第十二話 合格発表(2/4)
「あんた何歳?」
少し離れたところで見ていたココロが話に割り込んできた。
「十一歳です。あの、あなたは?」
「あたしココロ。こいつのお姉ちゃんやってるの。同い歳ね」
「ブブカ・トレビアです。あなたも試験を?」
「うん。でもあたしも受かってるかどうかわかんない。みんな受かってればいいのにね。自信あったのになぁ。全員一斉に殴り合うテストだったらあたしたち絶対最後の八人になるまで立ってるよ」
「いくら実力主義といっても、いろいろとしがらみはありますから。留学生の件もそうです。本当に実力主義なら一緒に試験を受けるべきなんですよ」
「あんたいいこと言うね。そうだ、今お腹いっぱいだし、どう、半分残ってるんだけど食べる?」
「いいんですか?」
ココロは手に持った鶏肉の串焼きをブブカにあげた。
否、押しつけた。
正直、ポークもこんなに苦くてかりかりした肉は吐き捨てたかった。
だが、ブブカは「ありがとうございます」と丁寧に礼をして美味しそうに頬張った。
「二日ぶりの食事……ああ、至福です」
唇がないため表情の変化は乏しいが、彼女が食べながら笑っているのがわかった。
汚れた服と皮膚がないことで特殊な外見になっているが、その立ち振る舞いは卑しいものではない。
言葉遣いや人への接し方はポークよりもずっと大人びていた。
もし一緒に合格できたなら仲良くなりたいと思った。
ポークは自分の持つ串の残りもあげようかと迷ったが、これ以上は彼女が遠慮すると思い直し、我慢して食べきった。
腹の調子が心配だ。
それからしばらく三人で喋った。
他の受験者たちからポークとブブカの見た目をからかうような声があがったが、慣れているのだろう、ブブカに動揺する素振りはみられなかった。
そんなブブカだが、やや人見知りなところがあるようだ。
からかわれることに慣れていてもフレンドリーに接してくる相手に弱い。
「見つけた。君がブブカだね」
才能満点、顔満点。
フーリアム家のおぼっちゃま、ロビン・フーリアムが話しかけてきた。
彼が通りの奥から歩いてくるのは女の子のざわめき声が露骨に増えたのですぐにわかった。
ブブカも意識しまいとしているようだったが、ちらちらと横目で彼の姿を追っていた。
しかし話しかけてくるとは思わなかったようだ。
薄いまぶたをぐりんと剥いて飛び出した目玉がぐるぐる回った。
「あ……あ……」
うまく話せないブブカ。
極度の緊張状態であることがわかる。
ロビンはブブカとは対照的に小綺麗な格好をしていた。
人工物としか思えない真っ白い歯がきらりと光る。
清潔さも満点。
まるで別世界の人間だ。
ブブカでなくとも話すのに勇気がいるだろう。
そもそも彼は貴族なのだ。
失礼のないように振る舞わなければならない。
「あー、ごめん。驚かせるつもりはないんだ。ただ挨拶がしたくてね。ぼくはロビン・フーリアム。君は全試験で高得点だったと聞いた。一緒に腕を高め合える友人が欲しかったんだ。これからよろしくね」
ロビンが握手を求めた。
ブブカはもう震えすぎて分身しそうだ。
かろうじて手を伸ばすとそれをロビンが握った。
ブブカの顔面から湯気が吹き出そうだった。
「それと、君たちは何度か会ったね。どこから来たんだい?」
ロビンがこちらを向いた。
町で会ったのを覚えていたらしい。
豚そっくりのアルノマは珍しいから印象に残ったのかもしれない。
ポークとココロは名前と出身地を話した。
ライチェ村出身だと知るとロビンは眉を吊り上げた。
「ライチェ村か。かなり遠いね。ほとんど西の果てじゃないか」
「知ってるの?」
「王国の地理くらいは頭にあるさ。行ったことはないけどね」
「すげぇな。オレ行ったことのない場所の名前なんて覚えてねぇぞ」
「ぼくの家では仕事柄、国内外の地域の特色は覚えておかなきゃいけないんだ。ところでポーク、試験はどうだったんだい?」
「すげぇぞ。聞いて驚くな。なんと才能試験が零点だった。どうもオレには魔術の才能がないみたいだ。たぶん落ちた」
「ははは、君は零点でもまったく問題ないはずだ」
ロビンは爽やかな笑顔でそう言った。
発言の意味がわからず、怒りを煽られているのかと思ったがそうではないらしい。
不思議そうに目をぱちぱちするポークに気づき、説明してくれた。
「あの魔道具は血中の魔素の量と流れを測定しているだけのものだ。零点だとしたら魔素を検知できなかったんだろう。空気中や食べ物にも含まれている魔素という成分は血液に乗って循環するうちに自然と体内に堆積していく。普通、血中の魔素量は自然界にはなかなか存在しないくらいに濃くなるんだ。それが魔術の源となる。けれど、なんらかの理由で魔素を体内に留められない場合、その人の持つ魔素の量は空気や草木とそう変わらなくなる。当然、魔術は使えないし、ああいう石版の魔道具は作動しない。動力がないわけだからね」
すらすらと難しい言葉を並べられ、頭の中が混乱しそうになった。
そういえばポークが石版を触ったとき試験官は零点と言っていたが浮かび上がるという数字は見ていない。
体質の問題で魔術も魔道具も使えない人がいるという話か。
「オレ、アルノマだからなぁ。生まれつき体質に異常があるみたいなんだ。魔術とか全然使えないし」
「先生方もそれは承知のはずだ。君は、その、失礼だけどわかりやすくアルノマだ。才能試験の結果は採点不能でしかないわけだし、他の二試験の結果によっては合格も望めるんじゃないかな」
他の二試験。
教養試験は満点だったし、模擬戦闘は内容を考えればそこそこ高い得点だった。
ポークの胸に小さな希望が芽吹く。
「なんかいける気がしてきた」
「もし合格したらよろしくね、ポーク」
ロビンと握手する。爽やかな少年だった。
「あたしも忘れないでよね」
「もちろんだココロ。君とも一緒に通いたいね」
ココロもロビンの手を握った。
入学も決まっていないのに友達ができて、ポークはとても嬉しかった。
だがよく考えてみれば妙な話だ。
ここには四人も子どもがいるのに保護者は少し離れたところで見守るライガードだけである。
ポークは気になっていたことを聞いた。
「そういえばロビン、第一ドリアニアを出たときにいっぱい人を連れていたみたいだけど、どうしたんだ?」
「ああ、うちはちょっと過保護でね。あれは護衛兼監視さ。昔、黙って家を出た兄がいたからこの機に逃げ出さないか心配したんだろう。きつめに言って帰ってもらったけど」
「お兄さん、なんで家を出たんだ?」
「さぁね。うちは代々国の外交職を担ってきた。けど兄は自由気ままに生きるタイプの人だったから、別の仕事がしたかったんじゃないかな。おかげで次男のぼくが家を継ぐものだと期待されているよ。ま、ぼくも逃げるけど」
「逃げるのかよ」
「弟や妹に優秀な子が多いからね。ぼくはぼくの夢を追わせてもらう」
「なんつーか、面白い奴だな」
「ありがとう。ポークたちも馬車で来ていたよね。あれはお父さんかい?」
「お父さんっていうか、本当の父ちゃんは別に……」
ポークがライガードとの複雑な関係を説明しようとしたときである。
ココロの強烈な回し蹴りがポークの肋骨にヒットした。
まさかこんな場所で身内に蹴られるとは思わなかった。
ポークはふっ飛んで地面に転がる。
じゃりっとした砂が口に入った。
「ごめん、立ちっぱなしで膝が痛くて、動かしてたら当たっちゃった」
「なんで強化して蹴るんだよ」
ぺっぺと砂を吐くポーク。
しかし意図は伝わった。
ポークはライガードの養子として村の籍に登録されている。
実の父親の存在を伏せる必要があるからだ。
父親が元王子のマイク・ジューシー・ドリアンだと知られては内紛の火種になりかねない。
ポークはライガードの子であり、それ以上の説明は不要だとココロは蹴りで教えてくれたのだ。
ポークは砂のついた耳元を手で払った。
下手なことを言うとまた蹴りが飛んできそうなので、若干、話題をずらした。
「一緒に来たライガードならそこにいるよ」
ポークがライガードに目をやると、ロビンとブブカも目を向けた。
ライガードも気づいたようで照れくさそうに小さく手を振った。




