第十二話 合格発表(4/4)
バッチと他の試験官たちが立ち話を終え校舎の中に戻っていった。
残ったのは笑顔の形のしわがある女性一人だけだ。
白髪が多いが元は美しい赤髪だったと思われる。
どこかで見覚えがあると思ったら、試験前にライガードと話をしていた人物だ。
彼女はポークたちの前に立つと、ぱんと手のひらを叩いた。
「はい注目。皆さん、おめでとうございます。早速ですが今後の手続きについてです。まず私は第四魔学舎の教員兼寮長のアニーといいます。授業も見ますが、主にみなさんの寮生活をサポートさせてもらいます。今後、何かわからないことがあればまず私に聞いてください。どんなことでもかまいません」
アニーは自分の子どもを見るような慈愛に満ちた目で新入生に話しかけた。
なんて優しそうな人なのだろうか。
ライガードが村に戻ればココロと二人寂しくなるかと思ったが、彼女が寮長ならばホームシックにならない気がした。
そしてなぜこんなに安心できるのか不思議に思った。
「本日中に部屋割りを決定しますので、入寮は明日からになります。私が案内しますので、明日夕刻の鐘が鳴る前にこの場所に集合してください。集団生活では時間厳守です。寮のルールなども説明しますので、絶対に遅れないようにしてください。鐘の音を聞き逃さないように注意してくださいね。それでは一旦解散となります。今夜は家族で喜びに浸ってください。明日またお会いするのを楽しみにしています」
一通りの説明が終わった。
解散とは言われたが、我先にとアニーに対して自己紹介が始まった。
彼女は寮長である。
二年間お世話になるのだから当然だろう。
いつの間にか校庭にはほとんど人がいなくなっていた。
残っているのは合格者とその家族だけだ。
「みんな明日からよろしくね!」
一人、また一人と家族の元へ戻っていった。
ロビンとブブカは保護者が同伴していない。
親睦を深めるチャンスと見たのかロビンはブブカを晩ごはんに誘った。
ブブカは巾着袋の中を覗いて丁寧にお断りしていたが、ロビンは自分が出すと言って粘った。
だがブブカは同級生に借りを作りたくないようで、お腹を鳴らしながらもきっちりと断った。
食事の誘いを断られた経験がないのか急におとなしくなったロビンを見て、食べ残しなら貰ってくれるぞ、とアドバイスしたくなった。
身を切った優しさはブブカにとって負担になってしまうのだろう。
ロビンとブブカがそれぞれの帰路につくと、ポークとココロは遠くで腕組みして見守っていたライガードのところへ行った。
「おめでとう」
ライガードは第一声で合格を祝ってくれた。
「ライガードのおかげだよ。ライガードが毎日特訓に付き合ってくれたから良い成績がとれたんだ」
ポークは自分の胸をどんと叩いた。
強くなった自分をアピールしたかった。
胸は厚くなり、腕は太くなった。
目の前の男が育ててくれたのだ。
「安心して。オレはここで最強の男になるよ。まだブブカには勝てないけど、二年あればきっと追いつける。炎槍のライガードの息子として恥じない力をつけて帰るから、期待して待っていてくれ」
血が繋がっていなくとも、ライガードは間違いなく父だった。
この素晴らしい男が隣にいたからアルノマと蔑まれながらも変に捻くれず育つことができた。
自信を持って言える。
彼はポークにとって理想の冒険者だ。
ライガードは何も言わず顔を背けた。
わずかに首が上を向いていた。
「ほんと、良かったよね。あたし正直、駄目だと思った」
ココロもまだ興奮しているようで、鼻息が荒い。
「オレもだよ。残り二枠をオレたちで独占って、なんかもう物語の主人公みたいだったよな」
「ほんとほんと。筋書きが決まっていたかのように、あたし、それからポークが呼ばれて。あーもうどきどきが止まらないー」
「オレ、身内以外に実力を認められたのがめちゃくちゃ嬉しいよ。母ちゃんやライガードは強くなったって褒めてくれるけど、アルトやブブカみたいなもっと強い奴を見てたから自分の力が信じられなくなってたんだ。あんなにいっぱい人がいるのに上位八人に入れたなんて、もう気分は最高だよ」
ココロとお互いの健闘を褒め合った。
その後も野菜の魔術で光りイモを作って試験官の目を潰した話や、まだ慣れない木槌を振ってブブカの体術に対抗した話などをして、試験の過程を振り返った。
「やっぱり才能だけじゃないんだよ。オレたちは努力で合格を勝ちとったんだ」
「そうね。あたしは才能もあるけど、それだけじゃない。頑張ったから合格できたんだ」
ココロと二人で盛り上がっていると、ライガードのつるつるの後頭部が汗ばんできた。
体調でも悪いのだろうか。
「あ、あのな」
ライガードが振り返った。
三日ほど屁を我慢しているような苦しそうな顔をしていた。
今にも泣きそうである。
「あのー、その」
はっきり物が言えていない。
これは病気かもしれないとポークは動揺した。
たしかに物忘れが多くなる年齢ではあるがあまりに急すぎる。
介護か。
今日から介護が必要なのか。
そんなことを考えていると後ろから声がした。
「ライガード、今大丈夫ですか?」
先ほど合格者に今後の話をしていた寮長のアニーだった。
ライガードはやっちまったという感じで額に手を当てる。
アニーはライガードの横に立ち、ポークの目をじっと見た。
「ポーク・カリー」
「あ、ああ」
「ライガードから私の話は聞いていますか?」
「えっ」
「その様子ではまだ聞いていないようですね。大事なことなのに、まったく」
アニーの冷ややかな視線がライガードに注がれる。
アニーはごほんと咳払いをした。
「私は元冒険者です。若いうちに引退したのでだいぶ昔の話ですが。当時私は治癒術師としてライガードと共に大陸中を旅していました。特にタルタンには長く滞在しましたね。そこで治癒術師として名を上げて、私はドリアンの貴族に嫁ぎました」
アニーは少しの間沈黙してじっとポークを見つめてきた。
ポークが見つめ返すと彼女は幸せそうに微笑み、そして衝撃の事実を口にする。
「嫁いだ先はデリシアスという家でした」
デリシアス。
ポークはその家名に聞き覚えがあった。
ポニータ・デリシアスはライチェ村にいるポークの母である。
つまり。
「改めて名乗りましょう。私はポニータの母、アニー・デリシアス。こんな形ですが会えて嬉しく思います。ポーク、あなたのおばあちゃんです」
「え……ええええええ!」
ポークは肺が空になるまで驚きの声を出し続けた。
なぜ誰も教えてくれなかったのか。
ライガードは先ほどと変わらず苦しそうな顔をしている。
「挨拶が遅れてごめんなさい。ですが知っての通り、あなたはライガードの息子として認知されています。あまり馴れ馴れしくすると話に綻びが出るかと危惧しました。私のことはアニー先生と呼んでください。間違っても寮内でおばあちゃんとは呼ばないように」
アニーは周囲を見回した。
誰かに聞かれていないか警戒している。
ポークの出生の秘密は学内においても漏らしたらまずい情報なのだ。
「えー、あ、ごめん。まだ頭が追いつかない。アニー先生は、寮長なんだよね」
「ええ」
「学校の先生もしてるの?」
「基礎魔術全般を教えています。こう見えて偉いほうなんですよ。本来私の魔術は軍で研究されるレベルのものです。私の授業目当てに来る子もいるくらいですから、学内でなら大抵の意見は通せます」
「それでオレのおばあちゃん」
「そうです。あなたがここを受験すると聞いて驚きました。できればポニータと一緒に田舎で穏やかに暮らしてほしかった。けれど、ライガードからあなたの熱い想いを聞きました。なんでも、一流の冒険者になりたいのだとか。安心なさい、私がかわいい孫のため全力でサポートします。私生活から学内まできっちり指導しますし、成績が必要な場面ではえこひいきしてあげます」
「えこひいき……まさか今日の試験って……」
嫌な予感がした。
次の言葉を聞きたくなかった。
だが時間は止められない。
「ええ、合格圏に無理矢理ねじ込みました」
まったく悪気の感じられない、純真を絵にかいたような表情で言い切った。
可愛らしさすらあった。
しかしその事実はポークにとって残酷なものだった。
あれだけ嬉しかった合格は日々の努力が実を結んだものではなかったのだ。
「もしかしてライガード、知ってたのか。オレが合格するって」
「あー、そー、うー」
ついに幼児退行してしまったようだ。
まともに話せなくなっている。
思い起こせば冒険者協会で寮を住所登録していたのは、合格を知っていたからなのだ。
そもそも魔学舎の受験を許可したのだって、アニーがいたからなのだ。
親元を巣立つ覚悟で村を出たのに、親の親の巣に到着したのだ。
「やっぱ知ってたんだ。今までの努力が報われたと思ったのにがっかりだよ。これじゃもう不正じゃねぇか」
わかっている。
ライガードはポークが怠惰にならないように試験に緊張感を持たせてくれたのだ。
だが責められる形となったライガードはとんでもない一言で窮地を脱しようとした。
「サ……サプラーイズ!」
「その言葉万能じゃねぇからな!」
ポーク・カリー、十歳。
豚そっくりに生まれながらも冒険者になる努力を続け、難関の魔学舎を受験する。
教養試験、五十点。
模擬戦闘、三十三点。
才能試験、零点。
人脈、百点。
それはもう見事な成績で、裏口入学を果たしたのだった。
第一章 完




