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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第一章 ライチェ村で冒険!
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第十話 ナナバ荒野(6/6)

 アルトが意地の悪い笑みを浮かべる。

 ポークは歯ぎしりした。


「騙したのか」

「いやいや俺が聞きてーよ。この状況、夢なのか? なんか罠でもあんのか? ありえねーだろ、俺を解放するとか。だってお前、今から死ぬんだぜ。ほら、早く俺を従わせる策を実行しろよ。刺すぞ」


 短剣が首の皮を横に割いた。

 出血した感覚はないが、怖い。

 今度は目の前の少女がギロチン刑執行の紐を握っているのだ。

 彼女の気分次第で、ごろり。

 首が転がり自分の胴体を見ることになる。

 ポークは震えた。

 振動は短剣を通じてアルトに伝わってしまう。


「情けねーな。そんなびびるなら最初から俺を解放すんな。だがもう遅い。俺は逃げる。きっちり、殺してからな」


 アルトは短剣を突いた。

 生温かい液体がポークを濡らした。

 ポークの真後ろ、針を突き出したビックリビーの腹部にアルトの短剣が刺さっていた。

 アルトは投げるように腕を振ってビックリビーを床に叩きつけた。


「言っておくが、てめぇの身くらいはてめぇで守れ。魔物は俺がぶっ殺してやる」


 アルトは短剣を胸元に隠した鞘に入れると、腰の長剣を抜いた。

 それから二度素振りをすると荷台を降りて外に出る。

 剣術に詳しくないポークでもわかる。

 ただ剣をぶらさげて歩いているだけだ。

 ビックリビーにもそれがわかったらしく、様子を見ていた個体が一斉にアルトを襲った。


 アルトの剣域に入ったのは三匹。

 その三匹がほとんど同時に、空中でばらばらに刻まれた。

 どの個体から斬ったのかまったくわからなかった。

 気だるそうに歩き一見隙だらけのアルトを見てまた別のビックリビーが襲いかかった。

 一瞬の後、細切れの肉片に変わる。


「す、すげぇ」


 五日も拘束されていた少女の動きだとは思えなかった。

 肉体的にはかなり消耗しているはずである。

 強化魔術がよほどうまく使えているようだ。

 ポークは彼女の戦いをもっと近くで見たくて、馬車の荷台を降りた。

 ビックリビーが一匹襲ってきたが、槌で頭を叩き潰した。


「ポーク、何やっとる。そいつは危険だ、近づくな!」


 ライガードがアルトに気づいたようだ。

 自力で逃げたとでも思ったのだろうか。

 ポークの身を案じている。

 ポークは「大丈夫!」とだけ返事をした。


 ライガードの前には黒焦げの死骸が、ココロの前には羽根の曲がったビックリビーが地面の上で転がっていた。

 二人とも肩で息をしているが、傷を負った様子はない。

 残りは二十匹といったところだ。


 アルトはまるで寝起きの老人のようによろよろと戦場を歩き回り、ビックリビーの攻撃を引きつけた。

 ライガードと対決していたときにはステップを踏んでリズムを作る戦い方をしていたのをポークは覚えている。

 あのだらけた動きはわざとだ。

 魔物の特性を理解した上で最も効率的に駆除できる動きを彼女は実行しているのだ。

 ビックリビーはあっと言う間に数を減らした。


 残り五匹。

 うち一匹をココロが落とすと、残った四匹は示し合わせたかのように高く飛び、北東に逃げていった。

 もう勝てないと悟ったのだろう。


「勝った……」


 ポークはへなへなと膝を折って地面に座った。

 戦いは終わった。

 ようやく緊張から解き放たれたのだ。


「そいつから離れろ!」


 ライガードがこちらに槍を向けてきた。

 正確にはポークの後ろにいるアルトにだ。

 アルトは長剣を鞘に納めた。


「興奮すんなクソジジイ。血管切れて死ぬぞ。暴れやしねーよ」

「なんで貴様がここにいる。どうやって縄を解いた」

「この豚が解放してくれたんだよ。責めんじゃねーぞ、てめぇの判断ミスだ。あのまま荷台で戦っていたら二人ともビックリビーにやられていた。てめぇはいざとなれば豚が俺を見捨てると思ったんだろうが、こいつはかなりの甘ちゃんだ。俺を守りながら戦うのは難しいとわかっているくせに、視界の限定される荷台から動かなかった。二人で生き残るには俺を使うしかなかったんだ」


 ライガードの視線が痛い。

 幻滅させてしまったかもしれない。

 だがアルトの言う通りだった。

 自分ひとりならともかく、守るものがあると意識が分散されて戦いにくかった。

 ここ数日、何度も会話していた相手を見殺す選択などポークにはできない。


「約束通り敵は倒した。俺はこれから仲間を集めてビックリビーの巣を探しに行く。馬車の荷は奪わないでおいてやる。つーか、木炭だと知ってたら最初から襲わなかったよ。なんでわざわざ木炭積んで長距離移動してんだよ。なんか腹立ってきたわ。どう考えても移動の手間と稼げる金額が合ってねーだろうが。こいつら王都に連れていくために赤字で仕事つくったろ。真面目一筋五十年の職人みてーな面してるくせに職権濫用か!」


 アルトは地団駄を踏んだ。

 よほど納得がいかないらしい。

 ちょっと質がいいだけの木炭のために手足を縛られ危うく拷問にかけられるところだったのだ。

 気持ちはわからないでもない。


「まぁいい。海よりも広い心で許してやる。ビックリビーも見つけたしな。あれの蜂蜜は酒に混ぜるとマジでうめーんだ」

「お酒はまだ早いんじゃ……」

「何か言ったか?」

「い、いや言ってない」


 ポークが口を挟むと、アルトはぎろりと睨んできた。

 あまり幼いうちの飲酒は体調を崩したり成長に悪影響を及ぼすと聞いていたが、それはドリアン王国内での常識だ。

 タルタンの人間に押しつけてはいけない。


「それじゃ、俺は行かせてもらう。てめぇらと過ごした五日間、なかなか楽しかったぜ。だけどジジイ、次はもっと優しく縛れ。足首が痛くてたまんねぇ」

「あれより緩くしたら逃げただろ」

「違いねぇ」


 アルトは高笑いした。

 坊主頭で、筋肉質で、それでも笑うとやっぱり女の子の声だった。

 ライガードももはや捕らえるのは諦めているようだ。

 槍を立てて静観している。


 アルトはポークに背を向けた。

 膝を屈めて逃げ去ろうとする直前、踏みとどまった。

 もう一度こちらに向き直る。


「てめぇには感謝してる。まさか本当に助けてくれるとは思わなかった。俺は悪人だ。悪人だが悪人なりに恩は返したいと思ってる」


 アルトは気恥ずかしそうに頭を掻いた。

 礼を言うことに慣れていないのかもしれない。


「王都のスラムに、猫まんまという酒場がある。そこは無法者の吹き溜まりだ。酒を頼むとき店主に、アルトに会いたいと伝えろ。巡り巡って俺に繋がる。お前が王都で暮らしていて、どうしてもどうしても、どうしてもどうしても許せない奴ができたら会いに来い」

「なんで?」

「俺が代わりに殺してやる」


 太陽のような笑顔の内に、海底のように暗く残酷な世界が広がっていた。

 あまりにも無邪気で、純粋で、生き生きとしているのに、不憫だった。


「ありがとう。だけどオレはアルトとは二度と会わない」

「……そうか。そうならいいな」


 アルトは寂しそうに言うと、今度こそ背を見せて去っていった。

 ポニータに匹敵する速さである。

 あれだけの能力があれば犯罪行為に手を染めなくても生きていけるのにと、もったいなく思った。


「さて、ポーク、今夜は説教だ。寝られないことも覚悟しろ」


 ライガードは御者台に上がった。

 馬の周りには焦げたビックリビーが山になっていた。

 ライガードは自分たちだけでなく馬も守り抜いたのである。

 ビックリビーの死骸を狙って鳥の魔物が寄ってくる可能性があるらしく、ポークたちは急いでその場を離れた。


 アルトはもう姿を見せなかった。

 仲間と合流しただろうか。

 ビックリビーの巣は見つけられただろうか。

 考えても仕方がない。

 ポークの人生が一枚の紙に記してあるならば、アルトの話はその裏面にあるはずだ。

 お互いに知り得ないそれぞれの物語が、インクが染みて重なっただけなのだ。

 相手を知った。

 ただそれだけで人生の転機とはならないのである。

 ポークは予定通り、王都へ行く。

 冒険者になるために、ドリアン第四魔学舎の試験を受けるのだ。


 その夜、ライガードから激しい説教を受けた。

 ライガードは自分の指示に問題があったことを認めた。

 その上でアルトを自由にするくらいならば、まずライガードに助けを求めるべきだったと主張した。

 アルトの所属するザンギャク団はタルタンで最もカリスマ性のある犯罪組織であり、他国に侵入しては殺しと略奪を繰り返しているらしい。

 一団を率いる大罪人ザンギャクは大陸全土で賞金をかけられる大物であり、目撃情報にすら多額の謝礼が支払われる。

 アルトはザンギャクに続く数少ない手がかりだった。

 ポークが彼女を逃したせいでザンギャクを捕らえるチャンスは失われたのだ。

 ザンギャクは今後も何十人、何百人と殺すだろう。

 目に映る少女を憐れんだせいで、目に映らない人々が死ぬのだ。


 しでかしたことの大きさを知ったポークは何も言えずに俯いた。

 アルトは犯罪者だ。

 だが嫌いではなかった。

 人の良いところを見ようとするポークの性格が災いしたのだ。


 ライガードは説教を終えると、苦しそうにしているポークを見て、ぽんぽんと二度頭を撫でた。


「誰かを助けようとするその気持ちは間違っていない。大人になっても大切にしろ」


 ライガードの大きな手の温もりを頭の上に感じるだけで、まるで自分の家に戻ったような安心感を得られた。

 まだ旅が続けられそうだ。


 野盗との遭遇、魔物の襲来。

 不運なトラブルに見舞われながらも、ポークたちは着々と進んでいった。


 出発から四十六日目。

 夏も終わりに近づき、だいぶ涼しくなった頃、白くて細長い塔が薄ぼんやりと見えてきた。


「あれが王都のシンボル、バブルの塔だ」


 地面に刺さった針のような塔の根本に、灰色の壁が見えてきた。

 長い旅がようやく終わりを迎えようとしていた。

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