第六話 かくれんぼ・後編(4/5)
バッチはため息をつくと懐から酒瓶を取り出した。
蓋を開けようとしたところブブカの手が伸びてきて酒瓶を取り上げられる。
ブブカは奪った酒瓶をココロに渡し、ココロはそれをバッチの視界から隠すようにウェストバッグにしまい込んだ。
ブブカは膝を折って座り、バッチと目線の高さを合わせる。
「アニー先生が心配していました。学長はお酒のせいで、判断力が低下していたのだと思います。毎日飲むのは身体に毒です。ペースを落とすか、思い切ってやめてください」
「お前はなんだか、娘みたいだな」
「学長、娘さんがいらっしゃるのですか」
バッチはもう一度懐に手をやるがもう酒瓶はない。
舌打ちして立ち上がり、落とした剣を回収すると大きく伸びをした。
「すまなかった。たしかに少し酔っていたかもしれん。今日はこれくらいにしておく。だから酒を返してくれ」
「かくれんぼ終了後にお返しします。これでもわたし、治癒術師のたまごです。依存症患者には甘くするなとアニー先生に教わりました」
「俺は患者か。わかった。ならさっさと終わらせろ。残りはフーリアムだけだ」
ブブカはぱぱぱと三回瞬きした。
そこまで人数が減っているとは予想していなかったようだ。
「なんだ意外だったか。さっき他の先生に聞いたんだが、みんなフーリアムが弓でやっちまったらしい。この短時間でよくもまぁ、あれだけ索敵能力を伸ばせるもんだ」
「姉ちゃんやオレも見つかったもんな。ほとんど見えない距離から射ってきた。ロビンやっぱりすげーなぁ」
ポークは誇らしかった。
仲の良い友人の二人が最後まで残っているのである。
どちらも応援したいと思った。
「おや、噂をすれば、だ」
バッチが林の奥に目を向けた。
誰もいない。
まだ寝ぼけているのかとポークは疑った。
だがすぐにポークの索敵能力が低いだけだと思い知らされる。
木の間を縫うようにして矢が飛んできたのである。
軌道が歪んでいる。
ロビンの風射ちだ。
「おいおい」
バッチは剣を構え、飛んできた矢を叩き落とした。
矢は完全にバッチを狙っていた。
「あー、こりゃ勘違いしてるな。俺がこの場の勝ち残りだと思ってやがる。攻め続けろとは言ったが、俺まで狙うとは真面目すぎるな。ちょっと説明してくるから、お前らはここで待ってろ。て、おい。ブブカ・トレビアはどこ行った」
ついさっきまでこの場にいたブブカが姿をくらませていた。
林の奥のほうを注意して見ると、ブブカは太い木を壁にしながら矢の飛んできた方向へ走っていた。
いつ移動したのかさっぱりわからない。
林の奥から矢がもう一本飛んできた。
狙いはバッチだ。
「面倒くせぇな。そんなにやりてぇならやってやろうか」
バッチは同じように矢を叩き落とした。
次も、その次も、途切れることなく届く矢を落とし続けた。
しばらく同じような攻防を続けていると、特別に早い矢が正面から飛んできた。
バッチはとっさに剣の腹で受ける。
しかし同時に背中から別の矢を受けてしまった。
本物の矢ならば心臓を貫かれている。
「なんだよ、連敗かよ。異常だぜ、あのガキども」
バッチの背中を狙った矢は風を纏い大きくループするように放たれた。
その後に最速最短で放った矢と挟撃するように調整されていたのである。
回避は困難だ。
ロビンの弓の腕は凄まじい。
「降参だ。もう射ってくんなよ」
バッチは剣を放り捨てた。
声の届く距離にいなくてもこれなら意思が通じるだろう。
ロビンの攻撃が止まったのを確認して、バッチは矢の飛んできた方向へ歩いていった。
ポークもココロと追う。
「おいフーリアム! 残りはブブカ・トレビアだけだ。決着をつけやがれ!」
耳を塞ぎたくなるほどの大声だ、ロビンにも届いただろう。
ブブカはもう完全に姿を消した。
せっかくなので結末を見たいポークはバッチを追い抜いて林を進んだ。
ココロもポークの隣を走る。
「姉ちゃんはどっちが勝つと思う?」
「ブブカでしょ。同じチームだからわかる」
「今回は不意打ちができないだろうし、ロビンが勝つんじゃないかな」
「それはない。絶対ブブカが勝つ」
ココロは断固として意見を曲げなかった。
たしかにブブカの対人戦の戦績はトップクラスだ。
だが同じようにロビンもほとんど負けたことがない。
どちらが勝つにせよ、見届ける価値のある勝負だ。
「でもさ、差を感じちゃうよなぁ」
「そう? あたしは入学した頃より強くなってる。この調子なら一年後にはあたしが最強よ」
「姉ちゃんはプラス思考だな」
「あんたも強くなってるんだから、自信持ちなさい。腕力だけなら魔学舎で一番だしね」
たまに、本当にたまにだがココロは良い姉だと実感する。
ポークは足を早めて林を抜けた。
決勝戦はすでに始まっていた。
弓も矢筒も捨てたロビンは接近戦でブブカと対峙していた。
どこかで拾ってきたような木の棒をレイピアの代わりに使い、ブブカの杖術を捌いている。
しかし所詮は木の棒である。
杖の打撃を上から受けた木の棒は真ん中から折れてしまった。
ロビンは半分になった木の棒を短剣のように使い、ぎりぎりのところで杖の直撃を避けている。
「これじゃ厳しいな。魔術を使わせてもらうよ」
後退して距離をとったロビンは木の棒を捨て、右腕に風を纏った。
びゅんびゅんと鳴る右腕の周りが少しずつ白くなっていく。
空気中の水分が凍っているのだ。
「いくよ、冷風」
ロビンは冷風魔術を放った。
雪の混じった風が放射状に広がっていく。
ブブカは冷気から逃れるためにロビンを中心とした円周上を猛スピードで走った。
同時に杖を持たない手を上げると、ブブカの頭上に歪んだ空気の球が発生した。
球は音もなく発火し、また透明に戻る。
一吸いで気絶する特殊な熱球のでき上がりだ。
「おいでませ、熱球さん」
ロビンの冷風が途切れたところで、頭上の球体をブブカが放った。
「隔絶せよ、風の壁」
ロビンは両手を突き出した。
目に見えない空気の壁がロビンの前に出現する。
ポークの投石すら防ぐ強固な防御魔術だ。
ブブカの熱球は風の壁を抜けられない。
熱で歪んだ空間とロビンのいる普通の空間が見事に隔絶されている。
二人の間に水と油のような層ができていた。
ロビンは風の壁が残っているうちにもう一度冷風を右腕に纏う。
「今度こそ当てさせてもらうよ」
魔術を放とうとしたときだ。
ブブカはズボンの継ぎ接ぎの隙間に手を入れると何かを取り出した。
ブブカがそれを使うだなんて、ポークはまったく予想できなかった。
「光りイモ!」
ジャガイモを地面にぶつけるブブカ。
閃光がほとばしる。
観戦していたポークは両手で目を押さえて悶えた。
思い出した。
これはチーム戦だったのだ。
ブブカがココロの武器を持っていても不思議ではない。
そして相手の視力を奪う光りイモとブブカの相性は抜群に良い。
ブブカは音を立てずに移動できるし、魔素から気配も感知できない。
ココロがブブカの勝利を確信していた理由がやっとわかった。
ポークが目を開けたとき、勝負は決していた。
ブブカの杖がロビンの喉元に突きつけられていたのだ。
「ブブカ、君の勝ちだ。ココロもおめでとう。まさか光りイモを渡していたなんて思わなかった。君たちのチームワークに完敗だ」
ロビンは負けを認めた。
それを聞いたブブカは杖を下ろし、大きく跳び上がった。
「やった、ココロ、わたしやったよ!」
歳相応の喜び方だった。
普段大人びているブブカからは考えられないくらいはしゃいでいた。
ココロはブブカに駆け寄って抱きつき、そのまま地面に押し倒した。
くすぐり合っているかのように笑っている。
「ごめんねポーク、優勝できなかった」
「準優勝ならいいじゃんか。学長に聞いたけど、めちゃくちゃ攻めて回ったらしいな。動きまくって準優勝って、なかなかできねーよ」
「そういえばポーク、なんでぼくの矢を弾いたんだい。ココロを狙ったのに」
「ごめん。あれは反省する。反射的にやっちゃってさぁ……」
祝勝会と反省会が同時に始まりそうなところを、バッチの拍手が止めた。
「おめでとう。優勝はブブカ・トレビアとココロ・マックローネのペア。準優勝はロビン・フーリアムだ。成績は永久に保存される。初参加の生徒が上位を独占するなんて前代未聞だ。まさか俺までやられちまうとは思わなかった。ブブカ・トレビアとココロ・マックローネは将来どんなところで働こうと、第四のかくれんぼ優勝者として一目置かれるはずだ。だが次のかくれんぼからは個人戦になる。今日の勝利に慢心せず、しっかり学べよ」
バッチが学長らしいことを言い、前期かくれんぼは終了した。
山を下りるとすでに敗退した生徒たちが自主トレーニングを行っていた。
敗因の分析と修正をしていたらしい。
第四の生徒は負けず嫌いだ。
次回はもっと激しい戦いが繰り広げられるだろう。
デブトンとシャクレマスの姿が見えないのでバッチに聞いてみたところ、反則行為に対する反省が見られないため説教中だそうだ。
ごめんなさいとしか喋れない身体にするらしいが、どうせ心根は矯正しない。
教師の仕事も大変だ。
バッチが今回の優勝者を発表すると、祝福の言葉が飛び交った。
入学当初こそ風貌のせいで友人の少なかったブブカだが、半年経った今は誰からも頼られる優等生になっていた。
付き合いを深めるうちに優しい性格が知れ渡ったのだ。
ポークも同じだ。
例の二人以外はポークをアルノマと蔑んだりしない。
今だってみんな、学長と戦うまで残ったポークの戦績を讃えてくれている。
日々の寝食を共にするうちに、自然と絆が生まれたのだ。
友達と、先生と、ライバルと。ポークはこの魔学舎でたくさんのものを手に入れた。ポークは彼らが好きになり、それと同じだけ自分が嫌いになった。もう自分の出生について偽りたくなかった。せめて親しい友人の前でくらい、正直な自分でいたかった。




