港の話 side ルーンフェリア
空中都市の港は全部で三つある。
一つは荷物専用。もう一つは、外部の人専用、最後の一つは住人専用である。
住人と外部の人が連れだって都市に入るときは、たとえ、住人が招待したとしても、それぞれ分かれて都市へと入らなくてはいけない。
いうなれば、住人が人質にされないための工作でもある。もちろん、都市への水先案内人は、都市に住まう動物使いたちではあるが、彼らが案内を放棄すれば彼らに案内されているものたちは、即落下の憂き目を見る。高さ次第では、即死は免れないそんな状況を選ぶ馬鹿は、めったにいない。
とはいえ、ずいぶん前に実際にやらかした高官がい存在した。正しくは、高官の息のかかった者が、であったが。その者たちは、その身と籍を置く国の身をもってその事実を世界へ知らしめた。もちろん、国からの抗議はあったが、空中都市は、その抗議を突っぱねている。そもそも、思っていてもやらなければいいだけのことだ、と。
ちなみにそれに至る流れは単純なモノ。その高官がやったことは、都市として決して看過できるようなことではなく、四人の司への害意があっと考えざるを得ないと、その国へとまず通達を行った後に、その国に籍を持つものは、すべての人々が都市に上がれないという制約を課す。さらに、都市に居た者達は、強制退去(家財の持ち出しは禁じない)となった。
やらかした者達は、そこまで徹底的に排除されるとは思わなかったであろうが、この都市が空中に存在するようになった経緯を考えれば、致し方ない結果である。
さらに、空中都市が強気でいられるのも、そこに座する四人が、世界へ物理的に影響を与えることができる存在であることも大きい。だからこそ、為政者が手中に収めたがるのではあるが……過去、多くの国が手を組み司たちを自分たちの元に置こうとしたことで、世界そのものが滅びかけた事実があり、その際の記録もすべての国々に保管されていることから、それを実行しようとするものは、今はいない。
今、町の中に、異世界からの来訪人が数少ないながらも町の中を自由に歩いている。
都市外の者達が来訪者を見かけることは稀にあるが、接触しようとすると邪魔が入り話すことはできない。警邏たちが、彼らへ近づくのを阻むのである。
ただ、それがさりげなく行われるため、気づかれることは少ない。その数少ない『気づいた者』は、他意がなければそれ以上近づくことがなく、それ以外の者はそれなりの対応がとられていった。
各国の高官になると、逆に空中都市の司から、接触を禁じられている。当然、反発はあった。だが、塔に住む司達と先代司達は、人の持つ、特に国の利益を優先させることについて回る害悪をよく理解しているため、言葉巧みに誘い彼ら自身と国家の『判断』としての誓約を結ばせ『為政者側の全ての接触』を禁じたのだ。繋がった都市の特異性も、その誓約を結ばせることに一役買っていた。
ピュアリアの人間には、今のところ港は、ほぼ無用の場所ではある。とはいえ、興味を持たない者がいないわけではない。
見学を希望した輝くような金の短髪癖毛のピュアリアの中等生の言葉に、彼と仲良くなった背中まである白髪をハーフアップにしたルーンフェリアの動物使いの少年が困惑していた。 白髪の少年は、金髪の少年より浅いほど年上だ。そして、少年のパートナーは、真っ白な剛毛に真っ赤な瞳をした体高が腰までしかない小柄な熊。これで成体という。
色素欠乏の熊の弱い体は、少年との契約で補われ、今は通常の熊と同じように日の下を自由に生きていられるようになった。
動物使いの少年は、将来港での仕事をしたいため、専用埠頭でバイトをしていた。中等生は、少年との知り合うきっかけが、中等生の 無類の動物が好きだった。そして、港で働くのが動物使いとそのパートナーと知れば……。
「いろんな動物たちが、港で見れるんでしょ?」
「……そっちかぁ。あのね、みんな仕事で集まってんの。遊んでいるわけじゃないんだから。」
目を輝かせて言う金髪の彼の言葉に、白髪の少年はあきれた返事を返す。
「それはわかってるって。でも、みたい! 動物もだけど! どんな風に運んでるのか、見てみたい。だって、想像つかないだもん。」
動物が見たいことは否定しない少年に、動物使いは腕を組んで悩んだ。専用埠頭と、公用埠頭は分けられているとはいえ、比較区的近くに存在するためだ。その上、空中都市で暮らす人々は、都市外の人とピュアリアの人々をまだ接触させたくないと考えていた。
都市内でも、ピュアリアの人へ良い感情を持たない人は少なからずいるのだ。さらに都市外の人の中には、動物使いを見下す人も少なくなく、それが魔法を使えないピュアリアの人へ向かうのは、容易に想像がつくからだった。
「……勝手に連れて行くわけにはいかないから、ちょと確認する。許可が出たらつれてってやるからまって。」
そう言うと、パートナーを中等生のそばに置き、動物使いは少し離れてから遠話機を掛ける。そして、遠話機の向こうに出た自分の上司に、手短に説明する。
『来るのはかまわない。とはいえ、外の連中にはあんまり見られたくはないな。連れてくるなら、髪を隠して、こっちの服を着せてからだな。』
「わかりました。準備ができたら、また連絡します」
白髪の少年は遠話機を切ると、金髪の少年の元に戻る。
「許可は出たよ。」
「やった! じゃぁ……。」
「今日は無理。向こうの人に見えないようにして来るなら、許可するって言われたんだ。帽子と服を準備して、それに着替えないと駄目。」
えー、と、短い抗議の声を上げる金髪の中等生。それを白髪の動物使いがジト目で見つめる。
「僕だって、これから仕事に入るんだから、文句を言わない。とにかく、君が次にこっちに来るまでに用意するから。で、今度はいつ頃来れるんだ?」
「……んーっと……。」
中等生は、自分の腕輪を操作して予定を確認する。
「三日後……は、学校が終わるの遅いから駄目。六日後……六日後なら、今より一時間早く来られる。」
その日でいい? と、金髪の少年は、目の前にいる白髪の少年に尋ねる。
白髪の少年も、自分の予定を確認する。
「そうだな、その日なら僕も空いてる。じゃあ、今日より一時間早くこの公園で待ち合わせだな。」
「やったーー!!」
ピュアリアの少年は、喜びのあまり、大きな声と両腕をあげていた。その突然の動きに、足下でくつろいでいた白い熊が驚いて一瞬警戒の姿勢をとったことに気づいたのは、パートナーの少年だけだった。
港へ行く約束の日、ピュアリアの少年が約束の場所に着くと、ルーンフェリアの動物使いは、まず、彼を着替えさせるため、この公園の管理者である大家の家に寄った。
動物使いの少年は、大家へ相談し、ピュアリアの少年に着せる服と帽子を用意してもらっていた。
二人を待っていた大家の、紅の髪と踵までありそうな長い後ろ髪の三つ編みにひたすら関心する金髪少年の襟首を白髪少年が引っ張りながら、大家に借りた一室で着替えさせる。
大家が用意したのは、空中都市にある、有名な神学学校の制服だった。紺のスタンドカラーに白の縁取りをした丈が少し長めの上着と長ズボン。靴は、踝まである編み上げのショートブーツ。帽子は頭をすっぽりと覆う形ながら、その制服に併せて白に紺のリボンがアクセントにつけられている。
それらをすべて身につけて、リビングに出てきたピュアリアの少年は、そこにあった姿見に映る自分の姿をまじまじと見つめる。
「違和感しかない!」
「そりゃ、仕方ない。」
「はは、あっちの服装が普通ならそうなるな。」
開口一言目の感想に、ルーンフェリアの二人が苦笑とともに返す。その彼の格好をしっかりと観察した大家は、問題なしと太鼓判を押す。
「ここに戻ってくるまでは、絶対に帽子を取らないように。これは、絶対に守ること。あと、これをつけておきなさい。紛れてしまったときの目印になる。」
そう言うと、一枚の鮮やかなオレンジのスカーフを、ピュアリアの少年の首に巻き付ける。そうして、白い熊に軽く、警戒すべき対象を伝える。
「じゃあ、二人とも気をつけて。」
「はい、ありがとうごいます!」
「行ってきます」
元気よく少年二人と、熊は家を飛び出して、港へ向かった。
港には、まだ下からの駕籠が上がってきていないようで、二階建ての乗り場の待ち合わせ室に隣接された展望台から下をのぞいている住人たちがいた。
彼らを横目に見つつ、二人は、従業員のスペースへと進んでいく。スタッフルームには、数人の白髪の男女と同じ数の動物達、青いストレートの髪をした男性と、青緑のウェーブのかかった髪をひとまとめにした女性がいた。
「所長、先日話していた見学希望のピュアリアの子を連れてきました。」
白髪の青年が、青緑の髪の女性へ声を掛けた。その声を聞いて、彼女が顔あげます。
「あぁ、君がかい。」
女性は軽く挨拶をする。金髪の少年も挨拶をする。そのとき、帽子を取ろうとしたところを止められる。
「こういう場所で、帽子を取らないのは別に礼儀に反しない。特に若い子の場合、帽子をかぶっていると言うことは、まだ魔法が安定していない、ということでもあるからね。」
そう言うと、所長は、居間ここにいる動物使い達を紹介する。青い髪の男性は、風の魔法で飛ぶことができるため、万が一の際の救助要員と紹介されていた。
ここにいるのは、フィンチのような小鳥、大型の狼と巨体の馬、小型犬ほどもありそうな猫と小さな兎に鼠。捕食側と非捕食側が、怖がることもなく寛いでいる。突然馬が、カポカポと蹄をならしながら、扉から出て行く。
その様子に首をかしげた少年に、馬のパートナーが答える。
「トイレだよ。尿も糞も、決まった場所でするように決まっているから。例外は、鳥だね。」
「体の構造上のことですから、仕方ないでしょう。」
肩に小鳥を乗せた動物使いがそれに答えた。
野生では人が近づけはすぐ逃げる小さな小鳥や、人への警戒心が強い肉食獣が、人のそばで寛いでいるのを見た中等生は、そんな話を聞きながら目を輝かせていた。もちろん、いきなり近づくようなぶしつけなことはしない。
蹄の音が近づき、扉を開いて大きな馬が戻ってきた。
「あの、触ってもいいですか。」
小鳥の動物使い以外は、全員が承諾する。
「すまないね、この子は、ちょっと手が怖いんだ。」
小鳥の動物使いの言葉に、では、近くで見るだけにしますと、金髪の少年は答えた。
動物達は、少年におとなしくなでられる。鼠をなでるときは、手のひらを差し出し、その上に乗ってもらってから指先でそっとなで、大型の馬は、鬣から首筋に沿って、ちょっと強めになでていく。
そうやって、動物達の毛並みを堪能していると、建物内部で、ガランガランと大きな鐘の音が響いた。
「下から駕籠が上がってきたようだ。」
鐘の音に疑問符を浮かべていたピュアリアの少年が、その言葉に友人の動物使いの方に勢いよく首を向ける。
「行こうか。」
「はい!」
二人の少年と一頭の熊が、係留所へ向かうと、六人の白髪の男女に囲まれて焦げ茶色の『駕籠』が上がってくるところだった。
上がってきた駕籠は、動物使い達に牽引されながら係留所へと入ってきた。係留所は、まるでケーブルカー乗り場のように斜めになっており、降車する利用者は、下の出口から出ていき、乗車する利用者は二階にある乗り場から渡り廊下を通って上の入口から乗るようになっている。
さらにその乗降口を結ぶように坂があり、駕籠を牽引している動物使い達がそれを上っていく。内装は、ケーブルカーのように中央に通路の階段と階段状に椅子が並べられていた。ピュアリアと違うのは、駕籠という言葉の通り、柵が胸の高さまでしかない駕籠状の形をしていたからだ。天井に当たる高さまで伸びた六本の支柱をつなぐ梁はあったが、その上には何も乗っていなかった。
「え、屋根ないの? 雨のはどうするの? あと、宙に浮いてない?」
重さがないように、六人の動物使いは駕籠を収めるべき位置に移動させる。そうすると、駕籠は、重さを思い出したかのように地面に着地した。
「地の魔法で、係留所から離れている間は、重さをなくしているんだ。雨が降っているときは、あの梁と支柱から防水幕が出て、濡れないようになっている。」
「すっげー。パノラマで外が見えるんだ。あ、でも、高所恐怖症の人には、地獄だなこれ。」
「まぁ、ね。そういう人のために、外が見えないようにする専用席も用意してあるよ。」
「柵から体を乗り出すやつとかいないのか?」
「もちろんいるさ。でも、ある程度、ここに近づけば、落下しても死なないし、そこまでは風の魔法で顔を押し返すようになってるから、そうそう落下事故で人が死ぬことはないね。乗務員も注意するし。」
そうして、ピュアリアの少年とルーンフェリアの動物使いの少年が話している間に、利用者の降車が終わり牽引する動物使いも休憩室に引き上げていく。続いて清掃員が駕籠に入り、駕籠の中の清掃をはじめた。
近くで見てもいいかと、金髪の少年が白髪の少年にたずねる。いいよと返事をすると、二人と一頭は並んで駕籠に向かう。
近くまで行くと駕籠の様子がもっとよくわかる。焦げ茶色の駕籠は、木目が見えたが触れてみれば、それは木目模様ではなく木の肌触りだった。駕籠の角には、両手でようやく包めるぐらいの黄色の石がまるで駕籠の足のように埋め込められている。また、そのそばには駕籠を掴むための取っ手と、手首にかける落下防止の革紐が取り付けられている。出口はスライドする形だったが、ノブは二つあり、そのうちの一つは引き戸用の形にはなっていなかった。
「なんで?」
ノブを見て、思わずつぶやいた金髪の少年に、白髪の少年は、いたずら防止だと答える。もちろん、移動中に開かないよう扉にロックはかけられているが、万が一のための対策である。一見ドアをイメージするノブをつけておくと、すぐにスライドに結びつかないので、子供や知らない人が開けようとしても、押すか引くの動作をする。引き戸と気づいていても、一瞬戸惑う。その間に、乗務員が捕まえに動くのだと。
清掃中のため、中に入ることは許されなかったが、出口から中をのぞくと、座り心地良さそうな三人が座れそうな背もたれ付きの長椅子が左右に一つずつあり、中央にある階段状の通路は人が二人並んで歩けるぐらいの幅があった。
出口のそばに乗務員用の椅子がありました。
「乗務員さんは、一人?」
「いや、こっちは二人。」
「こっちは? もう一つ乗り場があるのか?」
「あるよ。こっちはこの都市に住んでいる人専用だからね。もう一つは、下に住んでいる人専用。あっちは、乗務員は三人から四人乗ってるよ。」
「都市の外の人専用? 何で分けてるの?」
「昔に、乗客。というか、この都市の住人を人質にしようとした馬鹿がいたせい。速攻で専用港、ここを整備して、入出港する港を完全に分割したっていう話。」
「その馬鹿は、どうなったの?」
「……その馬鹿の居た国の国民全員強制退去に、入国禁止までついた。」
「……こわっ。」
そんな話をしていると清掃が終わったので、下の出口から出てくる。清掃員と一緒に二人と一頭も駕籠から離れる。
カランカランと鐘の音が鳴ると、二階の渡り廊下から下に降りる乗客が乗り始めた。多くない乗客の中には、大きな荷物を持った家族連れや夫婦連れも居た。
全員がのり終わったところで、二人の乗務員が乗り込む。あわせて、見送りの人間が都市の縁に設置された展望台に出てきた。六人の動物をつれた白髪の男女がスタッフルームから出てくると、鼠と小鳥をつれた動物使いは一番上に、一番下に大型の狼と馬をつれた動物使い、真ん中に残り二名が受け持って立っていた。
その並びに気がついた中等生は、隣の動物使いに質問する。
「ねえ、この並びにも理由があるの?」
「力は、パートナーに依存するから、坂を下りるときも、上るときも、一番下は力の強いパートナーを連れた動物使いが担当することが多いね。とはいえ、乗客が一人とかの閑散時間は、小さい子を連れた動物使い達が担当するよ。」
「へぇ~~。」
駕籠の角にセットされた石が一回瞬くと、駕籠はわずかに浮き上がる。六人の動物使い達が一斉に歩き出し、そのまま島の縁から外へと足を運ぶ。その足は、透明な坂道を降りていくように迷うことなく進んでいく。
それを、あっけにとられたように口をぱっかっと開けたまま、中等生はそれを見送っていた。駕籠が完全に見えなくなったところで我に返る。
「何あれ! 道がないのに、何で!」
「司のの方々と僕たちだけに見える道があるんだ。それを辿って降りる。そんなに太い道じゃないんだよね。歩くのに心配ない道幅だけど。」
信じられないという目で、ピュアリアの少年は、ルーンフェリアの少年を見上げる。ルーンフェリアの少年は、ポンポンと、ルーンフェリアの少年の頭を軽くたたいて、スタッフルームへ戻るよう促す。
スタッフルームには先ほど戻ってきた動物使いと乗務員が寛いでいた。彼らのパートナーは、先とは違う動物。それを見た中等生が再び目を輝かせたのは、言うまでもない。