第五話 かくれんぼ・前編(1/5)
かくれんぼ。
年に二度しか行われない全生徒参加の総合局地戦訓練である。
入学から半年ほど経った冬の終わり頃、上級生を含めた二十名全員が校庭に集合した。
審判員として教師も七名参加している。
局地戦訓練にも慣れてきたポークだが、これほど大規模かつ真剣味のあるものは初めてだ。
入試以来の緊張感が生徒の間に張り詰めている。
生徒たちは剣や杖など各々が得意とする訓練用武器を持ち、入念に準備運動をしている。
ポークも他の生徒と同じく木槌をぶんぶんと振り回した。
胸元のロケットペンダントが跳ねる。
普段、魔術の使えないポークは、聞いているだけの授業も多い。
戦闘訓練では負けられないのだ。
気合を入れる声がそこかしこで飛び交う中、バッチが登壇した。
今日も目尻が垂れている。
いつも通りの酔っ払いだ。
「諸君、ついにこの日がやってきた。待ちに待った前期かくれんぼの開催だ。今回が初参加となる下級生はペアでの参加となるから、どうすれば勝ち残れるか相談して学べ。卒業式の余興として行われる後期かくれんぼは完全な個人戦となる。優勝を狙うならば今回がチャンスだぞ」
ペアは自由に決めていいと言われていたので寮で会議した結果、ルームメイト同士で組むことになった。
ポークの相棒はロビンだ。
隣で矢尻の部分についた綿をチェックしている。
弓は射程が特殊なため普の対人戦闘訓練では使わないが、今回は本気で臨みたいと殺傷能力のない矢を持ってきていた。
「裏山すべてが会場だ。隠れるもよし、積極的に仕掛けるもよし。出会った者同士で戦い、敗者は抜ける。それを最後の一人になるまで続けるんだ。それとかくれんぼは普段の訓練と違い、戦績が細かく記録される。優勝者にはなんと賞金が……出ない!」
「出ないのかよ」
つまらない冗談についポークは反応してしまった。
ウケたと勘違いしたバッチは気を良くしてげはげはと笑い出した。
「賞金は出ないが死ぬ気で戦う価値はあるぞ。かくれんぼの成績はドリアン魔術兵団及び冒険者協会に通知される。実戦で使える人材かどうかを見極める判断材料にされているんだ」
ブブカがぼさぼさと盛り上がった髪を後ろで結んだ。
ブブカは魔学舎の卒業後、魔術兵団で働こうとしている。
勝ちにこだわってくるはずだ。
コンビを組むココロはウェストバッグが手を伸ばしやすい位置にくるように何度も調整し直している。
こちらもどうやら本気のようだ。
「戦闘の勝敗は審判員が決める。もしその場に生徒しかいなかったなら当事者で決めろ。武器が本物であると考えて先に行動不能になるほどのダメージを受けたほうの負けだ。魔術も使用していいが怪我をさせない程度に加減しろよ。それと不正があれば記録されるから注意しろ。卒業しても記録は残る。軍なら辞めるまで卑怯者呼ばわりされるな」
不正と聞いてデブトンとシャクレマスに視線が集まった。
デブトンは長剣を、シャクレマスは短剣を身に着けている。
デブトンはバッチに可愛がられたおかげかめきめきと剣の腕が上達した。
シャクレマスは魔道具の研究ばかりしているせいか、戦闘面ではあまり成長した印象がない。
首だけでなく全身が人間そっくりになる魔道具を卒業までに作り上げたいらしい。
この二人はコンビネーションが鋭いのでできれば個別に仕留めたい。
「この訓練は実戦に近く、だからこそ学べるものがある。気配の探り方だ。見つかる前に相手を見つけろ。わずかな痕跡を見逃すな。正面から戦う必要はない。不意打ちが決まれば勝ちなんだ」
バッチはそこまで話すと懐から酒瓶を取り出す。
ぐいっと一口飲み込むと、喉が焼けたのか咳をした。
目がとろんとしている。
堂々と飲酒する姿に慣れてしまってもうおかしいとも思えない。
生活態度に厳しいアニーなら注意しただろうが、残念ながら今日は休みだ。
「それと今日は俺も参加する。全員動かず隠れていたら訓練が終わらないからな。下手な隠れ方している奴はぶっ倒していくから覚悟しろよ。俺から最後まで逃げ切ったら優勝という認識でもいい。とにかく敵に見つからず、見つける。それに尽きる。だから……」
話の途中でデブトンが手を上げた。
バッチは面倒くさそうに「なんだ」と聞いた。
「お前を倒したらなんかもらえるのか」
上級生たちからくすくすと失笑が漏れた。
バッチの剣技の鋭さを知っている者ならば普通倒すという発想は浮かんでこない。
しかしデブトンは馬鹿だ。
開発を進めていた必殺技がついに完成したと言っていたので、バッチよりも強くなった気がしているのだろう。
「この野郎、俺に恨みでもあるのか」
「あるぞ」
「まぁいい。俺は一方的に狩るつもりだが、自信があるなら挑んでこい。俺に勝っても物はやれんが、バッチ・コイヤーに戦闘で勝利したと記録に残る。かくれんぼの成績はマダガスト側にも通知される。出世コースに乗れるぞ」
デブトンは腕を組み満足そうに笑った。
バッチよりも偉そうである。
上級生たちはやれやれと肩をすくめた。
「学長を狙う、か。たまにはデブトンも良いことを言うじゃないか」
ロビンは矢筒を担いで準備を完了した。
木製のレイピアは腰に差している。
「なんかいい作戦でも思いついたのか?」
「ちょっとね。ポークにも付き合ってもらうよ」
ロビンは今日も頼もしい。
頼もしすぎて優勝が最低ノルマのような錯覚を起こしてしまう。
ポークは自分の頬を叩いて気を引き締めた。




