第二話 留学生(6/6)
残るは留学生の二人だけとなった。
妙な緊張感が教室に漂っている。
シャクレマスは小指で鼻をほじっていた。
アニーに名前を呼ばれると指を抜き、あろうことかポークに向かって鼻くそを弾いた。
勢い足りず届かなかったから良いものを、当たっていたら開戦だった。
「お、俺はマダガスト治安維持隊の一員だ。ここへ来たのは給料が出るからだ。りゅ、留学は仕事だ。本国で仕事をするのと同じだけ貰える。しょ、将来どうなりたいか、だったか。今までと変わらない。上に言われた通りの仕事をするだけだ。た、ただ仕事は嫌いだけど、やりたいことはある」
シャクレマスが上着から布に包まれた何かを取り出す。
例の魔道具の類かと思ったようでロビンが椅子を引いて距離をとった。
だが布を開くとそれはただの油粘土だった。
シャクレマスは粘土を机に置くと両手で十回ほどこねくり回した。
たったそれだけで流砂に落ちた人間が助けを求めているような悲壮感ある腕の形ができ上がった。
「おお俺は人形をつくりたい。魔道具で作る本物そっくりの人形だ。げ、芸術で飯は食えないって本国の奴らには馬鹿にされるけど、おおお俺は本気だ。だ、だからあと二年、俺はお前らとはつるまない。時間があれば人形作りに情熱を注ぎたい。だだだから俺にか、かまわないでくれ。頼む。あ、あ、あ……アニー先生」
シャクレマスの人形作りにかける熱意は本物だと感じた。
朝に見たあの魔道具は人形のパーツなのだろう。
あのクオリティで全身を揃えたらもう人間と見分けがつかないのではないだろうか。
態度は悪いが彼もある種の天才なのかもしれない。
アニーはシャクレマスの前に立った。
それから粘土の腕を舐めるように見てその完成度を確かめた。
「見事ですね。ただ練っただけではありません。粘土の中の魔素が変質しています。紋式魔術の才能があるようです。よろしい。私があなたの才能を伸ばしてあげましょう」
「ひっ、ひっ、一人でできる」
「留学生を放っておくなど、ドリアン王国の面子にかかわります。安心なさい。あなたは自分が思っている以上に成長できる余地がある。私も魔道具作家の端くれです。アドバイスは任せなさい」
シャクレマスは魂を抜かれたようにがっくりと椅子に体重を預けた。
アニーは良い先生だ。
反抗的な生徒なんて見捨てるほうが楽だろうに嫌な顔をされてもちゃんと指導している。
それに魔道具作成の知識がある先生なんてほとんどいないのだから、シャクレマスはラッキーだ。
「最後は俺様だな。伝説のレジェンドになる男、デブトン・バッカーマンだ。とにかくビッグな俺はビッグな存在になるつもりだ。雲の上の存在だからな。気安く話しかけるんじゃねーぞ」
デブトンが立ち上がり、ファイティングポーズをとった。
全然強そうではない。
前列の女子たちがくすくすと嘲るように笑った。
「あなたはどうして留学を決めたのですか?」
アニーから質問が飛ぶ。
デブトンは腕を組んだ。
「シャクレマスについてこいって言われたからな」
「でもあなたは真面目に魔術を勉強したがるタイプには見えません。断ればよかったのでは?」
「シャクレマスは他に友達がいないからな」
「つまり友人のためについてきたと?」
「そうだ」
「主体性のかけらもありませんね。頭が痛いです」
アニーが額に手を当てた。
デブトンは格好つけてしゅっしゅとパンチを打っている。
しかしフットワークが悪い。
その場から微動だにしていないのだ。
格闘技を学んだ経験がないのだろう。
「おう、やってるか。なんだこの部屋、寒いぞ」
ようやく戻ってきたバッチが教室の扉を閉めて教壇の横に立った。
先ほどよりも足運びが浮かれており、へらへらとだらしなく目尻を下げている。
「バッチ、あなたまた飲みましたね」
「ああ、薬をちょこっとな」
「薬じゃないでしょう」
「酒は何にでも効く薬だ。だってほら、気持ち悪くて吐きそうだったのが回復したぜ。いやー、楽しいねぇ」
酒のにおいで教室の空気が急激に悪化していく。
ポークはさり気なく口呼吸に切りかえた。
わかりやすく鼻をつまむ者もいる。
「どうぞ続きを聞かせてくれ」
バッチはそう言って教室の壁に寄りかかった。
デブトンが中断していたパンチの見せつけを再開する。
アニーは深く溜め息をついた。
「ではデブトン、具体的に答えてください。あなたがなりたい伝説のレジェンドとはなんなのでしょうか」
「知らねぇよ」
「知らないってどういうことですか」
「だって知らねぇもん。伝説的な有名人になれればいいんだよ」
「有名?」
「シャクレマスがいずれ芸術家として有名になるだろ。そんとき、友達が普通の奴じゃ格好がつかねぇからな」
「仲が良いですね。でも有名になりたいなら目標を定めたほうが良いと思いますよ。治安維持隊で隊長格を目指すとか、せっかくドリアンに来たのですから国家間のパイプ役を担えるように人脈を広げるとか」
「必殺技の練習はしてるぜ。シャクレマスに考えてもらった。完成すればお前なんか瞬殺だ。雑魚そうだもん。杖とか使ってるし」
デブトンは教師も生徒も関係なく見下している。
しかしシャクレマスのような魔道具製作の才能もなく、強くも賢くもない彼がアニーを馬鹿にする様は不快どころか滑稽だ。
ポークは彼を嫌いになりかけていたが、むしろ哀れに思えてきた。
彼は無知なだけなのだ。
どうしようもなく馬鹿なのだ。
「ちょっといいかな、そこの、なんだ、肉団子」
「俺はデブトン・バッカーマンだ」
バッチが話に割り込んできた。
怒るのかと思いきや、酒のおかげで上機嫌だ。
デブトンの前にふらふらと歩いていき、机を挟んで向かい合った。
それからバッチは右手を差し出した。
「ほら肉団子、握手を求められたらどうするんだ」
「デブトン・バッカーマンだ」
デブトンは握手を返そうと右手を差し出した。
その瞬間である。
バッチはデブトンの手首を掴んでぐいっと胸の高さまで引き上げた。
それから左手を使ってデブトンの小指を握り、あらぬ方向に折り曲げた。
デブトンが絶叫する。
「ぎゃああー! 指の骨が骨折したー!」
上質な音楽でも聴いているようなうっとりとした表情でバッチは薬指を握った。
まるで小枝でも折るように根本から指を折る。
デブトンが暴れるが掴まれた手首は微動だにしない。
「やりすぎです!」
見かねたアニーが止めに入った。
しかしバッチはアニーを無視して三本目の指を折った。
アニーが杖でバッチの手首を叩き、それでようやくデブトンは解放された。
痛みのあまり床を転げ回っている。
バッチはアニーに叩かれた手首を振って顔をしかめた。
バッチはバッチで痛かったらしい。
「報告を受けてはいたが本当に今年の留学生はクズだな。俺は嬉しいよ。最近の入学者はできる奴ばかりで厳しい指導が必要なかった。だがお前が相手なら俺も本気の教育ができる」
バッチは自分の無精ひげを手でこすった。
痛みに暴れるデブトンを見て満足気ににやついている。
「痛ぇよー。痛すぎるよー。せっかく留学してきたのに痛い思いしかしてねぇよー」
デブトンの指を診ようとしてアニーが床に膝をついた。
それを見たバッチが手を向けて制止する。
「聞け、肉団子。最初の授業だ。俺のような敵意を持つ相手から身を守る方法がある。単純だが効果的で、みんな当たり前にやっている。だがお前にはできていない。何だと思う」
「知らねぇよー。痛ぇよー。デブトン・バッカーマンだよー」
デブトンは痛みで話を聞くどころではない様子だ。
「相手を敬い尊重することだ。人間っつーのは自分に好意や敬意を抱いている相手には多少のことでは腹が立たない。もしお前が平穏な生活を送りたいならまず態度を改めろ。さもなきゃ卒業まで毎日血を吐かせてやる」
明確な脅しだった。
話の内容はもっともだしデブトンが悪いのは明らかだがこうも暴力を前面に出されると関係のないポークまで萎縮してしまう。
デブトンが従ってもそれは嫌々で、心の中では憎悪が膨れていきそうだ。
「いやだー。お前には従わないー。俺には俺の正義があるんだー。偉そうな奴は嫌いだー」
驚いた。
骨を折られてなお反抗的な態度を貫いている。
シャクレマスでさえ「やややめとけデブトン」と慌てている。
バッチは楽しそうに自分の無精ひげを擦った。
「従わない、か。なら俺は容赦なくお前を叩く。二年間みっちりだ。全身の骨をぼきぼきに折って血反吐の溜め池を作ってやる」
「いやだー。絶対お前をぶっ飛ばしてやるー」
「いいなぁ。うん、お前いいよ。態度を改めないならそれでもかまわん。だがその道は険しいぞ。他人に従って生きるほうがずっと楽だ。もしその執念のようなわがままを一生貫きたいんだったら誰よりも強くなれ。お前はクズだ。無理だと思うがな」
バッチは長机に座りデブトンの椅子に足を乗せた。
苦しそうに脂汗を浮かべるデブトンを見下ろしている。
蟻の巣を浸水させて遊ぶ少年のように残酷で優しい眼差しだった。
「もういいですね。治しますよ」
アニーはおかしな方向に曲がったデブトンの指を力づくでまっすぐにした。
デブトンが声にならない声をあげる。
アニーは立ち上がると、杖の先をデブトンの右手に向けた。
銀色の杖がほんのり青く光る。
「痛ぇよー。こんなのねぇよー。レジェンドにこんな仕打ちー。もう駄目だー。痛ぇよー。あっ、痛くない。超気持ちいい……」
治癒魔術が効いたみたいだ。
デブトンが折れた指を恐る恐る触った。
麻酔効果があるのだろう。
大した痛みはなさそうだった。
「どうだすごいだろ。俺が壊してアニーが治す。毎日だって骨折させてやるぜ。おい肉団子、態度を改めるなら今のうちだ」
デブトンはすくっと立ち上がった。
バッチの目を睨みつけて、足元の椅子を蹴り倒した。
「デブトン・バッカーマンだ。酔っ払い」
バッチがアニーに追い出されるまで、デブトンの悲鳴は途切れなかった。




