第三話 ココロとブブカ(3/6)
ココロとブブカが山を下りるとすでに戦闘訓練が始まっていた。
担当教員はバッチだ。
また何かやったのか、デブトンを木剣で叩いている。
目尻がぐっと垂れているので今朝は酒を飲んできたらしい。
「すみませーん」
ココロとブブカはバッチのところに謝りに行った。
初めての遅刻である。
叱られるかと思ったが軽く注意されたくらいで訓練に加わるよう指導された。
デブトンでストレスを発散しているせいか、やけに機嫌がいい。
周りを見ると訓練用武器を使った立ち合いをしていた。
ブブカが大急ぎで倉庫から杖を持ってくる。
ココロはブブカと向き合って腰の鞭に手をやった。
強化魔術で全身の筋力を上げていく。
「そこまで」
バッチが頭上で両手を叩いた。
まだ何もしていないのに終わってしまった。
周りの生徒たちが肩で息をしながら地面に倒れ込む。
平然としているのはロビンとポークくらいである。
「疲れたか。今倒れている奴は魔素の使い方が下手くそだ。戦闘時にこそ休め。常に全身を強化させている必要などないんだ。一部の例外を除けばな」
バッチは木剣を振りながら強化魔術の有効な使い方について力説した。
以前ココロはライガードから同じことを習っている。
強化魔術はオンとオフの切り替えがうまければ疲労せずに済むのだ。
習得するのに苦労したが今では呼吸と同じくらい自由に制御できる。
おかげで長期戦には自信がある。
「学長、例外とはなんでしょうか。常時強化していることにはデメリットしかない気がします」
ロビンが質問した。
近距離の対人戦では得意の弓を使用できず、それでもロビンは他を圧倒する勝率を誇る。
彼は気になったことがあればすぐに聞く。
暇があれば本を読む。
知識を貪欲に求める姿勢が彼の強さの根本にあるのだ。
「フーリアム、お前はいつもいいところを突いてくるな」
「恐縮です」
「レイピア使いだしな。突き技は得意か。ぐは、ぐは、ぐは」
だいぶ酔いが回っている。
バッチは膝を叩いて笑い出した。
疲れ切った生徒たちが白けた目を向けている。
笑いが収まるとバッチは話し始めた。
「たまに規格外の戦士がいるんだ。無限と思える量の魔素を体内に蓄えていて、肉体をいくら強化しても魔素が切れないような奴が」
「なるほど。本当に極一部の例外ですね。名前は挙げられますか」
「ドリアン王国最強の戦士、クラックジョー・シュテインダウジー」
バッチは国内最強を明言した。
それを聞いた生徒たちが蜘蛛の巣のように視線を交差させる。
酔っ払っているから本音が漏れてしまったのか。
他の教師ならばまず出さない名前だったのだ。
クラックジョーは軍に所属していない。
王子クリストフ・ジューシー・ドリアンに仕える側近の一人だ。
軍属でないのも問題だが、彼を最強と呼びにくい理由がもう一つある。
彼はアルノマなのだ。
「なんだお前ら。アルノマが最強はおかしいか?」
「そんなことはありません」
ロビンが即答するのでバッチは気を良くしたようだ。
聞かれていないことまでべらべらと喋りだした。
「少し前に奴を見たが、化け物だ。なんというか、鬼だな。民話に出てくる地獄の鬼だ。奴は大きな鉈を振るう。この鉈が特別製でな。絶縁の大鉈と呼ばれている。絶対に魔素を通さない特殊な鉱石、絶縁鉱を研いだものだ。絶縁鉱はとにかく重い。金の十倍以上の重さだ。常人には持ち上げることすらできん。強化魔術を常時発動して筋力を上げていなければ持ち運ぶことも困難なんだよ。ありゃ、本物の規格外だ。接近戦で相手になる奴はいないだろう」
バッチは懐からガラスの瓶を取り出した。
中身はお察しだ。
ぐいっと呷るが美味そうには見えない。
昔、ライガードの酒を盗んで飲んだことがあるが苦すぎてすぐに吐いた。
いつか味がわかるようになりたいが、こんな大人にはなりたくない。
「い、い、異議あり」
地面に尻をつけて座るシャクレマスが挙手した。
「お、俺たちの国マダガストにも強い人はいる。そ、そいつが大陸最強みたいな言い方はよ、よせ」
「ふむ」
バッチはまた一口酒を飲んだ。
それからシャクレマスの前に立ち、盛大にげっぷをした。
シャクレマスが鼻をつまんだ。
「そうだな。なら各国を代表する猛者を教えてやろう。戦争でも起こらない限り、誰が最強かなんてわからないからな。マダガストだと有名なのはあいつか。教皇親衛隊の隊長、コートショーグ・ヤビーパイセン。硬化と軟化の魔術を使って腕がびょんびょん伸びる軟体びっくり人間らしい。こうして話すと変な冗談みたいだな。そんな面白野郎だが性格は極めて悪いと聞いている。コートショーグが隊長職に就いてから訓練が厳しくなって八割以上の隊員が辞めたそうだ。隊長以外も残った奴等は強いだろうな」
シャクレマスはにたにたと気色の悪い笑みを浮かべた。
その反応から察するにマダガストでは有名な人物のようだ。
いずれ冒険者として各国を渡り歩く予定のココロも聞いておいて損のない話だろう。
ポークも声の届くところに移動している。
「次にフォーズ共和国。我がドリアン王国と長年大陸の覇権を争っている。今はお互い国力を高めて牽制し合っている状態だ。最強は議論の余地なくハルトリオン・ウィル・テリアム。フォーズ代表騎士団の団長で『百目騎士』と呼ばれている。こいつは生まれつきほとんど目が見えない。だが魔素を知覚する力が異常に優れているため目が百個あるかのように動けるという。さらにフォーズでは代々騎士団長が受け継いできた武器がある。冒険者志望の奴ならわかるはずだ」
バッチがちらりとこちらを見た。
ココロはかつてウゴウゴで読んだ本の内容を思い出した。
「えっと、万能金属オリファルコン。始まりの冒険者サムソンが東アトラから持ち帰った古代の武器で、生誕の国フォーズに没後寄贈されたとか」
「そうだ。オリファルコンは変幻自在。剣にも槍にも弓にもなる。所有者の意思に従いその形を変えるんだ。ハルトリオンの得意な武器は弓。オリファルコンの弓で射られた矢は山を二つ越えた先にいる魔物の心臓を正確に貫くという」
万能金属オリファルコンは世界に一つしかない武器である。
現代の技術では作成方法どころか原材料すらわかっていない。
英雄サムソンのイメージを色濃く受け継ぐことから最強のシンボルとされている。
実際、代々の所有者はフォーズ代表騎士団長として凶悪強大な魔物と戦ってきているが無敗だ。
「さて、これで三カ国の代表的な強者について話した。だが国家機関に属していなくても強い奴はいる。冒険者だと『双剣』のフォクスがやたら強いと言われているな。ただ、何年か前に古代遺跡、断離の長城に挑んで戻ってきていない」
ポークの目が泳いだ。
急に父親の名前が出て驚いている。
戦闘能力が冒険者としての評価に直結するわけではないが、やはり父が褒められると嬉しいらしい。
我慢しているようだが、口角が上がっている。
「それと犯罪者にも強い奴はいる。とびきりのクソ野郎だがやはり『大罪人』ザンギャクは外せない。ザンギャク団の頭目で殺人と強盗の常習犯だ。討伐に出た軍人は一人残らず殺された。現在もドリアン国内に潜伏しているらしいが足取りは掴めていない。その能力は謎だ。だが強くなければ何百人も殺せねぇ。もし遭遇してしまったら何を捨ててでも逃げろ」
ココロはザンギャク団の少女アルトを思い出した。
彼女の剣は速すぎて目で追いきれなかった。
あのアルトよりも強く容赦がないとしたら討伐には各国最強クラスの人間が出向く必要があるだろう。
その首にかかっている懸賞金が一生遊べる額だとしても出会ったら逃げ一択だ。
「冒険者協会でも国の所属でもない、流浪の人間にも規格外はいる。大陸全土に逸話を残す神出鬼没の旅人だ。『時空姉妹』姉のシャールザードと妹のドーナザード。姉は時間を、妹は空間を操るといわれている。平たくいえば予言者とその護衛だ。姉のシャールザードは大陸全土に謎の予言を残して歩いた。特殊な魔術で未来が見えたらしいが誰かと戦った記録はない。問題は妹だ。もしなんでもありの殺し合いで最強を決めるとしたら彼女に勝てる者はいない。彼女の操る空間魔術は近づく者の臓器を抜き取る。幸いこの姉妹はあらゆる機関に所属せず自由意志で旅をしていた。その目的を問われると、未来を変えるためだと答えたそうだ。もう十数年は目撃報告がない。生きていたら二人とも八十歳を超える高齢だが、どうだろうな」
それだけ年齢を重ねてなお最強候補に名が挙がるとは驚きだ。
大陸最強ババアは曾祖母のサキだと思っていたが改める必要がありそうだ。
「だいたいこんなもんだ。こうして名前を挙げていくと自分がいかに弱っちいかよくわかるな」
「学長は弱くありません」
ロビンが素早くフォローした。
事実、剣の実力でバッチに敵う生徒はいない。
上には上がいるだけなのだ。
バッチは自嘲するように笑って、それからまた一口酒を飲んだ。




