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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第二章 ドリアニアで冒険!
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第二話 留学生(1/6)

 ばさばさと鳥の羽ばたく音がした。

 寝ぼけ眼をごしごし擦ると徐々に焦点が合ってきて、自分が今どこにいるのかを思い出した。


「おはよう」


 ロビンはすでに起きていて、椅子に座って本を読んでいた。

 ポークは大きくあくびをすると、「おはよう」と返した。


「まだ寝ていても大丈夫だよ。朝食まで時間がある」

「オレ、朝は身体を動かすことにしてるんだ。ちょっと外に出てくる」

「勤勉だね」

「習慣になってるだけだ。朝動かないと、一日眠気がとれなくて」


 動きやすい格好に着替えると寮を出た。

 朝日が姿を見せたばかりで空気がまだ冷たい。

 ポークは軽くジャンプして身体を温めた。


 寮は山の中腹にある。

 せっかくなので頂上まで行って街の景色を一望しようと思った。

 道らしい道はないが高い場所を目指していけばいつかは辿り着くだろう。

 ポークは迷子にならないように注意して走り始めた。


 この辺りの木は枝まで太くて折れにくい。遊び心でぶら下がるとちょうどいい感じにしなるので、身体を揺らして別の木に飛び移った。猿になった気分だ。豚なのに。

 しばらくそうやって進むと、後ろから「おーい」と呼びかけられた。

 枝に掴まったまま振り返ると、ロビンが走って追ってきていた。


「本を読み終えたから来てみた。邪魔でなければだけど、ぼくも一緒に運動していいかい」

「もちろん。頂上まで一緒に走るか?」

「いいね。でもポーク、走ってないみたいだけど」

「細かいことは気にすんな。ロビンも来いよ。この辺りの木は質がいいぜ」


 ポークが誘うとロビンは地面を蹴り上がり軽々と木の枝に足を乗せた。

 当たり前のように強化魔術を使いこなしている。


「ひゃっはー!」


 ポークが猿のように手を使って枝の間を移動すると、ロビンはジャンプして追ってくる。

 いつの間にか先に地面に足をついたら負けという共通認識が生まれてしまい、手が擦りむけたのに我慢して進んでいた。

 木が途切れた頃には皮がべろん。

 隠していたが見抜かれてしまい、治癒魔術をかけてもらった。

 ロビンは基礎魔術をすべて習得しているらしい。

 その才能を一部でいいから分けてほしかった。


 山頂は岩場になっていた。

 壮大な景色を期待したがして高い山ではないので、ごちゃごちゃとした街並みが少し遠くに見えるくらいで感動するほどのものでもなかった。

 そもそもこの山が第一ドリアニアから伸びるバブルの塔に見下されている。

 あそこに住んでいるというリーリーから監視されている感じがして気分が良くない。

 しかしロビン曰く、あの塔を見ると落ち着くそうだ。

 故郷がすぐ近くにあるのだと実感できるらしい。


「あら、ポークじゃない。日課のやつ?」

「遅かったな」


 木々の間から声がして、ココロが岩場にやってきた。

 ココロもポークと同じように朝のトレーニングを欠かさない。

 打ち合わせていたわけではないが、外にいればどこかで顔を合わせると思っていた。


「やっぱり山は空気がおいしい。運動するには最高の環境ね。そういえば、ここに来る途中で綺麗な沢を見たんだけど、気づいた?」

「別の道で来たのかな。オレたちが通ったところにはなかったぜ。なぁロビン」

「いや、あったよ」

「マジかよ。気づかなかった」


 手がひりひりしていてそれどころではなかった。

 移動中に水場を見逃すなど冒険者失格である。

 これは猛省しなければならない。


「そこがね、すっごい癒やしスポットだったの。運動で火照った身体もクールダウンできるし、寮に近いから行きやすい。しかもね、ブブカの冷気の魔術で凍らせれば滑って遊べるんだって」


 ココロは興奮気味に話す。

 ライチェ村にいた頃、川は生活の要だった。

 水が汲めるだけでなく、魚や水を飲みに来た動物も捕れた。

 水場にいるとなんだか安心したものだ。

 本能なのだろうか、ポークも沢を見てみたくなった。


「朝食までそこで時間を潰そうか」


 ロビンの提案に乗って、ポークたちは岩場を離れることにした。

 先導するココロを追い、今度はゆっくりと森を散策する。

 遠くが見えないほど多くの木々に囲まれているが、モモモ森林と違って切り株が一つもなかった。

 邪魔な木を見つける度にむらむらと木こりの血が騒ぎ出す。

 アニーから生態系を壊さないようにいわれているので、なんとか衝動を抑えこんだ。


「そういえば、ブブカも来てたの?」

「え?」

「沢を一緒に見たんだろ。もう寮に戻ったのか」


 ココロがゴミを見る目でこちらを見てくる。

 それからはぁーっと溜め息を吐いた。


「あんた、後ろ」


 そう言って顎をくいっと動かす。

 ポークが振り返ると、鼻と鼻がぶつかりそうなほど近いところにブブカの顔があった。

 ブブカのぎょろりとした目がポークの鼻を見て中央に寄る。


「ブヒャアァァァ!」

「きゃああああ!」


 ポークの声に驚いてブブカも大声をあげた。存在感が薄すぎる。

 まるで気配を殺した狩人だ。

 豚の捕獲でも目論んでいるだろうか。


「やめろよブブカ、心臓に悪いって。どこにいたんだよ」

「あの、ずっとココロと一緒にいたんですけど」

「会った時点で声かけろよ」

「タイミングが見当たらなくて……」


 なかなかの引っ込み思案である。

 よくこの性格で一人旅ができたものだ。


「足音、全然しなかったぞ」

「歩くペースを合わせていたので。癖なんです」

「癖じゃねぇよそれもう技だよ」


 申し訳なさそうに俯くブブカ。

 彼女の顔面には皮膚がなく、見た目の与えるインパクトはポーク以上かもしれない。

 目立つせいで苦労したのだろう。

 これ以上は責められなかった。


 後ろにいられると怖いので、ブブカには隣を歩いてもらった。

 それでも足音を合わされると消えたのではないかと錯覚する。


「えーっと、たしか、この木を右に行けば沢が……あった。あったけど……なんだこれ!」


 先を歩いていたココロが立ち止まり、口を押さえて後ずさりする。

 ココロの目に何が映ったのかポークの位置からは確認できない。

 しかしただ事ではないようで、横にいたロビンがココロを守るように前に出た。

 ポークとブブカは顔を見合わせると走って二人を追った。


 目の前に膝くらいの深さの沢が広がっていた。

 水の中で草がゆらゆらと揺れている。

 山の水たまりといった感じで、アメンボが楽しそうに跳ねている。

 ほとんど空気と同じくらい水が澄んでいた。

 澄んでいるはずだった、というのが正確かもしれない。

 沢のほとりで一羽の野ウサギが首を裂かれて死んでいた。

 流れる血が沢の水を濁らせている。


「ひどい……」


 ブブカが野ウサギに駆け寄り、手をかざして治癒魔術をかけようと試みた。

 しかし誰がどう見ても野ウサギは死んでいる。

 ブブカはウサギを水から引き上げると、ぽろりと涙を一粒こぼした。

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