第一話 共同生活(4/5)
部屋割りの発表は続いた。
ココロは背の高い姉御気質な女の子と同じ部屋になった。
どちらも強気な発言が目立つタイプなので言い合いにならないか心配だが、ポークとココロがそうであったように喧嘩して深まる仲もある。
成り行きを見守るべきだろう。
二階の最奥は留学生のための部屋らしい。
挨拶のためにノックしてみたが返事はなかった。
彼らの部屋の前には山で採集したと思われる乾木や粘土が置いてあり床や壁がひどく汚れていた。
それを見たアニーは機嫌の悪化を隠せず、どすどすと音を立てて廊下を歩いていた。
どうも留学生は素行に問題がありそうだ。
その後、食堂や洗濯室などの共用スペースを案内された。
調理と清掃は当番制になっており日ごとに変わる。
役割は部屋ごとに振り当てられるので、ロビンとはいつも一緒に行動することになるだろう。
調理のスキルは以前から磨きたいと考えていたため、調理場の二十人ぶんのスープが入る大きな鍋を見たときには、この量を毎回作るなら腕が上がりそうだと興奮した。
調理に慣れるまでは上級生がついてくれるらしい。
ドリアニアには様々な食材が流通しているようなので食べるのも作るのも楽しみだ。
最後にロビーで集団生活の心構えを聞いて解散となった。
部屋で荷解きしようと思って階段を上ると、ポークはココロに背中を叩かれた。
「なんかライチェ村の知り合いがポークしかいないのって変な感じ」
「なんだ姉ちゃん、寂しいのか」
「まさか。でもライガードと別れてから、本当の意味で村を出た感じがする。これからはあたしたちだけの生活なんだよ」
「寂しいんじゃんか」
「うるさい! でもあたしが部屋をノックしたらすぐに出なさいよね!」
「はいはい」
やはり新生活に緊張しているようだ。
いつもよりも怒鳴り声に張りがなかった。
ココロはルームメイトの女の子と一緒に自分の部屋に入っていった。
人付き合いに慣れていないせいで笑顔がどこかぎこちない。
ポークはココロを見送ると、ロビンと同じ部屋に入っていった。
「ほんとココロって声大きいよね。村でもそうだったのかい」
「ああ。やましいことを隠すときは特に。オレの仕事道具を壊したときなんか耳を引っ張ってあたしじゃないって叫ぶもんだから鼓膜が破れた」
「それじゃもう追撃だね」
リュックと木槌を床に下ろし、荷物の整理をしようとしたが、その前にベッドの寝心地を確かめたかった。
勢いをつけてベッドにダイブしてみると、予想以上の反発力だ。
バウンドして壁にぶつかった。
「なんだこれ、超気持ちいい」
「ほんとだ。腕のいい職人が作っているね。うちにあるのと変わらない」
「激熱だな」
ロビンももう一つのベッドを触って質を確かめている。
具体的に学費がいくらするのかライガードから聞いてはいないが、冒険者時代の貯蓄を吐き出しても足りないほど高かったらしい。
よく見ると窓の枠にも高級な木材が使われている。
激しい雨風の日も床や壁から水や風が漏れたりしないだろう。
プロの仕事だ。
「見ろよロビン、扉に鍵までついてる。こんなに暮らしやすいと、野宿ばかりの冒険者になるのが嫌になるかもしれないな」
「ははは、そうかもね。でもゆっくり身体が休まるぶん、たくさん訓練できるじゃないか。限界ぎりぎりまで自分を追い込める。なんてったって寮長はあのアニー先生だからね、最高の環境だよ」
アニーの名前が唐突に出てポークは「えっ」と驚いた。
彼女はロビンが認めるほどの先生なのだろうか。
ポークの驚いた様子を見てロビンは意外そうな顔をした。
「あれ、ライガードさんから聞いてないかい。アニー先生は世界的に有名な治癒術師だ。ライガードさんもそうだけど、タルタンにハゲトラーヌ大聖堂を建設したメンバーだからね。あそこはすごいよ。治癒術師がその場にいなくても怪我や病気が治せるんだ。それも並の治癒魔術よりもはるかに高いレベルでね。仕組みがわかるかい?」
「うーん、ちょっとわかんねぇや」
「大聖堂には魔道具が組み込まれているのさ。才能試験の石版と一緒だ。大聖堂内部の魔道具に魔素を込めるだけで高度な治癒魔術が発動する。それを作ったのがアニー先生。アニー先生は一流の治癒術師でありながら腕利きの魔道具作家でもある。自分の使う治癒魔術をそのままの形で魔道具に落とし込めるんだ。実はね、ぼくがこの魔学舎に来たのはアニー先生がいるからなんだ」
ロビンは照れくさそうに言った。
ポークは話を真面目に聞こうとベッドの縁から足を下ろした。
「ロビンは昨日、いつか夢のために家を出るみまいなこと言ってたよな。それと関係あるのか。魔道具を作りたいとか」
「そういう人生も楽しそうだけどね」
ロビンは机に備えつけてある椅子をポークと喋りやすいところに移動させた。
背もたれをポークのほうに向け、両腕と頭を乗せている。
意外に行儀が悪くて親近感が湧いた。
「ぼくは魔道具製作が苦手だ」
「ちょっとはできるのかよ」
「まぁね。開発の助手くらいならできると思う。でもその程度だ。アニー先生から教わりたいのはそこじゃない。彼女はタルタンで実績を上げた数少ない冒険者の一人だ。ぼくは彼女からなるべく多くタルタンの情報を聞き出したいんだ」
「そういえばロビンのお兄さんってタルタンにいるんだっけ。それでロビンも国を出るのか」
「ああ。兄と手紙のやり取りをするうちに興味が湧いてね。たぶん一生かかるだろうけど、いつかぼくの手でタルタンの紛争を終わらせたいんだ。この魔学舎に来たのはその第一歩なんだよ」
無謀とも思える夢をさらっと語るロビン。
タルタン紛争地域では何百年も小国同士の小競り合いが続いている。
ドリアンなどの大国からは国として認められておらず、法らしい法もない。
他国の人間が侵入すれば身ぐるみを剥がされ殺されるという。
「すげぇな。タルタンとか冒険者協会すらないんだぜ。お兄さん、よくそんな場所で活動できるな」
「ぼくの兄は世界一かっこいいんだ。そうだ、明日荷物を持ってきたら、兄の手紙を見せてあげるよ。ライガードさんやアニー先生をべたべたに褒めまくってる。戦火と貧困に喘ぐタルタンで、ハゲトラーヌ大聖堂のある街だけが今も順調に発展しているんだ。大聖堂の建設はタルタンを百年発展させたんだって」
「マジかよ。やるなぁ」
「ここに入学できて良かった。あのアニー先生から教えを受けられるなんてまだ信じられない」
「オレも入学できて良かったよ。ライガードの人脈のおかげだけど」
「そうだね」
「そこは否定してくれよ」
フーリアム家の当主は代々ドリアン王国の外交官として他国の要人と会談を重ねてきた。
跡継ぎとして育てられたロビンも人脈の大切さはよくわかっているようで、嫌味なく笑ってくれた。
「ところで聞きたかったんだけど、君とココロはどういう関係なんだい? 姉弟かと思っていたけど、ファミリーネームが違うみたいだし」
「村にオレと姉ちゃんしか子どもがいなかったからな。姉弟みたいに育ったんだ」
「そうなんだ、謎が解けたよ。よし、じゃあこれから二年間同じ部屋なわけだし、お互いのこと話そうよ」
「わかった。あらかじめ言っとくけど、オレ話すの下手だからな」
まずはポークが聞き手に回った。
ロビンの話の大半は尊敬する兄のもので、彼は忙しい両親に代わってロビンを育ててくれたらしい。
兄がタルタンに出てからは弟や妹など他の家族の話題が増えたが、ロビンの話すエピソードのほとんどが自宅の敷地が舞台となっていることに気づいた。
きっと貴族には貴族の不自由があるのだろう。
ポークは出生の秘密を守るために本当の親は知らない捨て子だと嘘をついたが、ついポニータを「母ちゃん」と呼んでしまい親子関係の説明に矛盾が生じた。
わたわたと慌てるポークに対してロビンは深く追求せず、むしろ上手に話の焦点をずらしてくれた。
ポークは嘘が下手だ。
多弁になるだけでなく話の綻びをごまかすために身振り手振りが大げさになってしまう。
ロビンはそんなポークを宥めて「誰にでも話したくないことはある」と言ってくれた。
どんな教育を受けたらこんなに器の大きな十歳に育つのだろうか。
育ててくれたという兄がよほど優秀だったのだろう。
彼がココロより歳下とは思えなかった。




