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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第二章 ドリアニアで冒険!
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第三話 ココロとブブカ(1/6)

 しまった、寝坊した。


 今日は朝食当番だというのに目を覚ましたらもう明るかった。

 寝ぼけ眼をこすって身体を伸ばし、隣のベッドを見るとブブカはいない。

 折り畳まれた毛布がまっさらな水面のように伸ばされている。

 貴族向けの宿でさえここまで丁寧なベッドメイクはしないだろう。

 ブブカの几帳面な性格が垣間見えた。


 入寮から十六目。

 この生活にも少しずつ慣れてきた。

 他の魔学舎では横並びになって剣術や杖術を習うらしいが、第四では個性が尊重されている。

 それぞれが得意とする武器での訓練が認められているのだ。

 ポークは槌、ブブカは杖、ロビンは弓とレイピアだ。

 ココロの場合はさらに特殊で、蔓の鞭という自作の魔道具を武器にしている。

 当然、使い方を教えてくれる人などいない。

 それでも第四の教師たちは蔓の鞭の強みや弱点を対戦相手の視点から教えてくれる。

 今では鞭にナイフを持たせてリンゴの皮が剥けるほどに上達した。

 ココロはこの魔学舎生活で確かな成長を実感している。

 だが日々の訓練による消耗に回復が追いついていない。


「起きたばっかりなのにまだ筋肉が痛い。ブブカはよくあんなに早起きできるわ……」


 ココロはベッドを下りると肩を回した。

 筋肉が鈍い痛みを伝えてくる。

 半分床に落ちている毛布をベッドの上に戻す気力もない。

 脱ぎ散らかしていた室内靴を潰し履きして、一階の調理場に向かった。


「おはようございます。ごめんなさい、先にほとんど済ませちゃいました」

「うん、おはよ。うわー、いいにおい」


 火にかけられた巨大な寸胴鍋の中で大量の豆が煮られている。

 原型はないがトマトが溶けているようだ。

 主食のライ麦パンは背が割られてレタスと茹でた鶏卵が挟まっている。

 いつもスープに漬けるだけなので別の食べ方ができて嬉しい。


「材料みんな使っちゃった?」

「ココロが得意だというので、ジャガイモだけ残しておきました。そっちに積んであります」


 調理台の上にジャガイモが七個置いてあった。

 丁寧に土が洗い落としてある。

 スープに入れても美味しいだろうがわざわざブブカがとっておいてくれたのだ、おいしいマッシュポテトを作らなければなるまい。


 寮の食事の材料は二日に一回、街から納入される。

 それをアニーが朝食用と夕食用に振り分けて、当番の生徒が調理するのだ。

 当然、調理する者の腕によって味に差が出るため食事時には容赦のない駄目出しが飛び交う。

 それを繰り返して卒業する頃にはみんなそこそこの料理上手になっているそうだ。


 ココロは野菜の魔術でマッシュポテトを作り上げると、それを皿に盛りつけた。

 するとブブカがスープを小皿に取り分け、味見を頼んできた。

 香りは良し。

 ココロはスープを口にする。


「うん。おいしい。ブブカは料理上手ね」

「五歳の頃から料理はわたしの仕事でしたから」

「へぇー」


 納得しかけたが、よく考えると五歳は早い。

 それにブブカは嗅覚が鈍い。

 調理に向いていないはずなのだ。


「ブブカって味はわかるの?」

「実はあまりわかりません。食感とか熱さがわかるので美味しいっていう感覚はあるのですが。なので味見は任せました。ココロには迷惑をかけてしまいます」

「全っ然迷惑じゃないし。むしろばんばん食わせてちょーだい」

「まぁ。食いしん坊ですね」


 ブブカがくすくす笑い、よだれが垂れそうになるのを慌てて吸い戻した。

 彼女の皮膚のない顔にも慣れて感情が読めるようになってきた。

 今は心底リラックスしている。


「ねぇ、聞いていいかな」

「なんですか」

「なんでブブカ、魔術兵団に入るの。あんたくらいいろんな魔術が使えたら別に働き口があるでしょ」


 皿にパンを乗せながら、さり気なく聞いたつもりだ。

 前々から気になっていたが言い出せなかった。

 ドリアン王国は長い間、東の大国フォーズと冷戦状態に陥っている。

 いつか戦争になったときにブブカが矢面に立つと思うとたまらなく怖かった。

 ブブカの戦闘能力は極めて高い。

 危険な前線基地でも活躍できてしまうのだ。

 それに一度国の機関に属すると他の国へ移住しにくくなる。

 スパイだと疑われてしまうからだ。

 そのため冒険者としての活動も制限される。

 冒険者として実績を積み軍にスカウトされる者はいても、逆はほとんどいない。

 国家に忠誠を誓うということは取り返しのつかない契約なのだ。

 ココロはブブカにもっと自由に生きてほしかった。


「えーと、どこから話しましょうか」

「言いにくい?」

「そうですねちょっとだけ。実はこの顔の怪我に関係があるんです」


 ブブカは自分の口の近くを触った。

 彼女の顔は皮膚がないため肉がぶよぶよと盛り上がっている。

 声も掠れていて聞き取りにくい。


「よくある話です。わたしが六歳の頃、弟と一緒に村の近くで山菜を採っていました。そこで魔物に遭遇したんです。スカンクの変異種、バーストヘコキングでした。大人は近くにいません。いても同じだったかと思います。敵は飢えていて、わたしたちを食べようと襲ってきました。バーストヘコキングはスカンクのように身を守るために悪臭を使うのではありません。獲物を焼き殺すために超高温の炎を噴出するのです。わたしは弟を守ろうと前に出てバーストヘコキングの炎を直に浴びました」

「激熱の屁……そいつポークの親戚ね」

「なんでポーク?」

「気にしないで。続けて」

「全身に火傷を負いながら、必死になって熱球魔術を練りました。熱が通じるかわかりませんでしたが、もう夢中です。なんとか敵にぶつけると驚いて逃げていきました。ですが村には治癒術師がいないため、回復は自然治癒に任せるしかありません。何十日も生死の境を彷徨い、ようやく完治したときわたしは皮膚と味覚と嗅覚を失っていました。その後、旅の治癒術師に診てもらいましたが二度と元には戻らないと言われました。わたし自身でも治癒魔術を試したのですが、これが治っている状態のようです。もう元の顔も覚えていません」


 ブブカは寸胴鍋の中身をかき混ぜた。

 焦げつきが気になったようだ。

 ココロはパンとポテトの乗った皿を食堂に運ぼうとして持ったが、その場を動けなかった。

 今は最後までブブカの話を聞きたい。


「わたしはそれでもいいんです。外見がちょっと変わったくらいで元気に生きています。幸い、わたしは魔術が得意です。こんな見た目でも働き口は見つかるでしょう。それで良かったんです。わたしが一人だったなら」

「……そう、弟さんね」


 魔物に襲われたのはブブカだけではない。

 以前にも家族を村に残してきたと言っていた。

 出会ってまだ日の浅いルームメイトが踏み込んでいい話なのかわからないが、聞かなかったことにはできない。

 黙り込んでしまったブブカが話すのをただ待った。


「……弟はわたしよりも深く息を吸い込んでしまったのです。肺を焼かれてしまいました。日常生活を送れるくらいには回復しているのですが、肺炎が慢性化しています。悪化するとつきっきりで治癒魔術をかけなくてはならずお金がかかります」


 ブブカは話に集中しているためか寸胴をぐるぐるぐるぐる混ぜすぎて渦になっている。

 ココロは一旦皿を置くと、ブブカの隣に立った。

 鍋をかき回す手を止める。


「ごめんなさい。わたしのせいで食事の時間が遅れちゃいますね」

「あたしがスープ注いでいくから。続きを話して」

「でも」

「いいから」


 ココロは底が深めの皿にスープをよそっていった。

 上級生のぶんもあるのでかなりの量だ。

 本来ならば盛りつけの終わった皿からさっさと運びたいところだが今は大切な話をしている。

 ブブカを調理場に留まらせた。


「弟の肺炎は治癒魔術では完治しません。一時的に呼吸を助ける程度です。わたしの顔の皮膚と同じで肺の組織が死んでいますから。ですがたった一つだけ弟を救う方法があるのです。それが、再生の魔術です」

「再生の魔術ってどこかで聞いたような。あー、なんだっけ、リーリー? この国の初代国王が使う魔術だ!」

「しっ! 声が大きいです。ちゃんと先王陛下とお呼びしないと」

「めんどくさーい」

「わたしの前ではいいですが、先生の前では気をつけてくださいね」


 ブブカが心配そうにしている。

 ココロは「わかったわかった」と気のない返事をした。


「とにかく、陛下の使う再生の魔術のみが弟を救えるのです。しかし王族である陛下にわたしのような平民が会えるはずもありません。たとえ会えたとしても見返りもなしに助けてはくれないでしょう。陛下が救うのは国の重要な職を担う貴族か、多額の税を支払う豪商、または国防にあたる軍人とその家族だけです。貴族でなくお金もないわたしには軍人になることしかできません。だからわたしはこの魔学舎を最高の成績で卒業して、ドリアン魔術兵団の幹部になります。そして助けを乞うのです」


 ブブカの意思は固そうだ。

 彼女は弟の治療費を稼ぐために軍人になるわけでなく、軍人にならなければ弟を助けられないのだ。

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