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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第二章 ドリアニアで冒険!
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第六話 かくれんぼ・後編(3/5)

「危ないの、登場だぜ。なかなか見応えのある勝負だったが、酔っ払ってて頭が回んねぇ。結局、どっちが勝者だ。どっちにしろ、仲良く帰れるけどな」


 出会いたくなかった男ナンバーワン、バッチ・コイヤーである。

 バッチはすでに訓練用の剣を抜いていた。

 正攻法では絶対に勝てない。

 ココロも「あーあ」と諦めている。

 バッチは本当にどちらが勝者かわからないようで、ポークの返答を待っている。

 ポークはさり気なくココロに近づくと、ウェストバッグからジャガイモを一つ取り出し、バッチの足元に向けて投げつけた。

 光りイモのつもりでぶつけたのだが、爆発イモだったようだ。

 訓練用に殺傷力を抑えてあるため、着弾するとほかほかのマッシュポテトに変わって周囲に飛び散った。

 バッチは顔についたそれを手でとってぺろりと食べる。


「お前でいいんだな」


 バッチはポークを敵と認識したようだ。

 素早い動きで接近し、袈裟斬りを放つ。

 ポークは木槌の柄で受けとめた。

 力押ししようとするバッチに踏ん張って対抗する。

 互いの武器が腕力に耐えきれずみしみしと軋んだ。


「気配を消す練習はうまくいったのか」

「一応、一人は不意打ちで倒したよ。姉ちゃんに気づかれてこのザマだけど」

「そうか。なら後期ではもっとうまくやれ」

「まだ負けるつもりはねぇぞ」


 ポークは急に力を抜き、バッチの押す力を利用して後方に大きく跳んで距離をとった。

 だがバッチの追撃は早い。

 ポークはさらに後ろに下がりながら木槌でなんとか受け流す。

 この槌という武器はどう考えても対人戦に向かない。

 対魔物を想定した武器なので仕方がないのだが、バッチのような強者を相手にすると防戦一方になってしまう。


「はっはー! なんならマックローネもかかってきていいぞ」


 バッチは剣を振りながら楽しそうに言った。

 反撃の糸口すら見つけらないポークはほんの少し、ココロの援護を期待した。

 しかしココロは木に背中をもたれて腕を組んだまま動かない。

 あくびでもしそうな顔をしている。


「あたしはいい。ここで終わるの待ってる」

「おい、このままだとポーク・カリーが何もできずに負けちまうぞ」

「うん。たぶんね」

「なんだなんだ。やる気ねぇな」

「あたしがいたら邪魔だもん」

「なんの話だ」

「あのさぁ学長、たまにはお酒控えれば?」


 ポークはバッチの剣を防ぐので精一杯だった。

 ココロが何を言いたいのか考えている余裕はない。

 だが間違いなく援護はなさそうなので、勝負に出た。

 木槌で剣を受けた直後、バッチの手首をとるために手を伸ばしたのだ。

 バッチが相手だろうと寝技に持ち込めば勝機がある、ポークはそう考えた。

 しかしバッチは剣の達人である。

 伸ばした手を剣の根本で叩かれてしまった。

 これが本物の剣ならば手首から血が吹き出ているだろう。

 目の前でバッチが剣を振りかぶった。


「俺の勝ちだ」


 バッチがそう宣言すると同時だった。


「おいでませ、熱球さん」


 ブブカの声がして、周囲が真夏のような熱気に包まれた。

 ポークはこの技を知っている。

 入学試験で受けたから。

 熱気の魔術の応用型であり、火事場のような吸ってはいけない空気を作り出す技だ。


 バッチは剣を落とし、白目を向いて地面に倒れた。

 後ろにいたブブカが姿を見せる。

 手のひらをポークのほうに向けていた。

 ポークはまったくブブカの存在に気づかなかった。

 ここまで完璧に気配が消せるならば個別行動を選んだことも理解できる。

 ポークも見習わなければならない。


 呼吸を止めたまま魔術の効果範囲から逃げ出せば気絶は防げるだろう。

 だがポークはすでに負けた身だ。

 バッチに手首を落とされている。

 ブブカの勝利を称える意味も込めて、ポークは大きく息を吸って気絶した。


 翌日の朝が来たかと思うような長い体感時間を経て、ポークは目を覚ました。

 ブブカが膝を地面につけて治癒魔術をかけてくれていた。

 隣の大いびきをかいている男がうるさい。

 酒の飲みすぎだ。


「おはよう。オレけっこう長く寝てた?」

「いいえ。まだ地面も熱いでしょう?」

「ああ、だから気持ち良かったのか」

「まだ寝ていても大丈夫ですよ」


 ポークは鼻に手をやった。

 ココロの頭突きで負った傷を治してくれたようで、痛みが引いていた。

 熱気の魔術の影響でまだ周囲は温かく、お言葉に甘えて眠りたいところだが、どうせすぐに冷えるだろう。

 明日以降の授業のためにも風邪を引くわけにはいかない。

 ポークは立ち上がって土を払った。


「前々から思ってたんだけどさ」

「はい」

「ブブカって普通じゃねぇよな」

「……はい」


 ブブカは表情を変えずに俯いた。


「あっ、ごめん。悪い意味じゃねぇんだ」


 ポークは慌てて訂正する。


「オレと似た体質なのかな。全然気配が感じられない。ブブカは魔術も使えるのに、どうしてなんだろう」

「ああ、それは癖です」

「癖っておかしいだろ」

「ちょっと後ろを向いてください」


 ポークは言われた通りブブカに背中を向けた。

 すると背後に立っているはずのブブカがその存在を消した気がした。

 目視できていなければいるかどうかわからない。

 ポークと同じだ。


「で、どうしたんだよ。う、うおおおおお」


 急に背後に強烈な存在感が発生した。

 なんの前触れもなく、巨大な魔物の吐息を浴びているような感覚に襲われたのだ。

 あまりの恐怖にポークはつい振り返ってしまった。

 そこにはいつもと変わりのないブブカが立っていた。


「ごめんなさい。やっぱり、怖かったですか」

「今のなんなんだよ。……あっ、学長、おはよう」


 ブブカのあまりの存在感に爆睡していたバッチまで起きてしまった。

 目を擦って現状確認している。


「ブブカ・トレビアにやられたのか。うーむ、ショックだ。もうちょっと寝る」

「夢の中で反省会かよ。まず現実でしろよ」


 ポークの厳しい物言いにも屈せず、バッチは横になって自分の腕を枕にした。

 もう完全に駄目人間だ。

 バッチがまた目を閉じたことを確認すると、ブブカはもう一度存在感を増してみせた。

 見た目に変わりはないのにたしかに違いがわかる。

 不思議な感覚だった。


「わたし、こんな外見ですからどこを歩いていても人の目を集めてしまうんです。しかもみんな魔物を見るような目でわたしを見るので、どうすれば目立たないでいられるか考えました。まずは歩法や呼吸法を変えました。絹擦れしにくいいように姿勢や服にも気を使っています」

「あっ、その服、気を使ってたんだ」

「えっ、変ですか。わたしの服装」

「いやいやいや、いやいやいやいや……」


 返答に窮した。

 ブブカの服はすべて手縫いの継ぎ接ぎだらけである。

 貧乏が理由かと思っていたがそれだけではないらしい。

 視覚的には目立ってしまうが、音を消すという意味では役に立っているようだ。


「ですが、いくら動作に気を使ってもわたしが近寄るだけでみんな気づいてしまいます。そこで今度は体内の魔素を外部に漏らさないように制御してみました」

「そんなこと可能なのか」

「皮膚の内側に膜を貼っている感じです。わたし以外にこんな方法を使って生きている人はいませんから、習得は困難なのかと思います。しかしそうやって魔素を遮断して生きるようになってから、明らかに周囲の目が変わりました。わたしを腫れ物扱いする人が減ったのです」

「腫れ物扱いされてたのかよ」

「あっ、ごめんなさい。なんだか恨み言みたいになってしまいました。わたしは村で幸せでしたよ。ただ、元の顔を失ったことでナイーブになっていたんだと思います。ですが、こうして気配を消す術を習得してからは悪目立ちもしなくなりました。戦闘技術として活かせると知ったのはここに入学してからです。魔素の遮断と特殊な歩法はもう癖になっていて、たぶんいつもやっているから上達したんだと思います。おかげでわたし、尾行には自信があるんです」


 気配を消して隠密に行動する技術。

 ちょうどポークはそれを学ぼうとしていたところだ。

 今後はブブカを手本にしたほうが良いかもしれない。


「ブブカはどこに隠れていたんだ。急に現れた気がしたけど、この林の中か?」

「ああ、それは」


 ブブカはちらりといびきをかくバッチを見た。


「学長を尾行していました」

「嘘だろ」


 バッチが急に目を剥いた。

 信じられないといった感じの表情で、勢いよく上半身を起こした。


「いつからだ」

「開始からずっとです」

「馬鹿な。俺は一度山を下りた。その前からか」

「はい。始まりの鐘が鳴った直後です。学長が山道を進むのも、ロビンとポークが木の後ろに隠れているのも見ていました。その後、学長はロビンやデブトンたちの戦いを静観していましたね。戦いはどんどんエスカレートして危険な体術や魔術の応酬が続きました。いざとなったら止めるつもりだったのかと思いますが、後ろにいたわたしははらはらして気が気ではありませんでした。学長、あれは教育者としてどうかと思います」

「これは……完敗だな。ぐうの音も出ない」

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