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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第二章 ドリアニアで冒険!
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第五話 かくれんぼ・前編(2/5)

 バッチによるかくれんぼの説明が終わると時間をずらしながら生徒が入山していった。

 二回連続の鐘を合図に訓練が開始するらしいので、それまでに参加者は山に散らばらなければならない。

 戦略は自由だ。

 見通しの良い場所に行き、敵が来たら逃げるのもいい。

 茂みに潜ってただ時間を潰す手もある。

 腕に覚えのある上級生は山頂にどっかりと座り挑戦者を待つようだ。

 そこまで堂々としていると格好良くて憧れる。


 ロビンの考えた作戦は大胆なものだった。バッチを尾行するというのである。

 隠れていてはいずれ誰かに見つかってしまう。

 歩き回れば誰かに遭遇してしまう。

 だが学内最強の男であるバッチの足取りを追えばその道には敗者の屍しかないと考えたのだ。


 当然、バッチを尾行するには彼を先に発見しなければならない。

 バッチの入山は開始直前だという話なので、待ち伏せる準備はできる。

 純粋な攻め役であるバッチがいきなり変な道に逸れたりはしないだろうと予想して、ポークとロビンは校舎から寮に続く道の間で待ち構えることにした。

 あとはどうやって隠れるかだが、地面を掘り起こして埋まるくらいのことを考えていたポークと違い、ロビンの提案する方法はもっと単純だった。

 木の陰に立って動かない、それだけだ。

 どうせやり過ごした後に尾行するのだから、動けるように隠れなければ意味がないというのだ。

 ポークはぐぅの音も出なかった。


 ロビンはポークのやや太めの腹がぎりぎりはみ出ないくらいの細い木に隠れるように言ってきた。

 ロビン自身は近くの別の木に隠れる。

 木から少し離れたところに十人くらい隠れていそうな巨岩があり、そちらから腹と木槌が見えないようにポークは身体の位置を調整した。

 バッチはまず間違いなくその岩の周辺を調べるだろうと予想したのだ。

 ポークは調整を終えると次の指示を求めてロビンに目を向けた。

 やや離れているため声を出すと他の参加者に存在を知られてしまう危険がある。

 そのためロビンは空いている左手を動かした。


(ぼくが合図するまでその場で待機)

(了解)


 ハンドシグナルを実戦型の訓練で使うのは初めてだ。

 日々の練習の成果か、問題なく意思疎通できている。

 両手が使える状況であれば手話で難しい話もできる。

 声が使えない状況を想定して部屋で喋るのを禁止していた時期があるのだ。


 しばらくして二回連続で鐘が鳴った。

 二回目の鐘が鳴り終わる前に山の上のほうから女の子の声と木製武器のぶつかる音が聞こえてきた。

 早速始まったようだ。

 あれだけ目立てば勝者も他の生徒に狙われてしまうだろう。


 ポークは息を殺してバッチを待った。

 学長を務めるだけあってバッチの剣の腕は一流である。

 真正面から対峙して勝てる相手ではない。

 見つかったら終わりだと考えて行動しなければならない。


 体重を木に預け、意識を足の裏に集中させた。

 ほんのわずかに揺れを感じる。

 耳を澄ませると湿った地面にぐちゅぐちゅと踏み込む音がする。

 間違いない、誰かが近くを歩いている。

 木の裏を覗き込んできそうで怖い。

 通りすぎてくれと願っていたが、足音が止まった。


「そこにいるな?」


 バッチの声。

 心臓を鷲掴みにされた気分だった。

 ポークはロビンと目を合わせた。


(どうする)

(そのまま動かないで)


 ロビンの指示に従って今すぐに出ていきたい気持ちをぐっと堪える。

 するとバッチが動き出した。


「いねぇな……」


 巨岩の周辺を調べたのだろう。

 バッチはそう呟いたきり黙って山を上っていった。

 酔っているのに勘がいい。

 このまま追跡するのはリスクが大きい気がしてきたが、ロビンはやる気だ。


(行こう)

(了解)


 木の陰から出て尾行を開始した。

 目の届かない距離を保ちながら足跡を追っていく。

 バッチの足跡はまるでスタンプだ。

 隠す気が感じられない。

 滑って転んだ形跡すらある。

 こんな山の中で戦うならば居場所を悟られないようにせめて石の上を歩くべきだろう。

 酔いすぎじゃないかと心配になってくる。


 山の中腹で審判員とすれ違った。

 日々の授業でお世話になっている先生だが、ポークたちを見つけても話しかけてはこなかった。

 尾行中だとわかったのだろう。

 だがそこまでの気遣いができる生徒は少ない。


「あー、ロビンじゃん。まだ残ってんの。残念だなー、君とやりたかったのに」


 山を下ってきた上級生の女の子が大声で話しかけてきた。

 すでに敗退しているらしく全身泥だらけである。

 開始直後の声の主だろう。


(黙って)


「えっ、何、なんだっけそれ」


 ハンドシグナルが通じない。

 ロビンは仕方なく「ごめん、今学長を尾行してるからまた後でね」と声に出した。


「ああ、そうなんだ。わかった。頑張ってね。応援してるから」


 女の子は剣をぶんぶん振って激励してくれたが、さすがにこれはまずいと思ったようで審判員の先生が口を塞いでどこかへ連れていった。


「これ、学長に聞こえちゃってないか?」

「あれだけ強く足跡が残ってるならいつでも追えそうだし、一旦身を隠そう」


 ロビンと一緒に木の群れに潜り込んだ。

 モモモ森林にも生えていた広葉樹だが、冬なので葉はつけていない。

 それでも本数が多いため奥まで入り込めば簡単には見つからないだろう。


「学長は上に行ったからしばらく会わないと思うけど、他の生徒に鉢合わせる可能性はある。気をつけてね」

「わかった。ロビンは後ろに注意して」

「オーケイ。任せて」


 ポークが先頭を歩き、ロビンが追う。

 この辺りの林には初めて入った。

 身を隠せるような太い木も多く、待ち伏せも可能だ。

 なるべく人が隠れていそうな木を避けて進んでいると、突風が吹いた。

 風に押されて立ち止まると、ポークの鼻がひくついた。


(止まって)


 ハンドシグナルに切り替える。


(どうしたんだい)

(人がいるかもしれない)


 微妙なにおいの変化。確信はないが誰かが隠れている気がした。


(ぼくが行く)


 ロビンが矢筒から訓練用の矢を抜いて、弓にセットした。

 いつでも引ける姿勢で静かに歩く。

 ポークは接近戦に備えて両手で訓練用の鎚を握った。

 もうハンドシグナルは使えない。

 意思疎通の精度はパートナーをどれだけ知っているかにかかっている。


 ロビンが立ち止まり、目一杯弓を引いた。

 ポークの目の届く範囲に敵はいない。

 だがロビンは敵の存在を確信しているようだ。


「矢よ、見えない道を行け。……風射ち」


 ロビンは訓練用の矢を発射した。

 矢は木々の隙間を通り抜け大きくカーブする。

 勢いが衰えないまま曲がって曲がってはるか遠くの木の裏に通常あり得ない角度から矢が届いた。

「ぎゃっ」と男の声がした。

 矢が当たったのだろう。

 胸を押さえて倒れたためようやく姿が見えた。


「上級生だ。なら伏兵はいないかな」


 ロビンは弓を肩に担いだ。

 あっと言う間の決着である。


「すげー曲がったな」

「得意だからね、風魔術」


 ロビンは基礎魔術四種以外にも風魔術を習得している。

 風を矢に纏わせることで遠距離や死角への攻撃を可能とした。

 風魔術は習得方法が確立されておらず、教えられる者は国内にいない。

 だがタルタンには使い手が多いようで、ロビンはわずかな文献から自分なりの風魔術を作り上げたのだ。

 使い勝手は抜群に良さそうだ。

 熱気魔術と組み合わせれば熱風を、冷気魔術と組み合わせれば吹雪を起こせる。

 遠距離戦に強いため、先に敵を見つけられれば勝ったも同然だ。


 倒した上級生に挨拶をして別れると、その場で待機することにした。

 最初のルートから離れすぎると学長を見失う可能性がある。

 ポークは大木を背にして座り、小声でロビンに話しかけた。


「ロビンなら学長もやれるんじゃないか?」

「接近戦は百回やっても無理。狙撃なら可能性はあると思う。勝手に倒れちゃいそうなくらい酔ってるしね。でも積極的に狙うつもりはないよ」

「反撃が怖いもんな」

「それもあるけど、できれば学長にはリタイアしないでほしいんだ。優勝条件は最後まで残っていることだろ。学長がぼくたち以外を倒してくれればそれだけで優勝だ」


 ロビンはにやりと笑った。

 ポークとしても異論はない。

 学長に挑むのも楽しそうだがそれは次回でいいだろう。

 今回は優勝を狙うのだ。

 入学から卒業までの二年間で計四回、かくれんぼは開催される。

 だがペアで参加できるのは最初の一回だけだ。

 二人で優勝できるのは今回だけなのだ。

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