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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第一章 ライチェ村で冒険!
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第一話 始まりはウゴウゴで(5/5)

 喧嘩したせいで体温が上がり、額から汗がたれてきた。

 風が弱いためすぐには乾きそうにない。

 手で顔を扇ぎながら歩いていると、後ろから届くポークの泣き声が一段と大きくなった。

 読み書きを教わるのが嫌で駄々をこねているのだろう。

 帰り道に音を遮る建物はなく不快な泣き声が途切れない。

 仕方なくココロは耳を塞いだ。

 あれだけ自分を嫌っている豚にどうやって読み書きを教えればいいのか、考えるだけで憂鬱になってくる。


 道の先から男が二人並んで歩いてきた。

 二人とも十五歳前後で脚が細く、上半身だけ恰幅が良い。

 背の低いほうがナマハム、高いほうがアブリハムだ。

 彼らは半年ほど前に他の村から派遣されてきた木こりである。

 ライチェ村では新入りの部類であり、よくココロに話しかけてくる。

 子ども相手ならば気を使う必要がなく楽なのだろう。


 すれ違い際、ナマハムがこちらを見ながら口を動かしていることに気づいた。

 ココロは耳から手を離す。


「ごめん。聞こえなかった」

「挨拶しただけだ。それにしてもうるせぇ声だな」

「そうなの。もうあたし、イライラして」

「何かあったのか?」


 ナマハムが憎々しげな目をウゴウゴに向けた。

 彼らはアルノマに対してあまり好意的な感情を抱いていない。

 同情してもらえると思ったココロは溜まったストレスを吐き出した。


「実はあたし、ポークにひどいことされて」

「なんだと」

「何もしてないのにブスって言われた」

「そいつはひでぇな」


 彼らはポークの敵、つまり今はココロの味方だ。

 もっと慰めてほしくてココロは話を広げていく。


「それだけじゃないの。顔を殴られた。それから二回も蹴られた。最低でしょ。こないだなんて屁を嗅がされたし。今はポニーさんに怒られて泣いてるけど、悪いのはあいつなんだから」


 被害者は自分だという前提が頭にあり、つい嘘をついてしまった。

 悪口を言われたり屁を嗅がされたりしたのは事実だが、手を出したのはココロだけだ。

 話を捻じ曲げすぎたかもしれない。


「ひどすぎる。君の顔を殴っただって? 駄目だ、我慢の限界だ。なんでアルノマごときが調子に乗ってんだ。人に危害を加えるアルノマなんて、他の村なら追放してる。ああっ、ぶっ殺してぇ!」


 アブリハムが怒って地面を踏み鳴らした。ココロは驚いて一歩下がった。

 ここまで鬱憤を溜めているとは知らなかった。

 癇癪を起こした子どものようだ。


「で、でも、あたしもほんのちょっと悪いかも。元々ポークが嫌いだったから態度に出てたのかもしれないし」


 慌てて擁護してみるが、遅かった。

 彼らはアルノマに対する嫌悪感を爆発させる。


「君は悪くない。あの豚は本来、生まれてきちゃいけなかったんだからな」

「そうだ。俺たちの元いた村にはアルノマなんかいなかった。あいつは魔物だ。善悪の理解ができずにいずれ人間を襲う。まともな村なら赤ん坊のうちに殺すか、追放してる。良くて小間使いだろう。なのにあの豚は堂々と村民として暮らしてやがる。お強いハゲ頭が溺愛してるから、他の大人が文句を言えねぇんだ。あいつらまとめて死ねばいいのに」


 アブリハムは不愉快そうに脂ぎった髪を掻きむしった。

 抜けた髪の毛が風に乗る。

 ココロはもう一歩下がって距離を空けた。


「ココロちゃん、君も覚えておくんだ。アルノマは無能で、下等で、狂っている。次にあの豚が君に手を出したら言ってくれ、俺たちが黙っちゃいない。アルノマを快く思っていない奴は他にもいるはずなんだ。なぁに、俺たち木こりが本気を出せばあのハゲ頭だってなんとかなる。見ろよ、この筋肉」


 ナマハムがぴくぴくと大胸筋を動かしてみせた。

 服の上からでも木こりの仕事て鍛え上げられた筋肉の形がわかる。

 しかし上半身が立派であるほど棒のように貧相な脚が際立つ。

 上着だけ多めに羽織ったカカシのような体型である。


「だ、大丈夫だから。あたしポークは嫌いだけどライガードさんは好きだし。それにさっきはほんのちょっとだけ物凄く大げさに話しただけだから」

「ちょっとだけ物凄く?」

「いいの気にしないで。じゃあね!」


 これ以上話していたらまた嘘を重ねてしまいそうなので早めに話を切り上げた。

 二人は軽く手を振り、森へ続く道を歩いていった。

 木の伐採現場へ行くのだろう。


 独りになったココロは雑草の近くに埋まっている小石を蹴り出した。

 蹴って、蹴って、家まで運ぶ。

 自分を叱るつもりで蹴っ飛ばす。


 嘘はココロの悪癖だ。

 自分を正当化するためについ真実を歪めてしまう。

 いつも後悔するくせに訂正する勇気はない。

 謝り方を知らないのだ。

 情けない。

 変わりたい。

 しかしこの悪癖は一生直らないと諦めてしまっている自分もいた。



 家に戻るとタマネギの甘い香りが漂っていた。

 サキが夕食のスープを作っている。


「おや早かったな」

「うん。手伝おうか」

「いんや、大丈夫じゃ。それより何か嫌なことでもあったか」


 サキは人参の皮むきを中断し、調理台の上に置いた。

 昔からココロの機嫌には敏感なのだ。


「実はまたポークに悪口言われちゃったの」

「なぁーにぃー」


 サキの手の調理用ナイフがぎらりと光る。

 怖いのでそれは置いてほしい。


「いつものことだからいいの。あたしもやり返したし」

「おばあちゃんは心配じゃ。あの豚っ子のせいで、いつかお前が大怪我をするんじゃないかと」

「大げさだって。ポークは嫌な奴だけど危なくないもん。それより、今夜ライガードさんが来るから」

「ハゲがなんで。そうかお前をいじめた謝罪に来るんだな」

「違うと思うけど」

「なんでもいい、来たら思い知らせてやるわ。うちのココロが嫌な思いをしたってな」


 サキの高笑いが家中に響いた。

 彼女は優秀な治癒術師だ。

 そのせいで多少刺しても治せばいいと思っている節がある。

 流血沙汰になるかもしれない。


「やめてよ、おばあちゃん」

「やめん。あのハゲが来たら、こうじゃ!」


 サキは調理台のジャガイモをナイフで突き刺した。

 なんだか見覚えのあるジャガイモである。


「あ」

「あ」


 ぱんと軽い音を立ててジャガイモが破裂した。

 家の中はほかほかのイモまみれである。

 あれは家を出る前に作った爆発イモだ。


「ハゲのせいでひどい目に遭った。来たら片づけさせてやる」


 どう考えてもライガードは悪くない。

 自己正当化して謝れないココロの性格はサキから遺伝したらしい。


 髪にくっついたマッシュポテトがべちゃりと落ちた。

 まずはここを掃除して気分を変えよう。

『文字を覚える本』を読み直すために。

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