第一話 共同生活(2/5)
夕刻が近づくと街のあちこちから鐘の音が聞こえてきた。
時計台は街の中心部に一つしかないはずだが、第四ドリアニアは広い。
街の全域に時刻を伝えるため時計台の鐘に合わせて複数の場所で鐘を鳴らしているようだ。
「遅刻者はいませんね」
校舎からアニー・デリシアスがやって来た。
彼女は寮長であり、教師であり、ポークの祖母でもある。
ポークは自分の血筋を他の人に隠さなければならないため、表立って彼女をおばあちゃんと呼ぶことができない。
だが彼女はこれから学校でも寮でもポークの面倒をみてくれるのだ。
彼女をなんと呼ぼうが結局、祖母と孫のような関係になるのだろう。
アニーは校庭にいる生徒全員の名前を呼ぶと、手に持った紙の資料をめくった。
指で文字を追い、チェックが済んだら顔を上げた。
「二人の留学生はもう寮生活を開始しています。挨拶するように言ったのですが、お腹が減ったからと外出してしまいました。たぶんいないと思いますが、もし見かけたら紹介します」
ポークはまだ留学生に会っていない。
わざわざ他国にまで学びに来るなんてどんな人物だろうか。
寂しい思いをしているかもしれない。
仲良くしたいものである。
「それでは寮に移動しますが、その前に注意点を。寮は裏山の中にありますが道は一切整備されていません。これは裏山全体が訓練場所となっているからです。よってみなさんは地形を覚えながら歩いてください」
ポークたちは先導するアニーについていった。
山といっても第四ドリアニアの中にあるのだ。
モモモ森林で育ったポークからすればやや高めの丘にすぎない。
頂上までだって休まずに走り切れるだろう。
ポークはアニーの言うとおり、地形に注意して道順を覚えようとした。
だがしばらく歩いていると、落ち葉が踏まれていたり枝が折れていたりと、人の通った痕跡が多く目についた。
寮と校舎を毎日往復するのだから整備などされていなくても道はできる。
人間のつくった獣道である。
それに気づいてからポークはリラックスして道を歩けた。
多くの生徒が道を覚えようと血眼になっている中、同じようにリラックスしていたのがココロだ。
大方、自分が覚えなくてもポークについていけばいいと思っているのだろう。
ココロは自分ルールのゲームでもしているのか落ち葉の上だけをジャンプして渡り歩いていたが、急に何かを探すように首を振った。
「なんかここ、鳥が多い。なんでだろ」
意識してみればたしかに鳥の飛び立つばたばたという音が何度も聞こえてきた。
アニーが道を進みながらココロの疑問に答える。
「よく気づきましたね。この山は人の手がほとんど入っていません。魔学舎の関係者以外は立ち入りが禁止されています。ゆえに自然が豊かで餌が多いのです。そこら中に虫がいます」
「虫が。どうりでなんか痒いと思った」
「ドリアニアは都会なのでこのような手つかずの自然が少ないのです。狩りの練習では鳥も獲りますが、あくまで授業の一貫です。いたずらに山の生き物を殺さないでくださいね。自然は資源です。生態系が変化したら今後リアルなサバイバル訓練が行えなくなってしまいます」
さすがは一流の教育機関だ。
ドリアン王国の領土のほとんどは森である。
このような環境での訓練は冒険者になってから役に立つだろう。
納得しかけたポークだったがあるものが目に留まり「ん?」と疑問の声が出た。
「アニー先生」
「はい」
「あそこで鳥が料理中だけど」
「えっ、嘘!」
ポークの指さす先の木に全員の目が集まった。
そこには羽根を抜かれた鳥が内蔵を空にした状態で吊るされていた。
近くに散らばった黒い羽根を見るに飼育された鶏ではない。
丁寧に倒木まで集めてある。
これから焼いて食べるのだろう。
「あー、もう、あいつら。みなさんは絶対に真似してはいけませんよ。許可なしに狩りを行った場合、きつい罰を与えます」
「これ、誰がやったの?」
「馬鹿の留学生でしょうね。食事の量が足りないだのドリアンは貧乏だの文句を言っていましたが、まさか隠れて殺生を働くとは。それぞれ文化の違いはあるかと思いますが、ここにはここのルールがあります。ルールを守れない人は退校処分になりますので気をつけてくださいね」
優しく話すアニーだが、枝に吊るされた鳥を回収する際、「留学生じゃなかったら……」と憎々しげに呟いていた。
隣国との関係もあり、何かと気を使うのだろう。
難しい仕事である。




