第六話 かくれんぼ・後編(5/5)
かくれんぼが閉会すると、ポークは他の生徒たちと列になって寮に戻った。
寮全体に疲れが見える中、なんと夕食は寮長のアニーが作ってくれた。
寮の裏庭でとれた野菜をふんだんに使ったサラダやスープ。
消費した魔素を補うように特別な薬味も使われている。
疲れたでしょう、と言って料理を盛りつけるアニーはまるでみんなの母だった。
部屋に戻り少しだけベッドで休むと、ポークはロケットペンダントを首から外した。
椅子に座っていたロビンはそれを見て、読んでいた本を閉じた。
「いいのかい。ぼくに話して」
「ロビンだから話したいんだ。オレはお前に嘘をつきたくない」
ポークはペンダントを開き、中から虹のかけらを取り出した。
間近で見ればわかるはずだ。
この美しさがレプリカであるはずがない。
「これは虹のかけらっていうんだ。母ちゃんが冒険者時代に手に入れた希少な古代の魔道具だ」
「お母さん……いたんだね。ライガードさんに拾われたって君は以前話してたけど」
「ごめん。実はオレ捨て子じゃないんだ。危険な騒動に巻き込まれるかもしれないから、誰にも話すなって言われてた。信じられないかもしれないけど……父ちゃんは双剣のフォクス。そして母ちゃんはアニー先生の娘なんだ」
ポークは長い時間をかけてロビンに出生の秘密を打ち明けた。
フォクスの正体がドリアン王国の王子、マイク・ジューシー・ドリアンであることや、彼と虹のかけらを通じてやりとりをしていることまで包み隠さず話した。
王家にとってマイクはすでに死んだ人間だ。
王位継承権の関係上、マイクとその血を引くポークの存在は内紛の火種になりかねない。
もしロビンが国に告げ口をすればポークの人生は破滅するだろう。
ポークは自分の最も弱い部分をロビンに晒したのだ。
ロビンはポークの境遇に同情してくれた。
すごいとも羨ましいとも言わず、家族のことを誰にも話せない辛さに寄り添ってくれた。
ポークは安心した。
きっとポークが何者であってもロビンは変わらず接してくれる。
ポークはアルノマでも王族でもなく、ポークなのだとわかってくれる。
「ありがとうポーク、話してくれて」
ポークが話し終えると、ロビンはにっこりと微笑んだ。
ロビンも疲れているはずなのに、長い話に付き合わせてしまった。
「こっちこそありがとな。やっとすっきりした。ロビンになら話しても大丈夫だって思ったんだ」
「信頼してくれて嬉しいよ。でもやっぱり他の人には話さないほうがいい。虹のかけらは超がつく貴重な品だ。持っていることが知られたら、確実にトラブルを引き寄せる」
「マジかよ、そんなに価値があんのか。母ちゃんの話が大げさだったわけじゃないんだな」
「十年くらい前だったかな、フォクスがザック・ノートレッドに分析を依頼したことで虹のかけらはその名を広めた。色の変わる魔道具なんてそんなに珍しくないんだけど、それは動力が特殊でね、変色に必要な魔素をまるで呼吸でもしているかのように空気中から取り入れている。虹のかけらの内部には常に濃厚な魔素が溜まっているんだ。それで虹のかけらを調べていけば魔素の人工的な生成方法がわかるんじゃないかっていわれてるんだ」
「そうなんだ。でも、魔素なんて食べ物や水にも含まれてるんだろ。なんで虹のかけらが特別扱いされてるんだ」
「人間の心臓は取り込んだ魔素を圧縮して血液に流してくれる。それが濃くなってようやく魔術の源になるんだけど、その圧縮の仕組みがまだ解明されていないんだ。虹のかけらはその圧縮をしているわけだね」
「なるほど……そう言われるとすげぇ価値がある気がしてきた」
「古代の叡智の結晶さ。ただ、虹のかけらが複数存在していることや色を共有していることはぼくも今日初めて知ったよ。フォクス……君のお父さんは最低限の情報しかザックに伝えなかったみたいだね。ちなみに虹のかけらは宝石としても人気があって、市場にレプリカが溢れてる。だけどもちろん魔道具としての効果はない。だから詳しい人にその石を見られたらすぐに本物だってばれる。気をつけないといけないよ」
「ああ、わかった。レプリカだなんて嘘もつきたくないし、ペンダントの中を見られないように注意するよ」
ポークは虹のかけらをペンダントの中に戻した。
鎖が切れてしまったため、後日どこかの店で直してもらわなければならない。
もうこのペンダントはポークのトレードマークとなっている。
外すと変に目立つ気がして、ポークは鎖の両端を紐のように結んだ状態のまま首にかけた。
ロビンが椅子から立ち上がった。
ポークの打ち明け話も終わり、そろそろベッドで休むのかと思ったら、ロビンは机の引き出しを引いて中から手紙の束を取り出す。
白い封筒が三通、青い封筒が一通だ。
白い封筒には見覚えがある。
ロビンがタルタン紛争地域にいる兄とやりとりした手紙だ。
タルタンには冒険者協会が存在しないため、冒険者便を使った手紙のやり取りはできない。
差出印は活動地域と近いフォーズ共和国のものとなっている。
以前、ポークも読ませてもらった。
近況報告の他、ライガードやアニーがいかにタルタンで活躍していたかが書かれていた。
しかし青い封筒には見覚えがない。
「君の話を聞いて、決心した。ぼくもカミングアウトするよ」
そう言ってロビンは青い封筒をポークに見せた。
「これは特定条件付き冒険者便、通称『青い手紙』だ。特定条件とは差出人の死亡、もしくは長期の失踪など死亡に準ずる状況を指す。自分の身に何かが起きたときに備えて冒険者が協会に預けておくものだ。つまりは遺書だね」
「それって……もしかして」
「うん。兄は死んでいる。もう二年以上も前に」
ロビンが涼しい顔で言うので、ポークは絶句した。
ロビンは兄を尊敬していると入学前から語っていた。
将来はタルタンに行き、兄と冒険者生活を送るものだと思っていた。
兄が死んでいるならばなぜロビンはタルタンに行こうとしているのだろうか。
聞きたいことがたくさんあるのに、聞いていいのかわからなかった。
「なかなか話す機会がなかった。……いいや、嘘だ。話す勇気がなかった。君に嫌われてしまいそうで」
「オレがロビンを嫌うわけねぇじゃんか」
「わかってるよ。でも、不安なんだ。本当のぼくは醜いから」
「ロビンのどこが醜いんだよ」
「兄はタルタンで殺されたんだ。ぼくがこの魔学舎で力をつけているのはつまり……そういうことだ」
手紙を持つロビンの手は震えていた。
幼い頃から慕っていた兄を失う。
それがどれほど辛いことかポークには想像もできない。
「お兄さん、誰にやられたんだ」
「わからない。亡骸を見た者の話だと、胸にいくつもの刺し傷があったそうだ。兄は優れた魔術師だった。ぼくなんか足元にも及ばないくらい強かった。汚い手を使った暗殺でなければ、犯人はかなりの猛者だ」
「ロビンがタルタンに行きたい理由って……お兄さんの仇を討つため?」
ロビンは「そうだね」と答えると表情を隠すように俯いた。
それからぎりっと歯を軋ませて、「報いを……受けさせてやる」と苦しそうに言う。
目鼻を拭うロビンの手は濡れていた。
ロビンの鼻を啜る音が止むまでポークは何も言わずに待った。
しばらくしてロビンが顔を上げた。
少し目が腫れている気がする。
「誤解しないでね。ぼくがタルタンに行きたい理由は他にもあるんだ。ぼくの力であの紛争だらけの地域を一つにまとめてみたいと思ってる。実はこれ、兄の夢なんだけどね」
「立派なお兄さんだったんだな」
「うん。世界一かっこいい人だった。決してこんな、復讐なんて望むような人じゃない。でもね、いつかぼくは兄を殺した犯人を見つけ出して残酷な方法で殺すと思う。理性や道徳心の裏側に、どうしようもなく醜い感情が潜んでいるから。この青い手紙を見ると我を忘れて暴れたくなるんだ。だから兄の死を人に話せない。もし茶化されでもしたら、自分をコントロールできなくなる。これがぼくだ。不完全で醜い、本当のぼくなんだよ、ポーク」
ロビンは青い手紙を持つ手を下ろした。
親の叱責を待つ幼子のような怯えた顔をしている。
きっとロビンはポークの反応を求めてはいない。
ただ本当の自分を知って欲しかっただけなのだ。
それでもポークは胸に浮かんだこの気持ちをロビンに伝えておきたかった。
「どんなに醜くたってロビンはオレの友達だから」
ポークはロビンを醜いだなんて思っていない。
尊敬する人が殺されたら誰だって怒りと悲しみに狂うからだ。
それでもロビンが自分自身を醜く思うのならば、ポークはそんな醜さを含めてロビンと友達でいたいと思った。
きっと逆の立場でも、ロビンは友達でいてくれるから。
「ありがとうポーク。胸がすっとした。ずっと兄のことを言い出せなくて、もやもやしてたんだ」
「オレもだ。父ちゃんのこと話せなくて苦しかった。でも良かったぜ。これからはもう嘘をつかなくていいんだ」
「うん。でも部屋の外では話しちゃ駄目だよ。誰が聞いてるかわからないから」
「もちろんだ。ま、オレが死んだ王子の息子だなんて、仮に大声で叫んだところで誰も信じないだろうけどな」
「ちょっとおかしい人だと思われるだろうね」
「だろだろ。オレの場合、見た目がこれだしな。見ろよこの豚っ鼻」
ポークは自分の鼻を指で突き上げて強調した。
ロビンはそれを見てふふっと笑う。
もうこの場に悩みを抱えた少年はいない。
ロビンは手紙の束を引き出しにしまい、気持ち良さそうに伸びをしている。
「そうだポーク。ついでに聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ」
「君とココロ、卒業したら旅に出るらしいじゃないか」
「ああ、その予定だ。まだ行き先は決まってないけどな。オレは探検家として、姉ちゃんは宝石ハンターとして旅先で仕事をしていくつもりだ」
「ぼくも一緒に行っていいかい」
「ええっ」
ポークは驚いた。
ロビンが将来行こうとしているタルタンには冒険者協会がない。
冒険者協会から仕事をもらう予定のポークやココロとは活動場所が重ならないと思っていた。
「ぼくは書物や伝聞でしかドリアニアの外を知らない。だからこの目で他の国を見てみたいんだ。本格的にタルタン入りする前に冒険者としての実力を上げておきたいって気持ちもある。大丈夫、ぼくはそこそこ役に立つよ」
「そこそこ役に立つってなんだよ。かくれんぼの準優勝者がそれを言ったら嫌味だぞ」
「それなら言い直そうかな。ぼくはとっても役に立つ。だから一緒に冒険の旅に出よう」
ロビンはすっと右手を差し出した。
ポークが受け入れることを知っている表情だ。
そしてポークの答えはもちろん。
「よろしくな、ロビン」
「ああポーク。ぼくたちは魔学舎を出ても友達だ。約束だよ」
ロビンの手をとって握手を交わした。
なんでも話せる友人なんてそうそう出会えるものではない。
この関係は生涯に渡って続くものだとポークは確信したのだった。




