第一話 共同生活(3/5)
鬱蒼と茂る広葉樹林を抜けたところで目的の宿舎が見えてきた。
二年制で各学年に十人、計二十人が暮らせる寮だが、見た感じ五十人くらいは泊まれそうな大きな建物だった。
窓の位置を見るに二階建てで、そこら中に蔦が巻きつき迷彩色になっているが煉瓦造りのようである。
古めかしい木の扉を開いて中に入ると塵一つ落ちていない清潔なロビーが広がっていて、テーブルと椅子が複数設置されていた。
太くて大きな木の柱が天井を支えており、地震などの災害にも強そうだ。
奥には二階に続く階段があり、そこから何人もの少年少女が競い合うように下りてくる。
彼らはポークたち新入生の前まで来ると、今日という日をよほど楽しみにしていたのかきゃーきゃーと声を出してはしゃいだ。
「第四魔学舎へようこそ」
優しい目つきの女の子がロビンに近づき、握手を求めた。
それを別の女の子が押しのけて「君、ロビンくんだよね、よろしく」と右手を差し出す。
そこから先は戦である。
よほどロビンと喋りたいらしく女の子たちが服や髪を引っ張り合っている。
どうもポークが思った以上にフーリアム家は位の高い貴族のようだ。
女の子たちの戦を横目に長身の男子生徒が咳払いして前に出た。
理知的で落ち着いた風体である。
この集団の代表だろう。
「昨日は試験おつかれさま。僕たちは第四の上級生だ。これから一年間、君たちと一緒に生活することになるから、よろしくね。今年の試験は荒れに荒れたみたいだね。才能試験でとんでもない点数を出した子がいるとか。実戦訓練のとき負けないように僕たちも頑張るよ。もし寮生活で困ったことがあれば遠慮なく声をかけてくれ。僕たちは競い合うライバルであると同時に、共同生活を送る友人だからね」
もみくちゃになっていた女の子たちがついにグーで殴り始めた。
なるほどたしかにライバルだ。
けれども友人要素が見当たらない。
喧嘩するほど仲が良いという感じなのだろうか。
「はいはい、挨拶も済んだようですので、部屋割りを発表します。新入生の部屋は二階ですね。ちなみに私の部屋は一階の いちばん奥ですので用があるときにはノックしてください。ノックなしで入ってきたら、埋めます」
アニーが階段を上っていった。
ポークは上級生に歓迎の礼を言うとアニーを追う。
後ろで先ほどの男子生徒が「先生、埋めるの好きだからなぁ」と漏らしたのをポークは聞き逃さなかった。
何をだ。
アニーは優しいおばあちゃんだと勝手にイメージしていたが、案外怖い人なのかもしれない。
二階に上がると奥行きのある廊下があり、いくつもの扉が向かい合っていた。
アニーは階段に近い右側の扉のノブに手をかけた。
「中はみんな同じです。入ってください」
部屋に入るとベッドが二つあった。
ライチェ村で使っていたような藁にシーツをかけたものでなく、羽毛がぱんぱんに詰まった弾力あるマットレスが木製の台に敷いてある。
大きめの出窓からは光が差しており、近くに机が用意されているので明るいうちは勉強ができそうだ。
燭台と使いかけの蝋燭もあるがこれは前に住んでいた人のものだろうか。
便利ではあるだろうが蝋燭の値段を考えると気軽には使えない。
「見てのとおり、相部屋で暮らしてもらいます。やむを得ない事情を除き卒業まで部屋替えは行いません。仲良くしてくださいね」
アニーの言葉に一同ざわついた。
ルームメイトの存在は今後の生活に大きな影響を及ぼす。
ココロと旅をしてきたポークにはわかる。
自分だけ眠れないのはむかつくという理由で蹴り起こされることもあるのだ。
あれが二年も続くとしたらストレスで血を吐くだろう。
「えー、この部屋に住むのはロビン・フーリアムとポーク・カリーです。さ、次の部屋に行きますよ」
実にあっさりと同居人が決まった。
机の引き出しを調べていたロビンがぱっと振り返ってポークの手をとった。
「君が同室で良かった! 二年間よろしく」
「よ、よろしく……」
思わず引いてしまうほどぐいぐい来る。
しかしそれがポーズでなく本気だということは目を見ればなんとなくわかる。
ポークとしてもロビンが同室なのはありがたい。
勉強を教えてくれそうだ。
「あの、失礼ですが決定の理由は?」
ロビンのルームメイトを狙っていたのか、背の低い男子生徒がおずおずと質問した。
すると廊下を歩いていたアニーがぴたりと立ち止まった。
「最も成長が期待できる組み合わせを考えました。得意分野と苦手分野は昨日の試験である程度把握しています。たとえばポークは身体能力が高く評価されていますが、ロビンには記録がありません。苦手分野を教え合うことで成長が見込めます」
「ロビンは剣も抜かず魔術だけで圧勝したじゃないですか。身体能力が低いわけじゃないです」
「さらに二人とも筆記試験は満点です。話が合うでしょう」
「教え合う話どこ行きました?」
「さらにさらに、才能試験はロビンが満点、ポークは測定不能で零点でした。これはもうロビンに教わるしかありません」
「才能を教えるって意味がわかりませんよ……」
「いちいち細かいですね。決定が気に食わないならそう言いなさい。埋めますよ?」
男子生徒は何か言いたげだったがアニーの氷のような冷たい視線に射抜かれて動けなくなった。
これが例のえこひいきか、とポークは気づいた。
アニーは孫であるポークのために優秀な生徒を同室にしてくれたのだ。
なんとも複雑な気分だった。




