第七話 アトラの歴史・ドリアニア(5/5)
「ブブカも辛いな。卒業したらロビンは冒険者として旅に出る。うまくいったとしてもすぐお別れだ」
「うまくいったならそれでいいじゃない」
「でも卒業まで一年ちょっとしかないんだぜ。ロビンは夢を諦めるタイプじゃない。タルタンに行くといったら絶対に行く。終わりの見えている恋って、きっと辛いよ」
「時間なんてどうだっていい」
「え?」
ポークが聞き返すと、ココロはわざとらしくため息をついた。
「恋愛って結果を求めるものじゃないの。感情の波に身を委ねて果てのない海を流されてみるものよ。その先どこに行く着くかなんて考えない。理屈っぽさを捨て去って、ただ揺られるから楽しめるのよ」
「その例えだと、近くに陸地がないと怖いよ。オレなら不安で楽しめない」
「あんたは考えすぎなのよ。人間なんていずれ死ぬのにそれでも恋する生き物じゃない。今を大切にしなきゃ」
恋愛経験なんてまるでないくせに、甘ったるい恋の本を読み漁っているせいか、ココロは妙に達観している。
恋愛観は人それぞれ。
何が正しいかなんて決まっていないが、頑張っている友人を応援しない理由はないだろう。
「わかった。もし協力できることがあれば言ってくれ。オレもブブカの力になる」
ポークは宣言した。
今の四人の関係が変化することに若干の不安はあるが、それはポーク自身の問題だ。
ブブカには幸せになってもらいたい。
冒険者協会の近くを歩いていると、後ろから足音が近づいてきた。
かくれんぼ以来、気配に敏感になったポークだが、そうでなくてもわかるほどに強烈な魔素を撒き散らしている。
警戒したポークは訓練を思わすスピードで振り返り、拳を構えた。
「ココロー、わたしもう駄目ー」
駆け寄ってきたのはブブカだった。
涙が滝の勢いで流れ、その部分だけ化粧が落ちてしまっている。
気が動転しているせいか気配のコントロールができておらず、濃すぎる化粧姿も相まって道行く人の注目を浴びている。
ブブカは嗚咽をこらえて咳込み、ココロの前にうずくまった。
ココロはブブカの背中をさする。
「あー、ブブカ、何があったの?」
「わたし、頑張りました。街でのデートに誘いました。ロビンは本が好きだから本屋に誘えれば良かったんですが、予算の都合でお散歩デートです。怖かった。すっごく怖かった。あんなに勇気を出したのに、今日は忙しいって断られました」
「気がないときの断り方ね」
「うおーん。わたし、ロビンに振られちゃったー!」
ブブカがおんおん泣き出すので、ますます周囲の注目を浴びた。
人通りの少ない路地に移動して、ブブカが泣き止むのを待った。
ココロはウェストバッグから清潔な布を取り出してブブカの涙を拭った。
化粧がついて一拭きで真っ白だ。
拭いても拭いても涙は途切れそうにない。
「まぁ、ロビンにも外せない用事があったのかもしれないし」
ポークは慰めるつもりで言った。
ロビンは今まで何人もの女の子の誘いを断ってきた。
だが決して嘘はつかない。
ロビンが忙しいと言ったのならば、本当に忙しいのだ。
「でもロビン、寮に戻っていきましたよ。忙しそうには見えませんでした」
「寮……そうだ思い出した。今日オレたち、洗濯当番だった。ロビン、洗濯で忙しいんだよ」
せっかく答えを見つけたのに、ブブカの涙が増水する。
まるで河川の氾濫だ。
「わたしとのデートは洗濯以下ですか……洗濯なんて、デートの後にすればいいじゃないですか……」
「あー、それがさ、前回の洗濯で汚れが残ってたってクレームが入ったんだ。それがロビンはショックだったみたい。だから今日は時間をかけて洗濯するって決めてた。しかもオレがいないわけだし、今ロビンはめちゃくちゃ忙しいはずだ。安心して、ブブカは振られてないよ」
ブブカは立ち上がると、ポークの二の腕を掴みぐいっと顔を近づけた。
ぎょろりとした目が強烈な圧力を加えてくる。
「ほ、ほ、本当に、ふ、ふ、振られていないんですか」
「うん。タイミングが悪かっただけだ。また誘ってみるといいよ」
ポークの腕を掴んでいる力がふっと弱まった。
ようやく落ち着いてくれたようだ。
「なーんだ。結局、ポークのせいだったのね」
やれやれといったふうに肩を落とすココロ。
なぜそういう結論に至ったのかさっぱりわからない。
「オレのせい?」と聞き返すと、ココロはふんと鼻を鳴らした。
「あんたがちゃんと洗濯してたらロビンはデートに来られたはずでしょ。ロビンひとりに仕事を押しつけて、あんた最低よ。ほら、ブブカに謝りなさい。このサボり豚!」
「大事な話があるってどっかの誰かさんが言ってきたから、オレはここにいるんだよ」
「……え?」
長い沈黙。
ココロは気まずそうに頬をぽりぽり掻いた。
「そんなことより、聞いて。たんぽぽって美味しいらしいの!」
「ごまかし方に脈絡がねーぞ!」
結局、ココロが強引に話の舵をとり責任の所在はうやむやになった。
ブブカが笑顔を見せるまで雑談をしていたかったが、これ以上ロビンに迷惑をかけるわけにはいかない。
ポークは先に帰ることにした。
ココロとブブカは街でデートの予行練習をしていくらしい。
ポークにはまだ恋がどんなものなのかわからないが、気持ちが浮いたり沈んだり、人生の活力になっているのが見てとれる。
なんだか少し、取り残された気がして寂しかった。
ポークは寄り道せず寮に戻った。
会話相手のいない洗濯作業は長く感じるものだ。
まずは謝ろうと思いながら、洗濯部屋の扉を開けた。
「ロビン、待たせたな……て、あれ?」
そこには誰もいなかった。
桶や洗濯板に手をつけた様子がない。
各部屋から集まった洗濯物もかごに山になったままだ。
ロビンが理由なく仕事を投げ出すとは思えない。
心配になったポークはロビンの所在を確認しようと自分の部屋に向かった。
「やっときたか」
部屋に一歩踏み込むと、ロビンは椅子から勢いよく立ち上がった。
手には白い封筒が握られている。
どうも様子がおかしい。
少し興奮しているようだ。
「どうしたんだよ、洗濯は?」
「それどころじゃない。これを見てくれ」
ロビンは封筒をポークの目の前に突き出した。
糊づけされていた部分に赤いインクで特徴的な印が押されている。
縦長の丸の中に赤く塗り潰された三日月の形が三つ。
二つの山なりになった月は目を、その下にある月は口角の上がった口を表しているようで、笑った人間の顔に見える。
「誰からの手紙?」
不気味な手紙ではあるが、なぜロビンが興奮しているのかわからなかった。
ロビンはごくりと唾を飲み、震える声で答えを告げた。
「差出人は怪盗ブレイブレイド。この予告状は君に宛てられたものだ」
ポークは胸に手をやった。
母から貰ったペンダントが、今はまだ存在することを確かめた。




