第七話 アトラの歴史・ドリアニア(1/5)
「あ、ポーク。あなたのために今日の授業を考古学に変更しておきました。国史以外を学ぶ機会はそう多くありませんから、真面目に聞くように」
朝、日課の鍛錬を終えて寮に戻ったところ、アニーに出くわしてそう言われた。
アニーはよくポークの将来に役立ちそうな授業を他の授業の代わりに差し込んでくれる。
おばあちゃんが孫にお小遣いをあげる感覚なのだろう。
ポークも素直に彼女の好意を受け取っている。
「ありがとう。今日はアニー先生が担当だよね」
「ええ。遅刻しないように」
アニーはさっさと自分の部屋に戻っていった。
ポークは「やったぜ」と言って二段飛ばしで階段を上がる。
一緒に鍛錬をしていたロビンも足取りが軽い。
ポークの好きな作家であるレイモンド・エスペルランスの本の中でも古代史は語られているが、どれも情報が古くて断片的だ。
情報の取捨選択がうまいアニーは冒険者に必要なことだけをまとめて教えてくれる。
彼女の授業は本を読むよりもずっとためになるのだ。
部屋に戻るとポークは汗を吸って重くなった服を脱いだ。
汗臭くなると思い窓を開けると、部屋に強い風が侵入してくる。
山の中だけあって花粉がすごい。
ロビンが大きなくしゃみをするのでポークは鼻をかむための布を渡した。
目視できるほど濃い花粉を見て木こり時代を思い出し、斧でそこら中の木を切り倒したい衝動に駆られる。
季節は春を迎えていた。
上級生たちの進路もすでに内定し、寮内は和気あいあいとした雰囲気に包まれている。
上級生の大半はドリアン魔術兵団に入団するが、冒険者になるという人もいる。
どんな活動をするのか聞いてみたところ、地元の山を守る猟師になるらしい。
力自慢の先輩なので心配はいらないだろう。
他にも冒険者便の運送職員として働く予定の先輩がいた。
ドリアンとマダガストの間を荷を積んだ馬車で往復する仕事のようだ。
実績を積めば冒険者協会の支部職員としてデスクワークにつけるらしく、いつか第四に戻ってきたいと語っていた。
あと百日も経たぬ間に上級生は卒業の日を迎える。
彼らは毎日くたくたになるまで訓練し、朝晩の食事の味に舌鼓を打っている。
残った日々を目一杯楽しんでいるようだ。
きっと大人になって振り返ったとき、魔学舎での生活は良い思い出になっていることだろう。
下級生のポークですら、時間が経ってほしくないと思えるのだから。
「なぁロビン。今日は座学だけだし、終わったら山で戦闘訓練しようぜ」
「駄目だよ。今日は洗濯当番だからね。授業が終わったらすぐに寮に戻るよ。この前色移りしてクレームが来たんだから、時間をかけてしっかりやるよ。終わるまで外出禁止だからね」
「マジかよめんどくせー」
部屋で少し休み、鐘がなってから食堂に向かう。
すると、階段を下りたところでデブトンとシャクレマスの笑い声が聞こえてきた。
爆笑である。
食堂の入り口近くでひーひー言って床を叩いている。
「ブブ、ブスが出たぞー。誰か討伐しろー」
シャクレマスが女の子に指を向けていた。
また他人の容姿をからかっているのかと呆れたポークだが、彼女の顔を見て絶句した。
白い粘土質の薬品で額から首まで塗り固められ、石膏のようになっていたのである。
薬品を厚塗りしすぎたらしく目の近くでひび割れを起こしている。
口周りは血色の塗り物だらけになっており、吐血でもしたのかと心配になる。
一瞬、誰だかわからなかったが、よく見ると彼女はブブカだった。
ポークとしてもコメントし辛い見た目である。
「何笑ってんのよ!」
転げ回るデブトンにココロが突っかかった。湯気が出そうなほど怒っている。
しかしよほど面白かったのかデブトンの笑いが収まる気配はない。
ついには呼吸が苦しくなって床に頭を打ちつけている。
ブブカはしばらく無言で耐えていたが、周囲の視線が辛かったようで、走って逃げていった。
「かわいいじゃない! ブブカ、かわいかったじゃない! なんであんたなんかに馬鹿にされないといけないの!」
ココロはデブトンの腹をボールのように蹴りつけると、シャクレマスを殴打した。
ばっちり全身強化している。
殺人事件に発展しかねないのでポークは後ろから両肩をとってシャクレマスから引き離した。
しかし口は止まらない。
「あんたたちのせいでブブカが傷ついたら、百倍にして返してやるんだからね。だいたい、笑える見た目してるのはどっちよ。シャクレマスの顎なんて横から見たら三日月じゃない。デブトンは満月体型だし。あんたたちもう夜空に浮かびなさいよ。それで西の海に沈みなさい」
なかなか無茶なことを言う。
デブトンたちが臨戦態勢に入ったところでロビンが前に出て止めた。
アニーの存在をちらつかせ、喧嘩で叱られる前におとなしくするように勧めた。
デブトンたちは渋々といった感じで食堂に入っていった。
目の前からデブトンたちが去ったことでココロの鼻息が少しだけ穏やかになった。
ポークが肩の拘束を解くとココロは「あー、もう」と言って床を強く踏み鳴らす。
目の前にデブトンがいたら最低でもチョップは出ているだろう。
「それで、ブブカは何があったんだ」
ポークは聞いた。
会話の入り口のつもりだった。
しかしその一言がココロの怒りを再燃させた。
「人がおしゃれするのに理由なんていらないの!」
強化されたビンタをくらい、ポークは半回転して壁にぶつかった。
顔面を打ちつけ、頬の内側が切れる。
ココロは肩をいからせて食堂を去っていった。
ブブカを慰めにいくのだろう。
「なぁロビン。オレ、何かまずいこと言った?」
「うーん、きっとあの化粧を自然に受け入れてほしかったんじゃないかな。触れないほうが良かったのかも」
「でも、こないだ姉ちゃんが髪切ったのに気づかなかったら殴られたぞ。他人の変化には敏感になりなさいって」
「触れなきゃいけない変化と触れちゃいけない変化があるんだよ」
「なんだそれ理不尽だな」
口の中で血の味がするので、ロビンに治癒魔術をかけてもらった。
その後、朝食を食べているとブブカとココロが遅れてやって来た。
ブブカは化粧を落としていない。
他の生徒が二度見、三度見としているようだが、ポークとロビンは黙々と食事を続けた。
今のココロは何をきっかけにして怒りを爆発させるかわからない。
こういうときは刺激しないように距離を空けるのが正解だ。
もう少しすればいつものココロに戻るだろう。
単純で忘れっぽいのはココロの短所であり、長所なのだ。




