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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第一章 ライチェ村で冒険!
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第一話 始まりはウゴウゴで(4/5)

「あら、ココロちゃんが欲しいのは本ですよ。ライガードさんはもう読み終えたみたいですし、店に置いてあってもどうせ売れないでしょう。あげてもいいじゃないですか」


「いいえ! お金が! 欲しい!」




 間に挟んだココロの叫びを無視して、ポニータとライガードは相談を続ける。




「しかし、ババアが納得するかどうか。ココロちゃんがここに来るのをあまり快く思っておらん。ポークと仲良くさせないようにしておる。まったく、何が気に食わんのか」


「年々、アルノマへの偏見がひどくなっていますからね。うちの村にもいるじゃないですか、アルノマを見たくないって店に来ない木こりが。サキさん、ココロちゃんが好きすぎてトラブルから遠ざけようと必死なのよ。本当は優しい人なのにね。ポークが赤ちゃんの頃なんか、乳母みたいに手伝ってくれたもの」


「みんな仲良くしてほしいもんだ」


「これはそのための一歩ですよ。ポークにも友達が必要ですし。もちろんココロちゃんにも」


「わかった。ババアの説得は俺がやる」


「さすがライガードさん頼りになるぅ。……というわけで、ココロちゃん頼んだわよ。おばあちゃんとは話をつけておくから」


「あたし拒絶してるよね!」




 嬉しそうに微笑むポニータ。


 いつも世話になっているので簡単な頼みなら聞いてあげたいが、この件はお断りしたい。




「あのね。あたしもお仕事はしてみたいし本も読みたいけど、こいつに教えるのだけは嫌。だってこいつ、あたしのこと嫌いだもん。他に人がいないと屁を握ってぶつけてくるの。当たりどころが悪いと死んじゃうよ」


「あれは屁の魔術の練習だ」


「そんなわけないじゃん。せっかく楽しいお店なのにあんたがいるとめちゃくちゃ!」


「うるせー。オレはお前が大っ嫌いだ。ジャガイモの仲間のブスめ!」


「あったまきた!」




 予備動作なしでポークの顔面をぶん殴った。


 すぐにポニータに引き離されたが、その前に二発、前蹴りを入れてやった。




「ブース! ブース!」


「あんたなんて豚じゃないの。ほら豚っ鼻から血が出てる」


「ブース! ブース!」


「それしか言葉を知らないのね。憐れだわー」




 しばらく口喧嘩を続けるとポークが泣き出した。


 声を荒げふごふごと鼻をすすっている。


 ココロは腕を組んでポークが泣き止むのを待った。


 頭痛がする。


 なぜ楽しくお喋りしに来たのにくだらない喧嘩をしなければならないのか。




「ごめんねココロちゃん。今日は泣き止みそうもないわ」


「それならもう帰る。あたし悪くないからね。悪いのはみんなポークなんだから」




 ポークの泣き声が一段と大きくなった。


 抗議のつもりだろうか。


 ますます腹が立ってくる。




「きっとお互いをよく知らないから喧嘩になっちゃうんだと思うの。二人ともいいところがたくさんあるのに嫌なところしか見えていないんだわ。ねぇココロちゃん、お願い。通っているうちに仲良くなれるはずだから、ポークに読み書きを教えてくれない?」


「お、こ、と、わ、り!」




 ココロはぷいと顔を背けた。


 冗談ではない。


 ポークの屁は暗殺に使えるくらい臭いのだ。


 たかだか本のために殺されてはたまらない。




「そう……残念ね。わかった、一回考え直すわ。このお店のことは嫌いにならないで」


「うん、大丈夫。でも今日は帰るね」




 ポニータやライガードに恨みはない。


 ポークさえいなければここは楽しい店なのだ。


 それでも今日は話す気にならない。


 帰ろうとすると、後ろから野太い声が飛んできた。




「待ってくれ」




 足をとめて振り返った。


 ライガードが『アトラ大陸民話集』の表紙をこちらに向けて持っていた。




「この本の著者レイモンド・エスペルランスは百年ほど前に生まれ、生涯のほとんどを冒険に費やした。古代遺跡の総発見数は冒険者協会の発足以来、誰にも抜かれていない。大陸全土を歩き回った彼が各地で見聞きした話を一冊にまとめたのがこの本だ」


「……へぇ」


「古くから口伝されてきた民話は古代文明の謎を説く鍵とも言われている。エスペルランスがその足で集めた民話は世界の成り立ちに関する学説に大きな波紋をもたらした」


「へぇへぇ。すごい人なのね」


「彼は活動的な男だった。作家として三十を超える本を残したんだ。詩人としても学者としても高く評価されている。さらに彼は芸術家としても活動した。絵画、彫刻、どちらも今では目玉が飛び出るほどの値段がついている。ドリアン王国とマダガスト教皇国の境にある山脈を切り開いたのも彼だ。何十年もかけて馬車が安全に通れる道を設計した。他にも地質学、薬学、医学や建築学にも名が残っている。晩年は弟子も育てた」


「へぇへぇへぇ。天才じゃない。あたしみたい!」


「ところがどっこい。彼は元々スラム出身のどこにでもいる少年で、大人になるまでは簡単な魔術も操れなかったんだ。幼い頃は貧困に喘ぎ魔術の勉強なんてできなかった。ただ腹を満たそうと木の根を食べて暮らしていた。決して恵まれた境遇ではなくまた優れた才能もなかった。だが彼は一つだけ誰にも負けないものを持っていた。それは人間の成長に不可欠なものだ。なんだかわかるかい」


「なんだろう、わかんない」


「好奇心だ」




 ココロはいつの間にかライガードのすぐ近くに立っていた。


 帰るつもりだったのに、話が面白くて聞き入ってしまった。




「知りたい、やってみたい。そんな気持ちが誰よりも強かったのだ。栄養素をなるべく殺さない新たな調理法を研究した。効率的な狩りができる罠の作り方を学んだ。美しい彫刻を作るため鉱脈を探し出して採石した。彼は知ることを、経験することを楽しんだ。目に映るものすべてに挑んでいくので『挑戦家』という二つ名で愛された。彼の本はみな素晴らしい。表面的な知識だけでなく、探求の情熱そのものに触れられる。保証しよう。君がこの本に書いてある情熱を知れば、将来必ず役に立つと。だから、その……」




 ライガードが言葉に詰まった。


 彼が何を言いたいのか、ココロはもうわかっている。


 大人はずるい。


 そんな話をされたら断れない。




「あーもー! わかった、やる。ポークに字を教える。そのかわり本は読ませてね。それと、どうせならあたし算数を覚えたい。お店やってるんだからできるはずよね。もっと賢くなりたいの。あたしの知らないこと、いっぱい教えてよ!」




 ポークは嫌いだ。


 あの豚っ鼻を見ると裏拳をぶつけたくなる。


 だけどライガードの遠回しな説得を聞いていたら、先生役に挑戦してみたくなった。


 本を読ませてもらえるし、他にも得られるものがあるかもしれない。


 始める前から拒絶していては成長なんてできないのだ。




「ありがとう。算数は俺とポニーさんが教えてやる。今夜ババアと話をつけに行こう。時間はそのときに決める」




 ライガードはほっとした様子で棚に本をしまった。


 ポークはまだ泣き止まない。


 それどころかココロの決定に抗議するように声を荒げた。


 これ以上この場にいたら気が変わってしまいそうだ。




「それじゃ、今日は帰る」




 今度こそココロは店を出た。


 ポニータが手を振って見送ってくれた。

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